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「離してよ!」
せっかく怪我人がたくさんいて、診療所を使えたというのに。ヴァロンという、お医者さん。皆とは少し小さな翼を持った彼に頼み込んで。
『患者を治させてください』
いきなり言い出したから、相手はヤブ医者か何かと思ったに違いない。そこにギラは私は本当に治すことができるのだと付け加えた。公爵様の怪我をも治したと聞いたヴァロンは、私に患者を見てもいいという許可をくれた。そうして、あらかじめ用意しておいた花を手に、傷を移し始めたのだが。
「おろして!私はやることがあるのよ!」
「ダメだ。能力というのは使うと眠くなるのだろう?あそこで君が寝たら、危ない目に合う」
「どんな目よ!」
公爵様は私を安々と抱えて屋敷へと飛んでいく。ギラに抱えられた時、彼女は相当つらそうな顔をしていたのに。
体格の違いのせいだろうか。
「今ここで君を落としてもいいが」
「落とせばいいじゃない」
「……そんなことできない」
殺すとか脅し文句を使ってきた彼。殺す気ならさっさと殺せば良い。
私はビアンカを治したために、これから先、あまり長くはないのだから。
なぜ手元の花を枯らさねば、相手の傷を癒やすことができないのか。
命あるものにのみ傷病はつきものだ。私の右手はそれを単に、ある生命から他の生命に移すだけの力を持っているだけである。
だから聖女とも、悪魔とも呼ばれた。
「殺すとか言っていたくせに」
まだまだ町にいるはずの怪我人を治してやりたかったのに。ヤケクソになって言うと、声が不意に耳元へ触れた。
「すまない、それは謝る」
素直に謝られると、こっちの気が変になる。さっきなんて右手を掴んできて口づけされたし。そんなこと、母にだってされたことがない。私の右手に触れようとするものは、今まで誰もいなかった。母でさえ、私と手をつなぐのは左手だった。
「朝起きたときのカラスの羽」
数十分ほどの飛行の間、彼は話しかけてくる。
「あれは嫌がらせではない」
「だったら何なのよ。朝起きたら、私、抜け毛だと思ったわ。あんなに肝を冷やすことなんてもう二度としたくないわよ」
ハゲあがったと勘違いするぐらい、心臓に悪かった。そのことを伝えると、彼はしゅんと眉をひそめる。
「あれは………きゅ……求……のつもりだった」
「風で良く聞こえないわ!」
「“あれは、求愛のつもりだった!”」
大きい声でガーガー言われる。
ギラに渡されたゴーグルを身につけ、レンズ越しに公爵様の顔が見える。彼はますます赤くなり、それから目をそらした。
風でゴーゴーと耳にその声が張り付く。
求愛というのは、異性に自分を愛してくれとアプローチするという意味だろうか。
屋敷についたら、私は素早く彼の腕から降りた。
「……馬鹿にしてるのね」
「違う。俺は本気で」
「いらないわ。そんなの」
本気だったら、あんな酷いことはしない。私を殺すだとか、飛行中に落としてやるとか。朝起きた時に、枕を羽毛で溢れさせたりとか。
馬鹿げてる。あれが求愛だったら、ビアンカのだって都合よく取れるはずだ。
死んだネズミ、肉を食べるムカデ。目をくり抜いたウジ虫。
その瞬間、目の前は白いもやで覆われた。
「ルナ!」
倒れるのは何回目だろう。気絶することなど、もう慣れている。
『さっさと治さないか!!』
父の手のひらがとんでくる。
『この子はビアンカを治す気なんてないんだわ!ネズミが!あんたなんか、しょせん悪魔の子よ!』
義母の叱責。
『困っている人を救いなさい。種族も身分も、罪人だろうと構わずに。あなたがその力を持つ限り』
母との約束。
私は治さなければならない、妹の病を。
早急に、完璧に。
困っている、父が、義母が、妹が。
母様の言いつけを守るために、聖女になるために。私は花を枯らした。けれど、花のように小さな命では妹の病は代償に値しなかった。幼い私に何ができようか。異母妹の命を救うために。
そうだ、目の前にあるじゃないか。
心臓の悪い妹に差し出せる、生き生きとした若い命。
私の心臓を、あげよう。




