第69話 至福のひととき
馬車がガタガタと激しく揺れ、直後に浮遊感が私を襲った。
びっくりして腰が抜けたわね!
「うおー! 何だ! 馬車が突然空に浮かび上がったぞ!」
「何だこれは! 盗賊が放つ新たな魔法か!」
「おのれ怪盗唐草め!」
私はいつの間にかそんな名前で呼ばれてたんだ。
外の兵士たちが騒いでいるので窓の外を見てみると、なるほど、私たちを乗せた馬車は空中散歩を楽しんでいるようだ。
「凄いよリン! 馬車を飛ばす魔法をかけるなんて!」
いえ、私せいぜい意識や妄想、鼻水を飛ばすのが精一杯なんですけど。
一体何だろうと窓の外に顔を出すが馬車の上には暗闇しかない。目を凝らしてその暗闇をよく観察してみる。
猫ドラゴンだった。
暗闇では黒猫は見えないのだ。これでは夜空に馬車だけが飛んでいるように見えるだろう。
子供たちへの物資搬入をせっせと頑張ってくれてたんだね、ご苦労様!
「うおお、わしの馬車が! わしの別荘もこうやって突然夜空を飛んで行ったんだ! わしのポンコツ化はもう歯止めが利かんのかああ!」
下の方から公爵閣下の叫び声が聞こえてきた。
なるほど、この前猫ドラゴンがかっぱらってきたのは公爵の別荘だったのか。
暫らく夜空の空中散歩を楽しもうか、夜風が気持ちいい!
「リン、とりあえず座ってもらえないかな。僕の上着は大きいけど目のやり場に困るんだ」
「男性用上着から突き出した姫の生足はとても美しいブヒ」
「相変わらずの大腿骨で安心しました」(メガネくいっ)
夜空に私の叫び声が響き、猫ドラゴンはニャーと鳴いた。
****
「わーいお姉ちゃんたちお帰りー」
「晩ご飯出来てるよー」
「お帰りなさいリンナファナさん!」
「た、ただいま、三日ぶりくらいかな?」
ロリっ娘ちゃんと子供たちに出迎えられて、山の上に設置されたお屋敷に入って行く。
ここは子供たちの楽園である。
キャットドラゴンにここまで運ばれてきたのだ。ちょうどいい入れ物を運んだら、私たちという付属品が入ってたという形だろうか。
『わーい馬車だー。猫ちゃんが馬車を持ってきてくれたー』からの『中にお姉ちゃんたちが入ってたー。オマケ付きだー』である。
猫の方も、中身入ってるけど知ってるやつの気配だし別にいいかにゃ、と思ったのだろう。
ロリっ娘ちゃんたちとまた会えたのは、正直に言ってとても嬉しい。嬉しいけど恥ずかしい。
あれだけ涙でお別れした後に、すぐに帰って来ちゃったので気まずいのだ。クエストが終わったイベントに、後でまた舞い戻って来てしまった気分である。
「リンナファナさんはご飯の前にまずお着換えですね」
私の姿を見たロリっ娘ちゃんに連れられて、お屋敷内のクローゼットから前回選んだような服を取り出して着た。
いつまでも男性シャツから足ニョキニョキではいられない、モブ男君が風邪を引いてしまうからだ。
ドラゴンがかっぱらってきたこの屋敷が公爵の別荘なのだとしたら、この服は公爵の奥方様のものなのだろうか。
それにしては若々しいデザインなので、恐らくお嬢様のものなのかも。公爵家の七歳のお嬢様は、他に歳の離れたお姉様とお兄様がいるって言ってたよね。
「これ貰っちゃっていいの?」
「どうぞどうぞ、それが着れる年齢の少女は、今この山にリンナファナさんしかいませんよ。さあリンナファナさん、ご飯にしましょう」
「いっただっきます!」
にこにこ笑顔の子供たちやロリっ娘ちゃんと一緒に晩ご飯を頂いた。
パンと野菜とモンスターお肉のシチューだ。作ったのはお母さん役の三十歳女性と、お手伝いの料理班の女の子たちみたい。
美味しい、とても美味しい。
こんな賑やかな食事はお祭りくらいしか経験がない。
ご飯を笑顔で食べる子供たちの姿は癒されるわー。天使かな?
「リンナファナお姉ちゃんのご飯を食べる時の笑顔はやっぱりいいよね」
「癒される」
「世界が救われた感じがするよね」
「かわいい」
なんだか子供たちに温かい目で見られている感じがするのは気のせいだろうか。
「お姉ちゃん、私のお肉あげる」
女神様かな?
子供からお肉を取り上げるわけにはいかない、と思っていたら三十歳の女の人がそっと女の子のお皿にお肉を追加した。
「僕もニンジンあげるよ」
おいこら、それはキミが嫌いな野菜なんじゃないのかい。
でもありがたく食べちゃう。ニンジン美味しい。
三十歳の女の人が追加で男の子のお皿にニンジンを二個いれた。容赦のないニンジン部隊投入である。
少し目が死んだ男の子の肩を、隣の女の子がポンポンと叩いている。
「リンナファナさん、今回はゆっくりしていけるんですか?」
「そうね」
逃亡した直後だし今山を下りるのは危険な気がする。
魔法を使って飛んで逃げてったみたいになってはいるものの、馬車に乗るのなら街道であって山や森では意味が無いのだ。
なので今街道は兵士だらけに違いない。のこのこ出て行ったら一発で見つかる事請け合いだ。
「しばらくほとぼりが冷めるまでここにいようかな?」
何より私がここにいたい。賑やかで楽しそうなんだもん。
逃亡の旅に少し疲れたってのもあるのよね。まあ、いつものんびり旅してたけどさ。
「僕もその方がいいと思う」
「右に同じです」(メガネくい)
「右の右に同じブヒ」
突然真横からモブ男君たちに声をかけられて驚いた。いつの間に隣に?
「いや、僕たちは最初から隣でご飯を食べていたよ」
「胡椒を取ってくれました」
「パンも取ってくれたブヒ」
ご飯を食べている時にニンジャの気を察知しろなんて、無理難題もいいところよね。
フィギュアちゃんは空になったシチューのお皿の上で満足そうに転がっていた。
うわー私も一回、シチューの中を泳ぎながら食べてみたい。
人類誰もが見る夢だよね。
次回 「夢の楽園生活、ここは天国か」
リン、ロリっ娘ちゃんにジト目で見られる




