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九死に一生を得るという言葉がある。
人は誰しも、自分が奇跡的に生き延びるということを望んでいる。
何度も助けを求められた。
『風邪が酷いんだ』
『息子の目の病気をなんとか』
『ビアンカの心臓を治せ』
助けがほしい哀れな人達。同情はする。傷病はどうしても治りにくいものだから。でも助けるたびに、何かがすり減る。
『悪魔だ!』
『花を枯らすなんて、どんな力を使ったのよ!?』
『その手で触らないでくれ!』
石を投げられた。
母の言いつけ通り、誰も傷つけず治したはずなのに。私はいつになったら聖女になれるのだろう。
誰からも愛され、慕われ、受け入れられ、称賛される。彼女の笑顔は女神そのものであり、人は彼女を語り継いだ。
私はいまだ悪魔という肩書きが残る。
治せなければムチを打たれ、石を投げられ、殴られる。
治したとしても、彼らは私を悪魔と呼ぶ。
私は……生きていても仕方ない。
なのに彼は、そんな私を鳥人の誇りをかけて守り抜く。
「ジャック!」
真っ黒な、人が二人手を繋いで伸ばしても届かないほど大きな翼。そこから大量の血を飛ばしながら、彼は弓矢をつがえた。
「ギョエエエ!」
彼は弓矢の弦を張る。至近距離で放たれる矢は、激しい横殴りの風にも構わず、まっすぐ魔物の方へ飛んでいく。
「ギョ!ギョォォォォォ」
悲鳴を上げるように、魔物はドロドロと紫の液体となり、地面に倒れた。
私は、彼に助けられた。
安堵と同時に、私は押し寄せてくる胸の痛みに耐えられなかった。ヴァロンに少女をあずけて、すぐにかけよる。膝から崩れ落ちたジャックは、私を見ては微かに微笑んだ。
「ルナ…無事で良かった」
「ジャッ…クっ……」
泣きそうになる。
涙を噛み締めて、私は震えた。自分が助かった安心ではなく、彼が私をどうしてかばったか、わからなかったから。
「傷を見せて」
痛い。
魔物から受けた爪の傷は、思った以上に深かった。座り込む彼に、私は後ろに回って傷の具合を見る。
彼の傷を見ると、自分の背中も傷つけられるような感覚になった。普段は人の傷を平然と治してやれるのに。震える手で、彼の翼に触れる。
息継ぎが激しく、凛々しい顔からは沢山の汗を流す彼。
「傷が深いわ。早く治療しなければ………花を」
「ダメだ」
「駄目って……私があなたの傷を治せるぐらい、わかるでしょう?早くその怪我を」
「君の力を利用したくない」
痛みで震える。私は彼が深く傷ついているのに、治してもらうことを拒む理由が、あまりにも、胸をえぐってきた。
今まで、皆、私の力を利用してきた。
『さっさと傷を治せ!』
『治せるんだろう?金はいくらでもやる』
『早く、痛いのを取り除いてくれ!』
私は聖女になりたい。だから強引に傷を見せて、治せと言う人達を散々見てきた。
痛いのは誰だって嫌いだから。早く治してもらいたい気持ちはよく分かる。なのに彼は、痛みに耐えながらも私の治療を拒んだ。
「っ……く……」
「ジャック!」
「君の力は……使わない」
「そんなことはよして!早く、早く傷を」
周りに代償となるものがなにもない。花の代わりになる命ある何かを探して、私は自分を見つけた。
それで手を伸ばすと、彼は血に濡れた手で私の手首をつかんでしまう。首を横に振り、意地でも治療を受けないつもりだ。
「君の命は………君のものだ…………無駄にするな」
無駄なんかじゃない。伝説の聖女だって、惜しみなく自分の命を削って人々を救済してきた。傷に手を近付けようとすると、今度こそ彼は抵抗する。
「はなしてっ。あなたの傷が治せない」
なんでこんなに、私は必死になって彼の傷を治したいと思うのだろう。胸を痛ませながら、心の底から彼の傷の治癒を願う。
治させてほしい。彼はわかっているはずだ、私の手は万能であること。それを許してくれないのが、辛かった。
「…くはっ………」
血を吐いた彼は、そのまま倒れ込む。
「ジャック!」
「ルナさん!病院に運びましょう」
冷静にヴァロンが話しかけてくる。倒れたジャックを、周りの隊員たちも駆けつけてきて手伝ってくれる。彼らはジャックの重い体を男二人で運び出し、すぐに病院に行ってくれた。
病院では彼は寝かされた状態で、何とか息を保つ。
「花を…早く花を!」
病院に待っていたギラから花を取り上げ、私は彼の寝台に駆けつけた。それから何度もむせ返りそうな思いで、翼に触れる。
血が滴り、彼が運ばれた道順はわかるほどだ。翼から大量に流れる赤いものは、私の手を真っ赤にさせる。
「お願いっ…治って!」
涙がこぼれて、泣きながら傷を癒やす。
私は今まで、どんなに酷い傷を前にしても泣いたことがない。治癒術師が泣くと、負傷者は自分の傷が治らないのかと不安になるから。
泣くのはいつも私ではなく、患者。
涙を流す者はたいがい、痛みに耐えている者たち。
私は傷一つなく、彼にも助けられたのに。なんの痛みに耐えようとしているのだろうか。




