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第65話 色々と不味い状況になった


「もしリンナファナという娘がおるのなら、さっさと突き出せ!」


 思わずサイコロステーキを吹き出しそうになり、慌てて手で押さえる。こんな美味しいお肉をむざむざ吹き出してたまりますか。


 さっと近くの屋台の陰に隠れて様子を窺う。

 さっと屋台のおっちゃんがサイコロステーキを私に渡し。

 さっとフィギュアちゃんがそれを完食。


 偉そうなおっさんには村の衆が応対している。


「これはこれはお役人様。さー、誰ですかいの。その娘っこが何か悪さでもしでかしたんかいの」


「エミール・フリードリヒ・グスタフ殿下が血相を変えて探しておられる! 殿下の別邸からこっそりといなくなったらしいが、恐らく何か窃盗でもやらかしたのであろう」


 誰だよ?

 ああ、王子か。そんな名前だったのね、長すぎて覚えるのを拒否したんだった。二文字くらいでまとめてもらわないと困るのだ。


 王子が私の片腕を切り飛ばすのと土に埋めるのを狙っているのはわかるけど、窃盗? はて、覚えが……ありました、ありましたとも、ええ。

 血で盛大に汚れただろう私の服の代わりに着せられていたドレスを、そのまま借りパクしてたわ!


「窃盗罪は両腕を斬り飛ばす刑だ! 私がこの場で直々に執行してやるから、大人しく引き渡すがよい!」


 片腕どころか両腕になってしまったよ!


 これ不味い状況になってるよね。

 何が不味いって心は逃げようと思うのに、サイコロステーキを食べたい身体が言う事を聞かない。


 これが心と身体の不一致というやつか。

 サイクロプスめ、とんでもない罠を仕掛けていきやがった。


 動け! 私の身体! 



 私が心と身体の齟齬でカクカクしている向こうで、役人と村の衆の会話が続く。


「さっさとリンナファナという娘を差し出せ!」

「そんな名前の娘っこはこの村に来てませんな。聞いた事がありません」


「お前聞いた事あるか?」

「無いな、そんなハイカラな名前」

「トメとかマツとかならあるぞ」

「わしんとこのババアはウメじゃな」


 そりゃそうだろう、そういや私まだ名乗ってないもの。

 名乗れるわけないよね、あんな悲しいくじの惨劇の後ではさ。


 いくら勇者パーティーくじで散々リンちゃんグッズが出ようとも、まさかくじを引いてたのが本人だとは思われていないのだ。恥ずかしくてバレるわけにはいかない。


 それにしても私の名前ってハイカラ扱いなんだね、命名したのカナだっけ。

 確かに自分の名前じゃなかったら、憶えてなかった可能性すらあるな。


「旅人さん、こんなところにいたんですね。そういえば旅人さんは何てお名前なんですか? 私の命の恩人の名前を聞きそびれてるなんて、私も愚か者ですね」

「あ、私はリン――」


 やってきた生贄ちゃんの質問に危うく答えかけた所で止まった。

 あっぶねー! 役人すぐそこにいるっての。


 しかし偉そうな役人のおっさんは聞き逃さなかったようだ。ギロヌとこちらを睨みつけ、やって来たじゃないか。


 生贄ちゃんが『しまった』という顔をして、おろおろ半泣きになっている。大丈夫、しくじったのは私だから。


「おいそこの小娘、お前はこの村の者ではないな? 名前は何だ、リン何というのだ、正直に答えよ」

「私はリン――リンシャン・カイホウでございますお役人様」


「リンシャン・カイホウ?」

「は、はい。生まれてこの方、何でも四つずつ集めないと気がすまない性格でして。山のてっぺんにお花を植える旅をしております」


 役人は胡散臭そうに私をじろじろと見た後『フン』と鼻を鳴らして去って行った。

 納得してなさそう、何となく嫌な予感がする。


「もしリンナファナという娘が現れたら即座に役所に引き渡せ。匿った場合はこの村がどうなっても知らんぞ」

「はいはい、お役人様、ご苦労様でした」


 威張りくさった感じの役人はようやく村の外へと出て行ったようだ。

 あそこまでふんぞり返ると、途中で身体が折れてしまうんじゃないかと心配になったわ。


「ごめんなさい、私がうっかりしすぎていてあなたを危険に晒してしまいました。あの役人が来ているなんて気が付かなくて。役人に絡まれて大丈夫でしたか、リンシャンさん」


 ん、誰? ああ私か。

 村人は皆嫌そうな顔であの役人を見ていたね。


「あの役人は最悪なんですよ、何事にでもお金を渡さないと動いてくれません。サイクロプス討伐のお願いも無視して全然ご領主様に伝えてくれませんでした。何度も何度もお願いして、多額の口ぞえ金を渡してやっと聞いてくれたのです」


 本来の仕事をするのにお金を要求してくるのか。とんでもない役人だね。


「まあ結局ご領主様にも無視されたんですけどね。あはは」

「ははは」


 乾いた笑いしか出て来ない。

 その日はもうすぐ日が暮れるので、嫌な事を忘れるようにたらふくサイコロステーキをお腹に収めて、次の日の朝村を出発だ。





「本当にありがとうございました。あなた方の事は村の伝説として語り継いでいきたいと思います」

「立派な像を建てますから期待してて下され」


 全く期待してませんけどね。

 伝説の内容も程ほどにね。絶世の美女とかやだなあもう、照れちゃうからさ。


「サイクロプスを素手で絞め殺した怪女伝説が後世に残されるでしょう」

「巨人を雑巾みたいに素手で絞って倒すなんて凄すぎますもんね」


 おい。

 サイクロプスを越えたバケモノ伝説じゃないか。岩山に住んで女の子を要求すんぞこら。


「ありがとうございました。命の恩人のあなたの事は一生忘れません、リンシャン――いえ、リンナファナさん」

「え、あ、あはは」


 生贄ちゃんにバレてたー。まあ役人に対する私の様子見ればバレバレだよねえ。

 村の人たちも苦笑してるよ、うわー恥ずかしい。


 村の子供たちもドヤ顔で、くじで当てたリンちゃんバッチだのリンちゃんストラップだのを服に付けてるよ。

 リンちゃんシールをおでこに貼ってる強者までいる。


 皆最高の笑顔で見送ってくれる。


「今度のお祭りはポンコツ勇者くじじゃなくて、モブパーティーくじを仕入れてこようと思う」

「やったー」


 何のくじだって?


「それじゃ皆さんお元気で、バイバイ」

「モブパーの皆さん! バンザーイ! モブパーバンザーイ!」


 またこの見送られ方をしてしまったか。


 さて、問題はあの役人だよね。

 彼のあの納得していない表情に抱いた嫌な予感。


 恐らく私の予感は的中する。


 次回 「役人のざまぁフラグ」


 リン、予感を的中させる

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