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『ルナ!!またやったの!?』
母が悲鳴を上げる。泥まみれになった私に向けて彼女は怒りをあらわにした。
『あなたは私の娘なのに、なんでこんなことばかりするのよ!!ありえないわ!』
弱者を守れと言った母様の言いつけどおり。私は外に出ると、いじめられっ子の味方をした。それが彼女のしゃくに触ってしまったらしい。
『そんな目で見ないで!!』
怖がる母は、私に薬草の瓶を投げつけた。それは彼女が私よりも大切に管理している売り物である。壁に叩きつけられ、瓶からは乾燥した葉っぱが出てきた。
枯れた花。
干されてしおれた薬草と、似ている。私の手元で枯れる花は、けれど母をいつも怖がらせる。
『母様、ごめんなさい。母様の言いつけ通りにしようと思って』
『だからといって、あなたの力は強いのよ。それで人を傷つけないで!』
私は恐ろしい手を持っている。
神だともてはやす人がいた。私の手は万物を癒やす手だと。
悪魔だと恐れる人がいた。私の手は花の命を奪う手だと。
なのに平気そうに掴んできた人がいた。
『ルナ、君の手は俺を治した。ありがとう』
礼など言われたこともない。
誰かに感謝されることなど一度たりもなかった。
でも彼は、優しく私の恐れられるべき手を包み込む。
力のことを知りながら、しかし彼はいざというときに、私の力を使おうとはしなかった。
『君の力を利用したくない』
誰だって、私を利用してきた。私は聖女になるために、利用されることを望んできたはずだ。
なのに彼は………
「ルナさん、起きましたか」
酷い夢を見ていた気がする。朝日が昇り、その眩しさで目が覚めた。
目の前にある真っ白な寝台には、黒い大男がぐったりと眠っている。昨日からずっと彼の体調を見てきた。傷は花に移せても、血液やらすべてがすぐに戻るわけじゃない。夜から彼は熱を出して、汗を流していたのを看病した。
それが私なりの、償いである。
「右翼の根本からの損傷、左翼の骨折。よく治しましたね」
夜通しの看病に、私の体調も見に来たのか、ヴァロンが診察表をめくっていた。彼はペラペラとボードに挟んだ紙をめくり、ジャックの傷がどれほど酷かったか話してくれた。
彼はジャックのお兄さんだから、私に怒っているのかもしれない。
「ごめんなさい」
「どうしてあなたが謝るのですか」
「私のせいで…あなたの弟であるジャックがっ…」
「はぁ……魔物から受けた傷ですよ。彼は上空からすぐに攻撃すれば良かったんです。それをあなた達を守るために、判断を誤った。これは弟自身の問題ですから、ご心配なく」
冷淡に答えるヴァロン。
「ヴァロン…教えて。あなたは次期公爵になぜならなかったの?」
「人間のあなたがよく知っていますね。鳥人でできたこの山一帯は、封鎖的で部外者が事情を知るはずもないというのに」
「ジャックから聞いたわ」
「やはりそうなのですか。あなたが弟の…」
艶やかな目が細められる。私の隣にイスを持ってきて座ると、彼はボードを抱えた。
「私はジャックの診察をしに来ただけですが、いいでしょう。私はこのとおり、翼の発育が悪かったんです」
ジャックは他の人より強く、大きい翼を持っている。常に背筋を伸ばしていないと、彼の翼は地面を引きずりそうなほど。それに比べて、ヴァロンのは腰に届かないほど小さかった。
「翼がよくないと、魔物討伐には出かけられません。クロウ家はいち早く現場に行き、隊員を指揮して、己も弓を引かねばなりません。この町は飛べないものには荷が重すぎます」
貿易品は馬車を使うものが少なく、複数の鳥人が荷物を持って空を飛んでいく。
魔物討伐は上空からの攻め方が基本で、翼がなければそこにさえも参加できない。
ジャックを運んだときも、隊員たち二人が飛んですぐに病院へ送ったぐらいだ。
人間の生き方とは違う、彼らの生き様。
「でも昨日、あなたに驚かされました。翼がなかろうと、あなたはそこに助けを求めるものがいるなら走っていくと言われて」
「ごめんなさい。私、それを謝ろうと思ったのよ。あなたにずいぶんと酷いことを言ったのではないかって」
翼がないからという理由だけで、病院を抜け出せないのは薄情者だと。彼は人から期待を寄せられているのに、翼がないがために、医者にならざる終えなかっただろうに。
「いいえ。あなたに言われて、私は目が覚めました。今まで、ずっと周囲に、いつかいい翼に育つだろうと期待されてきました。次期公爵は私がなるだろうと。それから逃げていたんですよ。私は飛べない自分が恥ずかしくて仕方なかった」
「医者になったのは、それで自分が役に立てると確信したからね?」
「ええ。あなたの言うとおりです」
悲しげに言うヴァロン。
彼はジャックと違って大きな期待を寄せられて育ってきた。小さな翼に、その荷は重かっただろう。期待に答えられない痛みは、私も良く知っている。
完璧な聖女になれれば、私は母に堂々と顔を向けることができるのに。私達を見捨てた公爵と殿下を殴ることだってできたのに。
「自分を誇りに思ったほうがいいわ」
「いいえ、私は弟に全て任せて逃げたような、恥ずかしい鳥人で」
「聞いて頂戴。あなたは昨日から、変われたのに気づかないの?翼が小さくてあなたは飛べないかもしれないけれど。スズを助けに、“飛んできてくれた”でしょう?」
彼は急いで飛ぶように走ってきてくれた。そうしてくれなかったら、私はあの少女を最後まで守りきれなかったかもしれない。ヴァロンが少しでも心の余裕をくれた。
魔物に襲われかけて救ったのはジャックだけれど。スズを抱えて安全なところへ誘導してくれたのはヴァロンだった。
「ふふっハハハハ。あなたは中々、トンチが効いているというか、賢い人ですね」
「そうかしら?」
「ええ。だから私も弟も、人間にも関わらず、あなたが好きになったのかもしれません」
細長い指先が、頬を包んでくる。太陽の光に当たる羽の小さいカラスは、仲間だと認めるように私の頬を撫でる。
「人間は鳥人の敵ですが、あなたは別のようですね。ルナさん、私はあなたを」
「にい……さん?」
微かに聞こえた寝台からの声に、私は飛び上がった。素早く彼の方へ顔をのぞかせると、ジャックは目を開く。
切れ長で、黒い瞳は私を見てから優しく微笑んできた。
「おやおや、私は邪魔者のようですね」
「にいさん……ありがとう。治してくれて、感謝する」
「礼を言うなら彼女にしてください。あなたのこと、泣きながら力を使用してくれたんですからね」
ヴァロンはそう言うと、何か嬉しそうに笑った。それから私の頭を撫でていく。
「またお会いしましょう。癒やし手の聖女様」




