第82話 大喜びの幻覚ちゃん
「モンスターを退治して欲しいのです」
目の前のお婆さんは、ちゃぶ台にお茶とお菓子を出しながらにこやかにそう言った。
その仕草と物騒な内容のギャップが酷い。
モンスター退治か、なるほど、このお爺さんを退治すればいいのかな?
最初からこの人が出てくるべきだったのではないのかと、心から抗議したい。
少年は手を引いてくる人物をうっかり間違えたに違いない。
めんどくさいお爺さんの手を引いて登場した挙句に初恋で散る、人生うっかりすると悲しい結末を迎えるものなのね。
あ、少年が涙目になった。
フィギュアちゃんが早速お茶菓子の最中を抱き締めて、ぱくぱく食べ始めるのを見てからモブ男君が口を開いた。
「状況を説明して貰えますか、モンスターに襲われているとはとても思えない長閑な村ですよね」
私もリーダーと同意見だ。お爺さん以外はモンスターのモの字も無かった村だもの。
あら、この最中美味しい。あらあらフィギュアちゃんたら顔中あんこだらけになっちゃった。
「外だけ見てもわからないでしょうね、何故ならヤツは土の中に潜んでいるのでな」
「土の中ブヒか?」
ビクン! 土の中と聞いて私の身体が反応してしまう。埋まるという恐怖の単語がトラウマになっちゃってるのよ。
ここはフィギュアちゃんを見て癒されようか。
フィギュアちゃんは上機嫌であんこ餅のあんこに埋まっていた。ひいい、見なかった事にしよう。
モンスターが穴を掘って進むせいで、地上を見てもわからなかったのか。穴掘り職人というといろいろあるけど、身近なので言えばアレだよね。
「そうなんだよ。婆ちゃんの言う通り、村中の畑をモグラのモンスターが荒らすんだよ」
「モグラですって!」
うわー、もの凄い勢いで幻覚ちゃんが食いついた! それまで虫も殺さないような感じで、ほけーっと最中を齧ってたのに。
突然立ち上がって、モグラと発言した少年に飛びついてるよ。瞬間移動したのかと思った。
だめだって幻覚ちゃん、そんなうっとりした目で少年を見つめちゃ。その少年はおにぎりトンビであって、モグラじゃないんだから。
こりゃだめだ、モグラの世界に行って聞いちゃいないわ。
意識してた女の子に突然間近に詰め寄られて、おにぎりトンビ君が死にそうになってる。空気! 空気を吸って少年!
「そうなのです、地上にいる家畜や人間には被害は無いのですが、農作物を食われまくって困っているのです。このままでは商売上がったりでしてな」
「あ、明日にでも町の冒険者ギルドに、この依頼書を出しに行こうって話になってたんだ」
幻覚ちゃんから何とか離れて九死に一生を得たおにぎりトンビ君が、一枚の紙を差し出してきた。
それが依頼書なのね、と受け取って開いてみると、穴から顔を出した謎の生き物の絵がひとつ。
「何この謎の物体、猫かしら」
「モグラだけど」
モグラの特徴皆無!
「ごめんなさい絵があんまり上手くないから。でも仕方無いんだよ、字が書けない分を何とか絵で表現しようと思ってさ」
「これ貼られても誰も来なかったでしょうね。まあギルドの受付のお姉さんが文字を入れてくれたとは思うけどね」
うーむ、モブ男君が猫捜索か何かと間違えて、取って来ちゃいそうではあるな。
「でもよく見ると味がある絵だね、子供らしさが出てて可愛いかも」
「それ描いたの爺ちゃんだけど」
ササっと紙を畳んで少年に返却する。
危なくまたお爺ちゃんコントに引きずり込まれるところだった。
隙あらばねじ込んで来るよね、手強すぎる。
なるほど、依頼を出そうとしていた矢先に私たち野良パーティーがうっかり踏み込んで、爺ちゃんと孫コントに巻き込まれたというわけか。モグラのやつめー、酷い目に遭ったよ許せない。
ところでそれ本当にモグラなんでしょうね、その絵を見てかなり不安になってきたんだけど。
土竜と思わせておいて土ドラゴンとか地ドラゴンとか、危ないお薬キメないと勝てなさそうなヤツが出てくるオチじゃないよね。
「そうそう、リンお姉さんの言う通り、ドラゴンだったらシャレにならないよ」
ドラゴンという単語を聞いて、幻覚ちゃんがモグラの世界から現実世界に戻ってきたようだ。
「たまにそういう事故があるみたいなのよね。ランクの低いモンスターと、とんでもない怪獣を間違えるパターンが。メガネかけてよく見ろよってのが」
「モグラだと思ってわくわくしてたのにドラゴンなんてつまんないもんが出てきたら、期待させやがってこの野郎ってガッカリだもんね!」
そういう危惧はしてないんだけど!
「うーわくわくが止まらないよリンお姉さん! モグラのモンスターって美味しいのかな、何味なんだろう」
モグラ味なのではないだろうか。
またギルドを通さない依頼を受ける事になるけど、幻覚ちゃんがこれだけ期待していたらその期待に応えないわけにはいかないじゃない。
私たちはモグラ絆で結ばれているんだもんね。
「モグラをいっちょ獲ってみようと思うんだけど、みんないいかな?」
「もちろんだよ、僕も受けるつもりだった」
「メガネくいっ」
「ブヒ」
おいメガネ君、〝メガネくいっ〟をセリフにするなよ。
モブの衆のみんなは依頼を受ける事に賛成みたいだね。
「では、私たちパーティーでモグラのモンスターを退治してみようと思います」
「ありがとうございます」
「ありがとうございます」
「ありがとうございます!! ひゃっほーう!」
お婆さんと少年が言うお礼の言葉よりも、一際大きなお礼を言ったのは幻覚ちゃんだ。村の人より喜んでるよこの子。
私たちの『依頼を受ける』という返事を聞いて祖母と孫の二人がお礼を言うのはいいとして、もう一人はどこに行った。あの問題児は。
別に村長さんがいなくても何の問題もないんだけど、というかいない方が問題が無くていいんだけど、なんだか嫌な予感がするのよ。
そして私の予感は的中する。
お爺さんがにこやか笑顔で颯爽と部屋に入って来てこう言ったのだ。
「おおーい、モンスター退治に冒険者の方々をお連れしたぞ、さあさあこちらへ」
いないと思ったら、外で他の冒険者パーティーも呼び込んでたよ!
なんだろう、もう嫌な予感しかしない、そして私の予感は無駄に当たるんだ。
「爺ちゃん爺ちゃん、冒険者パーティーならもう依頼を受けてくれたよ」
「誰じゃ! わしより先にそんなもんを連れ込んだのは!」
あんただよ!
「ふん、負けんぞ。わしが連れて来たのはモブパーティーとは比べもんにもならんからな、わっはっは、わしの勝ちじゃな!」
このお爺さん、二十数分前の自分と勝負をしだしたよ、随分失礼な勝負だけど。
これが、最大のライバルは自分、自分との戦いというやつかな。
「なんとわしがお連れしたのは、かの有名な勇者パーティーご一行さまじゃ!」
やっぱりかーい!
はい嫌な予感は完璧に命中、いや的中しました。
次回 「勇者パーティーが勝負を挑んできた」
リン、正座で足が痺れて逃げられない。




