第75話 山の加護?
軍隊の目標が違うのなら、私が姿を見せて逃げたって意味が無い。
子供たちの楽園が攻め滅ぼされて、子供たちが犠牲になるなんてとんでもない話だ。
私が視界にとらえたのは公爵の姿だ。
こうなったら私が公爵と直接話をするしかない。大丈夫、交渉の材料はあるのよ。
最悪だと王子への手土産にされるかもしれないけど、子供たちのあの笑顔を守れる可能性があるのなら行くしかないじゃない。
私を乗せた(ついでにモブ男君たちの風呂敷包みを首から下げた)キャットドラゴンは、軍隊の上空を一回りすると公爵の近くに舞い降りた。
兵士たちが公爵を守ろうと何重にも防御戦を張るのが見える。その統制の取れた動きからは彼らの錬度の高さがわかる。
「ドラゴンに女が乗っているぞ、少女だ!」
「おのれドラゴンを操っている黒幕か! 殺せ!」
姿を見せた途端に矢を放たれたらどうしようか。落ち着いて、相手を刺激しちゃだめだ。深呼吸して。
私は空気を吸うと、ドラゴンの上にゆっくりと立ち上がって片手を上げる。ここからが勝負なのだ。
「公爵閣下ー、この間はどうもです、てへ」
あ、公爵閣下がまたハニワ君人形になった。
そんなに好きなら今度私の村からハニワ君人形をプレゼントしてあげようか。
「閣下! あの小娘をいつでも射殺せます! 狙え!」
「まてまてまてーい!」
どういうわけか慌てに慌てた公爵との会談の場を設けてもらう事になった。
だだっ広い広場の中央に椅子を二つ。
兵士その他がかなりの距離を置いてぐるりと円周上に囲んでいる。
私と公爵との会談の内容は聞かれる事は無いだろう。
別に聞かれても大丈夫だけど、口元を隠してしまえば、ある意味密室で会談するより情報漏洩の点では安全かも知れない。
当然ドラゴンと風呂敷包みでぶら下がった我がパーティーの姿も見える。いえ正確には風呂敷包みしか見えてないけど。
ドラゴンの真横の兵士君、顔真っ青だけど少し我慢してね。
近くには誰もいないので、ここからは公爵とさしの話し合いだ。
レディーファーストという事で公爵が私を椅子に座らせてくれた。ここら辺は貴族なのよね、ただ私みたいな平民にやってるのが違和感満載なんだけど。
「本来なら机とお茶も用意させたかったのだが、申し訳ないな」
「いえお構いなく閣下」
「お菓子も用意させたかったのだが」
「お、お構いなっぐう」
お腹が鳴っても泣くもんか!
公爵が着席してからいよいよ交渉の開始だ。
「公爵閣下、この山には手を出さないで頂けますか。頂上には閣下が悪魔族に売り飛ばそうとした、そして実際に売り飛ばした子供たちが住んでいるのです」
青い顔になった公爵。
いや、私を見てからずっと青い顔の気もするけど、きっと私を見て悪魔族の件を思い出していたに違いない。
そして子供たちを助けられる希望で、交渉の余地があるのはこの悪魔族の一件があるからこそなのだ。
「もし証拠隠滅を狙って山を攻めようとするのなら、私はドラゴンに乗ってあなたが政権の転覆を謀っていた事を、ある事無い事国中に言いふらしますよ」
公爵は頭をかかえた。
「もし私を捕らえて証拠隠滅を図っても無駄ですよ、あの兵士たちよりドラゴンの方が速いです。あっという間に私を咥えて飛び去るでしょうね」
公爵は頭を抱えたまま、大きな溜息を一つついた。
「夜空に飛んで行ったわしの馬車と、ドラゴンが盗んで行ったわしの物資。この二つを繋げられなかった時点でわしの大敗北だ。もっと早く気が付くべきだった、やる事成す事ポンコツ化で嫌になる」
何を言っているのかよくわからないけど、私の脅しが効いたのかな。
ふふん、やっぱり悪口を言いふらされたくないよね、私なら泣くし。
「もう一度念を押しますよ、証拠隠滅は考えないで下さい」
「証拠隠滅なんてとんでもない、この山には加護がついた」
加護? ドラゴンの事かな。
「この山に手出しなんかできるわけが無い」
ドラゴンはやっぱり怖いもんね。わかります、ええわかりますとも。
「ここは聖なる山として不可侵にしよう。衣類や医療物資、穀物なんかも月に用意させてもらう。そうだな、お菓子も付けよう」
どうして平民ごときの私の意見を聞いてくれるのかよくわからない。
「元はといえばあなたが撒いた種なのに、閣下がなんだかいい人に見えてきたんだけど気のせいかしら」
「ほ、本当か。おもちゃもいるかな?」
お菓子と言われて心が軟化するとか私もまだまだチョロい、いやいや喜ぶ子供たちの顔が浮かんできたんだよ。そもそも私が食べるんじゃないんだし。
おもちゃとかお菓子とか喜ぶだろうなあ、子供たち。
「少しだけ見直しましたよ閣下、まあ私ごときに見直されたってそれがなんだって話ですが」
公爵の頭にぱああとお花が咲いたように見えるけど、気のせいだろうか。
あらあら、本当にお花が風で飛んで来て公爵の頭の上に乗ったわよ。嶺上開花かしら。
「本当に少しだけですよ? 百の悪印象が九九になっただけですからね」
「残りの九九を何とか減らせるよう努力していこう」
公爵が約束してくれた物資は月に一度城の中庭に用意され、それをドラゴンが夜中に回収するという事で話がついた。
闇夜の黒猫は認識されない、それを利用して人々に騒がれる事なく朝になったら荷物だけが消えているという寸法なのだ。
「それと領民から何かの訴えがあっても、今までみたいに無視はしないで下さいね」
「善処する」
これで公爵との会談は終了である。うまく立ち回れただろうか。
「と、とにかくだ。今回の件で軍がポンコツ化しなくて本当に良かったと胸を撫で下ろしている。今、軍が消耗したりポンコツ化するとこの国がまずいのでな」
「どういう事です?」
ほっとしたと言った公爵は、それでも緊張した面持ちだ。
「隣国に動きがあるのだ。いよいよこの国に仕掛けてくるようだ」
仕掛けてくるってビンの蓋を仕込むとかのイタズラじゃないよね、それってまさか。
「隣国との戦争になるだろう。その時に後方からドラゴンに暴れられても困るから、今回はわしの領軍を出したのだ」
おいふざけんなよ、戦争を止めたと思ったらもっと巨大な戦争の情報を掴まされたよ。
「密偵の情報によると、隣国に光姫が現れたらしいのだ。それをもって他国を侵略する好機を得たと考えたのだろう」
うわー光姫とやらにとうとう国を出て行かれたんだねえ。まあ呆れても仕方ないよねえこんな国じゃさ。
「正直信じられん事態だと思っておる。今までの歴史で、同時に二人の光姫が現れるなどという事象は確認されておらん」
うん? 光姫ってもう一人いるの?
「光姫殿がまだ我が国を見捨てないでくれるのなら、この国にも未来はある。隣国に現れたという光姫のけん制になってくれれば……と思うのだがどうだろうか?」
どうだろうか? って私に聞かれても困るんだけど。
光姫と光姫の殴り合いになるのかな? ご愁傷様です光姫さん、としか答えられないんだけど。
とりあえず光姫に手を合わせておこう。
チーン。
次回 「盗賊団に襲われた」
リン、ほっかむりしてたら仲間と思われる




