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29話目 愛情

「随分とわたくしの弟分を可愛がってくれたかしら。さぞかし楽しかったことよね」


 死の世界で幻聴でも聞こえてきたのかな、なんでマリアーヌお姉さんの声がしてくるんだ?



「ハルカ、あの子たちを治してあげなさいな」


「はーい。任せてよ」


 ん? ハルカお姉さんの声も聞こえてくるよ? なんでだろう。


「ユキコ、ちっとドタマに来てんだ。こいつはおれにやらせろよ」


 あれれ、キシさんの声も聞こえてきた。瞑っていた目を開けてみよう。



 目の前にハルカお姉さんが笑ってぼくのことを見ている。



「ごめんね、すっごく興奮する光景に頭がクラクラで鼻血がドバドバよ。出てくるのがそれで遅れちゃったわ。お友達が危ないので先にそっちを治すわね」


 ハルカお姉さんの手から溢れる温かい光がアルの身体を包み込んで、傷ついてたアルが癒されていく。続けざまにぼくのほうも光に包まれて、身体中の痛さと傷跡がうそのように消え去って無くなっている。



「キシくん、気持ちはわかるわ。でもね、今日はわたくしも譲れないのよ。弟をイジメられて黙って見てるだけの姉じゃないわよ、わたくしは」


「ちっ、しょうがねえな。んじゃ、お姫様、おあとよろしく」


 抜きかけた剣を鞘のほうに納め直すと、キシさんはおれにウィンクを飛ばしてから両手を胸のあたりに組んだ。


 ほんとう、世の中にはなにをやっても様になる人っているのよね。




「粋がる雑魚ってどこでもいるですことよ。あなた、楽しかったわね? 楽しかったでしょう? ねえ、楽しくて大はしゃぎして弟を痛めつけてくれたでしょう?」


 マリアーヌお姉さんからはぼくにもわかるような強烈な威圧が発せられている。ギガンテスはしばらく呆然としてたが、右手をマリアーヌお姉さんに向けると、魔法で形成した炎の玉が飛ばされていく。



 マリアーヌお姉さんは左手に持っている扇子を一振りしただけで、巨大な玉の球が掻き消されてしまった。



「んまあ、こんな児戯でわたくしとやりあうつもりかしらね」


 マリアーヌお姉さんが前へ進み、ギガンテスが恐れと慄きの目で後ろに下がる。



「興醒めだからもう消えなさいな」



 マリアーヌお姉さんが右手の指を一回だけ鳴らして、そのドレスの周りに無数の黒い球が現れたと思いきや、そのすべてがギガンテスに向かって目にも止まらない速さで飛翔していき、ギガンテスの身体を貫通して消し飛ばしていく。


 ハっと気が付くと、そこにモンスター(ギガンテス)が居た痕跡すら残されてない。


 これがマリアーヌお姉さん(わがままヒメ)、世界最強の能力を持つ者。ぼくはまたお姉さんの新しい一面を見ることができました。




「でかしたわよ、アキヒロ。ここに来る途中で二人の可愛い子と会えたわ。あなた、人助けに命を張ったですってね。お姉さん、鼻高々だったわよ」


 振りかえるとマリアーヌお姉さんはぼくを褒めてくれた。死闘を繰り返して、死まで覚悟して、会いたいと思った人に逢えたことに、ぼくには胸の奥からこみ上げてくるものがある。


 この人に感謝したい、今はそう思うだけだ。



「なにより、最後のセリフが良かったわ。手を繋ぎながらの『ぼくはアルのことが大好きなんだよ』ですって、もう最高よあなた。死と対面しながらも最愛の人に気持ちを伝えることを忘れないなんて、お姉さんもう大興奮よ!」


 雲行きが思いっきりおかしくなってきた。


 そういえばハルカお姉さんが興奮する光景とかなんとか言った気がする。まさかぼくがアルに言った言葉を聞かれたことは……あるんだ!



「ハルカ、来月までに今日のアキ×アルを仕上げておきなさい! アーリアに驚かせるのよ」


「ね、ねえユッキー。盛っていいの? 話を盛っちゃっていいわけ?」


 ハルカお姉さんが鼻を両手で抑えて、その目は猛獣さながら大きく見開いてギラついてる。



「許可よ、大いに盛りなさい。歴史に残せるくらいにアキ×アルの話を神話に仕立てるのよ!」



「い、いやだあーーーーー!」


 ぼくとアルの友情を汚さないでよ!



 キシさんが可哀そうなものを見るような目でぼくに向けていて、その横でヤマモトさんがしきりにかぶりをふっていることはぼくに気付けるはずもなかった。


ありがとうございました。

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