第56話 悪魔がポンコツになった
「最近勇者パーティーをクビになった、あのリンナファナか」
「ええそうですよ、私がそのリンナファナですよ、クビになりました、ええなりましたとも。嫌な事を思い出させましたね? 怒りますよ」
「ウオッフォン! 見逃してやるから早々にこの砦から立ち去れ! あと怒るのは禁止だ! この砦では怒るのは禁止だとたった今決まったからな!」
「嫌です」
帰れと言われてそうそう帰れますか、見逃してやる? 私はここにカチコミに来てんのよ!
その時、ズドーンという爆発音と共に砦全体がビリビリと揺れた。
悪魔族たちがおろおろと騒めき、私もおろおろだ。
「何事だ!」
「申し訳ありません閣下! 厨房から火災発生! 火を消すのに水と間違えて液体爆薬をぶち込んでしまいました!」
「厨房がその周辺もろとも完全に吹き飛びました!」
「うわああああ! 早くもポンコツ化が襲ってきたあああ!」
なんだかとてつもない派手な火の消し方をする連中ね。
爆風で消火ってやつでしょ? 聞いた事あるわね、え、全然違う?
「閣下! 砦の見張り塔がポッキリ折れました!」
「うわー寄りかかったら柱が折れた!」
「ペットのケル子が突然暴れ出して砦の西側を破壊しました!」
「壁に掘られていた彫像が荷物をまとめて脱出していきました!」
「座ったら椅子が壊れた!」
「床も抜けたぞ!」
「報告します! 閣下の秘蔵コレクションが、奥様に邪魔だと全て捨てられました!」
「ぬおおおおお! 我はもう終わった! 最後のなんて何もかも捨てて自分探しの旅に出たくなった!」
一体何が起きてんのよこの砦で! また手抜工事? 発注する時は相手をしっかり調べなさいよ!
それにまだ他にもいたのかよケルベロス! ケル坊とやらの彼女かしら? 彼氏はまだ私の横で股間を見せつけてるわよ。
あと悪魔公爵も落ちつけ!
嫁やかーちゃんに大事なオモチャを捨てられる事はよくあるから! そうやって人は大人になっていくのよ、もう十分大人でしかも悪魔だけど。
私もカナにどんぐりコレクションを捨てられた時は、一時間くらい家出したわよ! ご飯の時間に帰って来たから全く家出に気づかれなかったけどね!
まあ、捨てられたのはどんぐりがどえらい状態になってて、カナが悲鳴を上げたからなんだけどね。後から聞いて私も悲鳴を上げたわ。
「あのホント、迷惑なので帰って貰えないかな? 我らにも夢や希望はあるんだから」
公爵の態度が突然がらりと変わったのは、手を変え品を変え人間を手玉に取る狡猾な悪魔のやり口だ。さすが悪魔公爵だ、このセコいオッサンめ、ずるいぞ。
「なんだが凹む事を思われている気がしてならんが、あんたにいられると、ホンっっっとうに迷惑なんだ。可愛い我の娘が、さっきからお腹を壊してピーになってトイレから出てこれんのだよ。身重の妻もこのままあんたにいられると流産してしまう」
さっきから私の扱い酷くないですか? 私が一体何をしたって言うのよ。
「お断りします、私ここに住もうかなって思います。あー眠くなって来ちゃったから、この犬を枕にして三日くらい寝ようかしら」
枕にするのなら股間とは反対側にしよう。もふもふ具合はなかなかいい感じだしねこの犬は。
「いや本当に帰って、お願いします。闇の我らには光は猛毒なんだよ、人間には薬でも我らには毒の事はよくあるんだよ」
それって私の持ってる初等治癒魔法の事なのかなあ。
さっき間違えてモブ悪魔の擦り傷に初等治癒魔法をかけたら、火傷してたもんなあ。モブ男君なんだかモブ悪魔なんだか、どっちかわからなくなっちゃったんだ。
「帰ってもいいけど、私の用事が済んだらの話よ公爵閣下。今までここに運び込まれた子供たちを今すぐ全員返してちょうだい。それが無理ならここに住んで隅から隅まで探すけど?」
しかしその場にいる悪魔から貰った返答は最悪のものだったのだ。
「もう遅いわ、子供たちなんてとっくに我らが全員食っちまった」
……なん……だと――
「食ったと言っても、魂だけどな。美味かったぜぇ」
答えた悪魔は瞬時に吹っ飛んで壁にめり込んだ、ロリっ娘ちゃんである。
彼女は呆然とその場に佇んでいる。
もちろん私もショックで呆然としている、その場にいた私たちパーティー全員が成し遂げられなかった使命にショックを受けた。
「悪魔族にとっては魂、特に無垢な子供の魂は実に美味であるからな」
ぶるぶると怒りが湧いてきた。
私たちから発せられる怒りマックスの気みたいなものでも出たのだろうか、悪魔が全員硬直しているようだ。
食っただと、子供を――
助けられなかった、あの楽園でいっぱい遊んで美味しいものを食べて、すくすく育って欲しかったのに助けられなかった。
「魂を食べたって本当なの?」
「すみませんすぐに元に戻します。我ら出し入れ自由なんで」
「元に戻すって言ったって、身体はどうすんのよ!」
「え? 身体は食ってないからそのままですよ? 腐らないように魔法をかけて展示してあります」
悪趣味な連中だけど、そのお陰で助かるとは。
「あなた! お腹が、お腹の赤さんが!」
「パパーさっきよりトイレから出られなくなったー」
「ええーい何をしておるか! さっさと子供たちを吐き出せ! 身体も持って来んか!」
それからは悪魔全員が大慌てである。腕を口に突っ込んでゲーゲー、子供たちの身体もセッセと運び込んでお祭り騒ぎだ。嫌なお祭りである。
お祭りの結果、子供たちの魂は全員身体に戻った。
喜ぶ子、泣き出す子、走り回る子、悪魔にカンチョーする子、反応はそれぞれである。
「ミーナス! ジーニー!」
「コムギお姉ちゃあああん」
「うわああああん」
二人の少女に抱きつかれて泣くのはロリっ娘ちゃんだ。
良かった、見つかって本当に良かったね。
ちょっとカナとカリマナの姿が脳裏に浮かんで、私も思わず涙ぐんでしまった。カリマナは元気かな。
「ここにいる子供たちは全員契約で連れて来た子なのよね? 他に襲って食べた子はいないわよね?」
「我らを馬鹿にするな!」
「襲うとかそんなダサい事できるか」
「契約が無いと食えない、いや食わない。それが我らの矜持だ」
ドヤ顔でくだらないプライド貼ってんじゃないわよ、それなら契約者本人の魂を食えっての。
「この子たちを全員子供たちの楽園に連れて帰ろう。居なくなった子の数は合ってる?」
「それが……数が全然合わないんです、リンナファナさん」
ロリっ娘ちゃんの答えに私は悪魔公爵に詰め寄っていく。この期に及んで隠すとか許せるものじゃない。
本当にブチ切れるわよ。
「私は全員返してって言ったわよね! 何ヶ月かかってでもここに滞在して探すわよ!」
「ホントもう帰ってくださいって。全員返しましたって、本当ですって」
「でも数が足らないって言ってるじゃないの!」
「いえ、リンナファナさん。数が足らないんじゃなくて多いんです」
「はい?」
「いやー何百年も前に食った子も入ってるしねえ」
「そうそう、人間以外の子供もいるし」
よく見ると、『此は如何に、今は何年じゃ?』と古い言葉使いの子や、うさ耳の子やねこ耳の子供が他の子たちといっしょに元気に走り回っていた。
おい、獣人の子まで混ざってたよ。
二十歳児と三十歳児の子もいるよ。
次回 「あの騒動の後日談があった」
リン、笑って泣いてまた笑う




