19話目 慈愛
「アキ、泣くな! おれが付いているからなんも心配ない。辛いことがあったらおれに言え、友達だからな!」
「……ありがとう、アル」
アルの言葉に心のわだかまりがとかされていく。
マリアーヌお姉さんやキシさんにイワシタさん、大人の立場から慈しみのある優しさも心地よいなのだけど、対等に向き合える同じ年の友人がいることを、ぼくはずっと待ち望んでいたんだ。
「アキくん。わたしはね、どんな形であれ、争いごとが苦手なんだ」
イワシタさんがぼくとアルのことを見つめてから自分のことを語り出す。
「こっちに転移してきたのはキシくんと大体同じ時期で、争いを避けたがるわたしを知って、幼稚園で保育士をしていたわたしにお姫様から孤児院の管理を任せてもらえたんだよ」
「そうですか」
「へー、知らなかった。院長さんは怖い人なのに」
アルの感想にイワシタさんは笑うだけで返答はしない。
この人は争いが嫌いだけでけして弱いだけの人なんかじゃない。こっちにきてから色んな人に出会い、世界が広がったぼくにも、少しは人という生き物が分かってきた気がする。
「ここの孤児院は極力外部からの援助を受け入れないようにしてる。苦しくても自分たちで頑張って行こうって子供たちにわたしは教えていきたい。社会に出れば誰も理由なくして助けてはくれないからね」
「そうですか……」
あっちの世界では親から食べさせてもらって、こっちに来てからはマリアーヌお姉さんとキシさんに助けてもらってる。イワシタさんが言いたいことをぼくにはわかるようで、よくわからない。
「院長さん、大丈夫だよ。これからはおれがみんなのために頑張るからな!」
「ありがとう、みんなのアルお兄ちゃん」
「へへ」
イワシタさんの褒め言葉にすっかり気を良くしてドヤ顔をするアル。そんなアルにイワシタさんは言葉を続けた。
「アルもあと2年すれば成人する。そのときはお兄さんやお姉さんと同じようにここを出て行ってもらうからね」
「そ、そんな。いやだよおれ、ここでみんなと住んで院長さんを助けるんだ」
「その気持ちはとても嬉しい。嬉しいけどそれはダメ。わたしが望んでるのはアルが立派な大人になって、この生きづらい社会で誰にも負けないように生きていけること。アルが大人になって、ここにいる弟と妹を助けるのはわたしとしても助かるが、孤児院のことは過ぎ去った大切な子供時代として思い出に残しなさい」
涙ぐむアルにイワシタさんはその背中をとても優しい手付きで慰撫してる。
ぼくにはこういうときになにをすればいいかがわからないけど、イワシタさんの言葉は温みのある流水となって、ぼくの心を染み渡って行くことだけはすごく理解できた。
「アキくん、アルと仲良くしてやってくれ」
「はいっ!」
ぼくは返事に熱い決意を込める。
生まれて初めて、お父さん以外にここまで尊敬できる大人と出会えたんだ。その人からのお願いを拒否することはできないし、友達と仲良くするのはごく当たり前なことだ。
「ダンジョンアタックはムリしちゃダメだよ。わたしの経験ではきついと感じたときが引き上げのサイン、参考にしてくれればいいよ」
「「はいっ!」」
アルとペアでダンジョンアタックすることをイワシタさんからも許可をもらえた。ぼくらはだれよりも強くなって、見守ってくれる人たちの期待を応えてあげたいんだ。
ありがとうございました。




