第79話 幻覚ちゃん母娘を護衛しよう
盗賊たちは影も形も無くなった。今頃全力で森の中を疾走しているのだろうか。
そりゃ間近でドラゴンをけしかけるわよと脅されたら、私だってガチ泣き間違い無しだもの。
当のドラゴンは、今度はカクンとなったワニ型のモンスターを獲って運んでいく。あんなの何処で拾ってきたのだろう。
あれで子供たち用の革の鎧でも作るのかな? 屋敷にあった鎧はでかすぎるもんね。乙女としてはワニ革のハンドバッグなんかも欲しいところよね。
「本当にありがとうございました。娘と二人で売り飛ばされるところを、皆様のお陰で助かりました。あ、はじめまして」
奥さん奥さん、挨拶してるその三人の男性陣は、この前泊まっていた宿のお客さんですから。
「あらごめんなさい。おかしいわね? 十五でこの仕事を始めて二十年、宿を営んでいる以上はお客様のお顔は絶対に忘れなかったのに」
熟練の仕事にも勝ったかモブ男君たちは。
幻覚ちゃん母娘はこの先に用事があって、ここまで来た時に盗賊に襲われたのだという。
「馬車の旅に護衛をつけないのは危険だと思います」
「そうだブヒ、幼女と人妻の旅は危ないブヒ」
モブ太君が言うと、違う意味で危ない感じになるのは気のせいかしら。
「それが私たちもちゃんと冒険者パーティーの護衛を雇っていたのです。盗賊が出たと同時に、その人たちにあっさり見捨てられてしまって……」
使えない連中ね、駆け出しのEランクパーティーだったりしたんだろうか。戦うか戦わないかは別として最低限交渉役くらいしなさいよ。
そんな情けない連中にはさすがに覚えが無いはずだ。
「勇者パーティーだって言うから安心してたし高いお金で雇ったのに、ねえお母さん」
思いっきり覚えあるぅ!
「あのパーティーさ、盗賊が出た! と思った瞬間に転がるように逃げて行ったよ。ハムスターが回し車でも回してるのかと思っちゃった」
アレンタ君たち転がるの好きだなあ、人生も転がり落ちてんじゃないのかな。
ダンジョン探索やモンスター討伐にも失敗した上に、楽なはずの護衛までしくじったのかー。あちゃー。
どんどんポンコツ化が進んでいる気がするんだけど、この先薬草むしりまで失敗してたらどうしよう。
「勇者パーティーに見捨てられて、もう終わったと思ったらリンお姉さんたちが現れたでしょ、やっぱりモグラで繋がったモグラ絆は強固なんだと確信したよ!」
モグラ絆って何かしら。
「それにしても前金も渡してあるのに無駄になったわね」
「あいつらに宿の半額割引券を渡してあるからさ、もし泊まりに来たら連中の食べ物とか飲み物に、雑巾の絞り汁を入れてやろうよお母さん」
おいおい幻覚ちゃん。宿の信用に関わる事しちゃだめだよ。
「だめよスージー、お客様はお客様。宿の沽券に関わる事はご法度です」
「ごめんなさいお母さん」
ほら怒られた。
「適当におだてまくって、宿の一番高いお酒をどんどんボトルキープさせるのよ。上級のお酒ドン・ペロニャンを何本も開けさせるのはお母さん得意だからまかせておいて」
「わかった、ベロベロに酔わせてペロニャンさせればいいんだね」
半額で泊まりに来たと思ったら、支払いが数十倍、数百倍になっていた。
なんて恐ろしい……アレンタ君たちお金だけは持ってるから搾り取ってあげてね、私には全然寄こさなかったけどさ。
「前金で渡したお金なんだけどさ、冒険者ギルドに依頼失敗の報告をすれば全額戻ってくるはずよね」
「基本的に報酬のやり取りは冒険者ギルドが行うからね。既に渡っている前金もギルドがきっちり没収するはすだから大丈夫」
私たちの指摘で母娘は少し安心したようだった、でもお金じゃなくて売られそうになった事が一番の問題なんだけどね。
「あの、この前みたいに皆さんのパーティーに私共の護衛を引き受けては頂けないでしょうか。今回はちゃんとお金をお支払いします」
「お金なんかいりませんよ。このまま私たちが一緒に行動します」
「うん、どうせ僕たちもこの道を進むし、それに元々僕たち低ランクパーティーの護衛料金は安いからね」
「でもそれじゃあ、あまりにも申し訳なさすぎます」
この前は私たちは乗せてもらうのと宿代を安くしてもらう事で、ただで護衛任務を引き受けた。
お金による報酬を貰うかどうか。前回も面倒だと思ったのは、冒険者ギルドを介さないお金のやり取りはいろいろと制約があるからだ。
個人間の交渉をギルドは良しとはしていない。
経営の問題もあるだろうが、認めた上で冒険者証を発行している以上はその冒険者に関してはギルドに責任があるからである。
不良冒険者と契約した結果、前金だけ受け取って騙す形で逃亡なんてされたら冒険者ギルドの信用問題なのだ。
まあ今回のアレンタ君たちは騙したわけじゃないだろうから、彼らの信用度が落ちるだけだけど。でも交渉もせずに逃げたのがバレたら、もう護衛任務は回って来ないね。
「後で個人間取引をしてるのがバレたら、くっそうるさい事になるのよね。受付のお姉さんがめちゃくちゃ怒るのよ、どこのキルド支部でもさ、怖いんだよ受付のお姉さんって。筋肉もりもりのオッサンが受付のお姉さんにガチで泣かされてるの見た事あるもん」
「で、次から碌に仕事を回してもらえなくなるんだよ。死んだ目で町のドブ掃除してるパーティーを見た事あるよ」
「知り合いのパーティーは壁塗りしてたブヒ」
もうそれ冒険者の仕事じゃないよね、怖すぎるよ。
「私の知り合いのパーティーも、屋根の上に登って膝小僧を抱えて雲を眺める仕事をしていました」(メガネくいっ)
それ仕事じゃねーわよ!
完全にやる事なくて呆けてるよね。お、恐ろしくて絶望しかない。
「うちのパーティーもある意味グレーなんじゃないかと思ってるブヒ」
「ギルドからの依頼じゃない物を受けてますからねえ」(メガネくいっ)
「だ、大丈夫よ、ほら、お金は受け取ってないしさ。若鶏の香草包み焼き食べたりお祭りで串焼き食べたり、サイコロステーキを食べたりしただけだから」
食べてばっかりだなおい。
この旅はもしかして、各地食べ歩きグルメ漫遊なんじゃないかという気すらしてきた。
「で、目的地はどこなんですか? ついでだしその町まで一緒に行きますよ」
「トファンガの町です。私の兄夫婦がレストランを営んでいるのです」
私たちが向かう方角ではあるよね。仕掛けてこようという隣国の方角だ。
「宿屋をやっていると色々と情報が入ってくるのです。最近、隣国との関係が危ないとかで心配になってしまって」
うーんなるほど、でもトファンガの町かあ。あそこだけは絶対に行きたくなかったんだけどなあ。
嫌な思い出がある町なんだよ。私のトラウマでもある町なんだよ。
その町には行った事は無いんだ、でもその町の領主が問題なんだ。それも大問題。
そいつは――私のカリマナを川に叩き込みやがった貴族だからな!
馬車にビンの蓋を仕込まれたって文句言えないヤツのはず。
でも行きたくねええ!
「わかりました、では皆さんにトファンガの町で目いっぱいご馳走させて頂きます。私の兄夫婦が営むレストランは、ハンバーグステーキが最高なんですよ」
「護衛任務引き受けましょう。いえ引き受けさせてください、お願いします」
トファンガの領主? 誰だっけ?
ここから先、当初の予定に無かった色々とやりたいネタが膨らんできました。
勇者、王子、隣国あたりの案件ですね。
あれやってこれやってと、ここから先の展開を書くのがちょっと楽しみですが、どうやってまとめて進めていこうか考えています。
というわけで、ここで投稿を一旦ストップして新しい分を書き溜めたいと思います。
書き溜めたらまた投稿を再開します。
それまでお待ちいただけると嬉しいです。
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