33話目 帰還
今日はバラの騎士団のリーダーさんとおデートの日。彼女はおめかしして、薄い黄色のワンピースが良く似合ってる年頃の女の子になった。
二人で広場をまわり、噴水に彼女は年頃相応のはしゃぎ声をあげて、ぼくが買ってきた果実のジュースを美味しそうに飲んでいた。夕食はハルカお姉さんが予約してくれたレストランでディナーを食べて、レストランの雰囲気といい、その美味たる料理の数々と言い、ハルカお姉さんのセンスに感心せずにはいられない。
ぼくはリーダーさんと夜の街をお散歩している。二人は黙って歩いていたが、彼女のほうから声をぼくにかけてきた。
「お姫様から聞いたわ、あんたがいなくなるかもって」
「ぼくは……」
「いいのよ。あんたにもしたいことがあるからね、女として男を止めたりはしないわ」
「……」
「でもいい? もし、もしも帰ってきたら、あたしと付き合うかどうかを聞かせて? それまで待ってあげるわ」
「でも、ぼくは……」
「男がグタグタ言わないの! 聞かせてくれるの? くれないの? どっち?」
彼女の真摯な眼差しにぼくはもうたじたじだ。だから、しっかりと答えてあげないといけないんだ。
「わかった。そのときはちゃんと返事するよ」
「そう。ありがとう……今日は御馳走様、楽しかったわ。あとは一人で帰れるからここまででいいわよ」
リーダーさんの目に光るものがキラめいているが、それは月明りに当てられた光とぼくは思いたい。
「ああ、じゃあね」
「うん、またね? ちっとも冷たくない冷血さん」
彼女の影が夜の街に消えるまで、ぼくはただただ、見送るように立っているだけだった。
「で、今日は答えを聞かせてくれるのかしら?」
「はい。ぼくは帰りたいと思います」
迷いのない返事にマリアーヌお姉さんは少しだけ寂しそうに笑った。
「そう。じゃもう返すね」
「ええ? もうなの?」
早いよ、マリアーヌお姉さんの決断は早すぎるよ。
「あっちから持ってきたものはここにあるわ。はい、着替えて」
寝間着にスマホ、それらはぼくがこの世界へ移転して来たときに持ってきたものだった。
「行っちゃうの、お姉ちゃん寂しいよ。ううう……」
「本当よねえ。ご飯も作ってあげて、洗濯もしてあげて、いろいろと面倒をみてあげたのにアキくんは冷たいね」
ハルカお姉さんも、アーリアさんも、号泣と言っていいほど泣いているけど、その涙の意味はぼくとお別れするからだけじゃないことをぼくは知ってるんだ。
「「素材が……ううう……」」
ほらね、やっぱり。ショタも受けも攻めもこれでなしだからね。
別室で着替え終えたぼくは石室に戻ってきた。キシさんが懐かしそうな目でぼくのことを眺めている。
「びっちりじゃねえか。もやしっ小僧がよくも化けたものだな」
「キシさん、いろいろと……」
「おっと、それ以上は言ってくれるなよ? お情け頂戴って展開は苦手でな。とにかくだ、しっかりな? 小僧」
「はいっ!」
ぼくはマリアーヌお姉さんのほうを見た。
このわがままなお姉さんはスマホのデータがほしくて、ぼくを異世界転移させてきた。でも、それだからこそ、ぼくはぼくを知ることができた。お礼はいくら言っても言い尽くせないほどある。
でも、きっとこの人は悲しいお別れが苦手なはず。だから、ぼくは挨拶以外にこれ以上何も言う気はありません。
「じゃね、アキヒロ。きっと……」
「え?」
マリアーヌお姉さんがいきなり手をかざして転移の魔法を起動させた。ぼくの身体が光って、目の前にモヤがかかる。
もう、せっかちなんだから。最後の最後、お礼くらいきちんと言わせてほしかったのに。
——夜風がとても冷たい。
ぼくの身体が異世界転移の前と同じくらいに小さくなり、目の前には遺言のノートと上履きが置いてある。
「えいっ!」
ノートは川に投げ捨てて、上履きは持って帰ってから明日に学校へ持って行こう。
異世界の力は全部失ってしまったけれど、勇気だけはしっかりと心に刻まれている。
「寒い! 帰って風呂に入り直してから布団で寝よう」
ありがとうございました。




