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カラスと、悪魔と呼ばれた聖女  作者: ユライダココロ
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◯月✕日

彼は私を町に誘ってくれた。人の目が…






婚約破棄されたことなど、本当は教えたくなかった。

ヴァロンについ言ってしまうクセはどうにかしたほうがいいだろう。あの人は誘導尋問というか、女性の扱い方が特別うまくて、患者さんも女性が多い。


「待たせて悪い」


ジャックが病人の着る簡素な服から、外用の服に着替えて来た。今日は彼の退院日も近いということで、私を町に案内すると意気込んでいる。

彼は私の右手をいきなりつかむと、堂々と町のど真ん中を歩いた。


「これは、困るわ。こんなに堂々としていたら、外聞が悪くなるわよ」


「もう十分、悪いつもりだが」


それは私という人間と婚姻を強制させられたからだろうか。しょんぼりすると、彼は慰めるように告げた。


「期待されていた兄ではなく、俺が当主の座を継いだときから、外聞なんてもの悪かったぞ。あの時まで、散々、エルフの森に家出していたしな」


誠実な彼からは想像もつかない過去を聞かされて、びっくりしてしまう。

兄弟間での跡継ぎ問題を経験済みな彼は、周りの目を気にしないところがあるらしい。兄に期待の目を向けられ、自分は見向きもされてこなかったから今さら、外聞などどうってことないと、彼は言う。


「君をマーキングしているつもりなんだよ。俺はこうして、君と今、手をつなぎ、堂々と隣を歩くことでな」


確かに、ジャックのすることには私の顔は熱でどうにかなりそうだった。周りに見せつけるように歩いては、私の手をギリリと骨がなりそうになるまで握ってくる。

離すまいとするその力の入れようには、疑いの気持ちもあるのだろう。


「私はどこにもいかないわよ。今日はちゃんと、あなたと町に出るという約束だもの」


「だが、俺には君と手を繋ぐ権利がある」


まあ確かに、彼には助けてもらってばかりだから、反抗もできない。手を繋いで気づいたら、また広場の大樹のところへと来ていた。


「ルナお姉ちゃん!」


ヨチヨチと小さな少女が私を見つけて、手を伸ばしてくる。

抱っこをせがまれているのだろうけど、私は彼女の父親とあまりよくない。


「お姉ちゃん?」


「その…えっと………そんな悲しい顔をしないでちょうだい」


「スズ、大きくなったな。スパロはどこだ」


「お兄ちゃんはね、上にいるよ!」


ジャックは民の一人一人を知っているのか、スズに聞いて上を見た。上から滑空してくる影に、ジャックは手を広げる。


「ジャック!」


「おお、スパロ。飛ぶのがうまくなったな」


気さくに話しかけるジャックは意外にも子供たちに懐かれている。スパロを片腕に持ち上げて、彼は飛行について教えてあげているようだ。


「お姉ちゃんも見てて」


ここにいるといささかマズい気がするが。スズがパタパタと羽を動かして、目をつむる。踏ん張って、彼女は地面から数十センチ浮き上がった。


「あれ?前はもっと飛べたのに。お姉ちゃん、スズね、もっともっと飛べたんだよ」


「ええ、上手よ。こんなに小さいのに、あなたが将来飛ぶのが楽しみね」


思わず可愛がりたくなって、スズの頭をよしよしと撫でたときだ。


「娘に触るな!!」


横から悲鳴が上がり、私の手首をスズの父が掴み上げた。それから鬼のような形相で、ガラヴァンは怒鳴る。


「よくもやってくれたな!」


「待て!ガラヴァン、ちゃんとスズを見ろ」


「えへへ、お姉ちゃん。ありがとう」


子供の純粋な反応には、胸を締め上げられた。何度も拒まれ、怖がられてきたこの右手でも。スズは撫でられたことに嬉しがり、翼をパタパタとさせている。


「お姉ちゃんは羽がないから。私がいつか、すごく高くに飛ばしてあげるね」


「スズ、この悪魔に」


「悪魔じゃないよ、パパ。ルナお姉ちゃんだよ。スズね、ルナお姉ちゃん大好き!」


その時、私は彼女がくれた手紙を思い出した。助けてくれてありがとうという感謝の言葉と、大好きだという好意の言葉。

つたないながら書かれたその文に触れて、彼女の思いを聞けて、私は不意に涙をこぼしていた。


「ルナお姉ちゃん、泣いてるの?」


「泣いてっ……泣いてないわっ」


「どこか痛いの?スズね、痛いといっぱい泣くの。でもスパロお兄ちゃんがこうやってよしよししてくれると、すぐ泣き止むんだよ」


彼女の目線でかがみ込んでいた私を、スズはたくさん撫でてくれた。

どうしてこんなにも、温かい人がジャックのそばにはいるのだろうか。それはきっと、彼が一生懸命に皆のために戦っているからだ。その勇気も闘志も、強さも。人を動かすほど、彼は皆から慕われている。


「ガラヴァン、ルナは悪魔じゃない。お前の傷を治し、娘も息子も可愛がるようなやつだ。悪魔と言ったお前に、彼女は一度たりとも怒らなかっただろう?彼女はお前に、攻撃もしなかった。スズはそれをわかって、ルナを信じて懐いている。それでもお前はルナを、部外者にするのか」


「っっ……」


「パパ」


スズがガラヴァンの袖を引く。


「パパもよしよししてあげて。パパの手、一番温かいから」


無邪気に笑ったスズに導かれ、大きな手がもう一つ私の頭を撫でやった。


「すまない……私はあなたに助けられたというのに」


「ルナお姉ちゃん、パパはね、スズが取られると思って、嫌だっただけなんだよ?だから許してあげて。スズは、ちゃんとパパが好きだし、ルナお姉ちゃんも大好きだから」


「スズちゃん……」


じーんと広がる目元の熱が、胸をどんどん温かくする。


「確かに……俺達もこいつに救われたよな」


「鳥人の宝である子供を、助けてくれた」


「何が悪魔だ。彼女は俺達の、決して癒えない翼を治してくれている」


広場にいた人たちはうなずいて、その目の色が変わっていく。

冷たかった、冬の風のような瞳たち。それが今、私を受け入れてくれる人の目へと変わっていく。


私は悪魔ではなくて、聖女になりたかった。

その夢を隣りにいるジャックが叶えてくれた。彼が私のことを、一人の人として見てくれているから。


「ルナ、君は立派なことをしている。俺達には到底できないことを、君は施しているんだ。その手を誇りに思え」


鳥人の翼と同じように誇りに思えと、ジャックが言う。私は嬉しくて、彼の手を握りしめた。


「誇りに思うわ。でもあなたには、この手に触れてほしい」


翼は誇り。誇りには滅多に触れさせない。

でも彼には握ってほしい。

微笑みかければ彼は、顔を真赤にした。


「っっっ!」


「お兄ちゃん、顔真っ赤!」


「ルナ姉のこと、ジャックはそんなに好きなんだね」


スパロはニマニマと、ジャックをつついた。彼は、緩んだ顔を誤魔化そうと必死になる。


愛しい。


彼も、民も、この場にいる人達がみんな。私は見守りたいと思う。これは母との誓いを守るということでもなければ、誰かにそうしろと言われてではない。


「ルナ、行こう」


彼は私の手を引いた。

大きな樹を見上げて、私達は微かに微笑む。

その時、私は足元に花が咲いていることに気がついた。広場の大樹の根本には黄色い花が咲いていて、子どもたちを微笑ましそうに見ていた。


「フクジュソウ…」


「なにか言ったか?」


「いいえ。ジャック、ありがとう。あなたはきっと、私の幸せを招く鳥なのね」


ただただ、私は彼が愛する町を、共に守りたい。

心の底からそう思うのだ。

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