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第60話 敵の名はサイクロプス


「討伐依頼はどこかに出したのでしょうか。サイクロプスなんて中距離からたった一つの大きな目を狙って、弓や魔法で攻撃すればいいんですよ」


「ギルドに依頼して、冒険者の皆さんには何度か来て頂きました。でもかのサイクロプスは何かのスキルを持っていて、飛んでくる武器や魔法の攻撃を一切弾き返すんですよ」


 モンスターのくせに余計なスキル持ちか、邪魔臭いやつ。そのスキル私に寄こしなさいっての。


「結局直接攻撃の戦闘になるのですが、それもある程度スキルで阻害してくるようで、普通のパーティーではお手上げみたいです。先日勇者パーティーの方々にも依頼したのですが、岩と一緒に岩山を転がり落ちて来て、そのまま転がって撤退していかれました」


 もう! 何やってんのよアレンタ君たちは! こんな時に私が一緒にいれば!

 まあ、一緒に転がり落ちて来たでしょうね。


「転がって撤退する姿が面白かったんでしょうね。子供たちに大人気になりまして、転がりブームが起きてそこら中で転がって困っているのです」


 もう一つのどうでもいい困りごとまで発生してたよ、まあそっちはどうでもいいんだけど。

 なるほど、くじでの勇者パーティー人気にはそんな悲しい裏事情があったのか。私も転がっていれば一発逆転あったかな?


「勇者パーティーの方たちで無理なら、もうケーニーは救えません」

「領主様にお願いしても、こんな村の話なんて聞いてももらえませんでした」


 王侯貴族様は、村の娘が年に一人モンスターに食べられようが気にもしないでしょうね。

 貴族が犠牲になってから軍隊を出すんだあの人たちって、平民の兵をね。


「代々受け継いで守ってきたこの村を、私たちは捨てるわけにはいかないのです。年に一人の犠牲なら仕方の無い事なのでしょうね。私は怖いけど村の為に自分を捧げますね」


 生贄ちゃんの悲痛な決意を、私たちも含めたその場にいた人は静かに聞いていた。


「それはいつの話ですか」

「明日の朝になります。だから今夜は家族と一緒に過ごせる最後の夜なんですよ。そうだ、楽しく過ごしたいから旅人さんたちも是非泊まっていって下さい」


 にっこり笑った生贄ちゃんの目に涙が光っている。私はこんな涙なんか見たくないんだ。

 カナとカリマナの笑顔が浮かぶ、もし彼女たちが生贄だったら? 私はどうする。


「あなたは今夜、家族と一緒に過ごします」

「はい」


「そして、明日も明後日も、一月後だって家族と一緒に過ごすのです」

「え……」


「明日の朝、サイクロプスの所には私が行きます」


「そんな! 何をおっしゃっているのですかあなたは!」

「リ、リン?」


 いきなりの私の提案で皆をどよめかせてしまったか。

 でもこういう時は、旅人が身代わりになるのは定番なんじゃないのかな。


 話を聞いておいて『そうですか、ではさようなら』というのでは、ずっと心に何かが刺さったまま生きていく事になりそうで嫌だ。私はそんなのはお断りだ。


「自分の娘の事を思えば、それは確かに私たちとしては嬉しいご提案です。でもしかし、それはあなたの親御さんからしたって、あなたは可愛い娘なんですよ。あなたのご両親が悲しむのを思えば、親の気持ちがわかる私たちにはその提案は受け入れられません」


「私は孤児です。私には悲しんでくれる親はいません」


 ごめんカナ。私は嘘をつきました。

 私とカリマナ、二人の娘の事を第一に考えてくれていたカナの事を思うと、涙がこぼれそうになるのを必死に堪える。今は涙をこの人たちに見せちゃだめだ。


「私が行きます」




****




 次の朝、私たちは生贄ちゃん家族と村人たちに見送られて出発した。

 生贄ちゃんとその父母は深々と私に頭を下げている。頭を下げている生贄ちゃんの顔付近からは、ぽたぽたと涙が落ちていった。


 この子のこんな涙なんか見たくないんだよ。

 震えて泣く彼女の服に付けられた、リンちゃんぬいぐるみバッチも一緒に震えているみたいだ。


 大丈夫、大丈夫だよ。そのぬいぐるみ本体が助けてあげるからね。これからもそのぬいぐるみと一緒に楽しい人生を過ごしてね。




「それではお達者で」

「ありがとうございます」


 岩山の中腹まで来ると、ここまで案内してくれた村の二人の青年が山を下っていく。


「リン、このまま逃げちゃおうよ」

「だめだよフィギュアちゃん。村の人たちだってそれを考えなかったわけじゃない、それでも私を信じてそれを誰も口にしなかったの」


 それは逃げてしまったとしても仕方無い、という思いなのかもしれない。

 皆、若い娘に村の全てを押し付けて、犠牲にして生きていくのが辛いんだと思う。それが村の子だろうが、よその子だろうが同じ事なのだ。


 村の娘なら村や親の事があってどうしても逃げたり出来ない、でも自由な外部の娘だったらそんなしがらみは無い。

 むしろいっその事逃げてしまってくれ、そんな思いがあるようにも感じられた。村を捨て、新しい土地でやり直すきっかけになればいいのだと。


「で、そろそろ作戦を教えてよリン。リンの事だから何か作戦があるんだろ?」

「無いよ?」


 私の答えに固まったモブ男君たち。


「ごめんね、あの家族のあの雰囲気を見ていたら耐えられなくなっちゃって、自爆したようなものなのよね」

「な、そんなリン!」


 カリマナが死んだと思った時、私は絶望の中にいた。横たわるカリマナの側にずっといてあげたかった、でも私がいたらカナが泣けない、だから私はそのまま旅に出たんだ。

 あの時の思いは忘れないし、あの家族にそんな思いをさせたくないって思っちゃったんだよね。


「リン、僕が変わるよ! 僕が女装するから、早くその服を脱いで!」


 いやあああ! 乙女としてはこんな所ですっぽんぽんになれますか! 野外露出趣味は無いのよ!


「と、とにかく落ち着いてリーダー、スカート脱がさないで! モブ太君も落ち着いて、何で脱いでるの! あなたは私の服絶対着れないから!」


「心配しなくても大丈夫、男の娘もいけるくちだブヒ」


 やかましいわ! そっちの心配じゃねーわよ、服を着れないって言ってんの!

 女性服を頭に乗せた全裸男は男の娘になるのか緊急討議するわよ? というか男の娘って何? 何かの種族?


 何とか皆を落ちつかせる。メガネ君もメガネに付けたリボン取ってよね。ドヤ顔だけど、それで女装したつもりならサイクロプスに殴られるわよ。


 今回のこれは私の自爆なんだし、女装してくれようとしたのはとても嬉しいんだけど、私のトラウマになりそうだしモブ男君たちはできれば危ない事しないで山を下りて欲しいな。


 まあ絶対に食べられちゃうってわけでもないんだし、何とかなりそうな気もしないではないのよね。


 スキルで阻害されようが、直接攻撃をじわじわとしつこいくらいに当てていけばいいのよ。

 私だって、ロッドで足の小指をしつこく叩く事はできるのよ。


 避けては叩き避けては叩きの嫌がらせに、サイクロプスが音を上げて人のいない辺境にでも移住してくれれば私の勝利宣言だ。

 人間=小指が痛いという嫌なトラウマを植えつけてやるのだ。


 今回は利根四号ちゃんも一緒だから、陽動かく乱用の航空戦力もあるのよね。捕まらないように高空から悪口でも言ってくれればいい。


 それに全てに失敗したとしても、倒せる秘策だってあるんだから。


 私は自分の胸元から頼もしい相棒を取り出す。

 それは〝黒い水着姿のセクシーリン〟のフィギュア。シークレットである。


 こいつじゃねーよ!

 間違えて違うフィギュア出しちゃった、踊るのに邪魔だから仕舞ってあったんだった。


 私は改めて自分の胸に視線を落とす。

 そこには真っ直ぐに私を見つめているフィギュアちゃんがいた。


 彼女は手にトゲを握り締めているのだ。


「リン、いざとなったらお供するよ」


 いよいよこの戦法が炸裂する時が来るのかも知れない。


 次回 「サイクロプスのスキル、うっとうしいわ!」


 フィギュアちゃん、飛ぶ

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