掴んだのは温かな未来4
ハッとして視線を上げると、エドガルドがミアを掴んで、不敵な笑みを浮かべていた。
「お前は元気がいい。あの精霊と共にアルビオンに尽くさせてやろう」
エドガルドが踵を返してエマヌエラの元へ向かっていくのを見て、ローズはまさかと顔を青ざめさせた。
「ミアに何をするつもりですか!」
追いかけようとしたローズは、聖女院の用心棒でもしているのかと思ってしまうくらい屈強な男に後ろから捕らえられた。ほぼ同時に、ハシントンも同じような男ふたりから腕を掴まれて動きを封じられ、「無礼だぞ!」と声を荒げる。
「止めてください! 私が頑張れば他の精霊には手を出さないと、約束したではないですか!」
「約束はしたが、最近のお前は穢れにも打ち勝てぬ有様。上位精霊のお仲間を増やしてやろうって言うんだから心強いだろう?」
アデリタの訴えを、エドガルドは鼻で笑い、そして手で掴んでいたミアをエマヌエラが抱え持った鳥籠の中へ放り込んだ。ミアはすぐさま飛び出そうとしたが、それよりも先に扉を閉められ、鍵までかけられてしまう。
「ミア!」と、たまらず叫んだローズと、信じられないと不満を露わにしたハシントンへ、エドガルドは向き直り、ニヤリと笑ってみせた。
「国守りの精霊は二体いても問題ない。そして、ハシントン様、あなたの妃も何人いようが構いません。どうぞ、ミレスティだけでなく、ローズも娶ってください」
そこでエドガルドは笑みを消し、冷ややかな眼差しでふたりを見た。
「しかし、大聖女はひとりでいい。その役目を担うのはミレスティであるべきだ。お前は、今まで通り、ミレスティの影となって生きていきなさい。シェリンガムに帰ることは許さない」
大きく目を見開き、言葉を失っているローズにとどめを指すように、エドガルドは彼女を捕らえている男に指示を出す。
「聖女宮の地下室に連れていけ。私たちに逆らい勝手な行いをしたことを、しばらく反省してもらおう」
追い立てられるようにして歩き出したことで、ローズは最後の抵抗とばかりに大きな声で自分の気持ちを訴えかけた。
「嫌です! 絶対に嫌です! わたくしはシェリンガムに……ジェイク様の元に帰ります! わたくしはあの方と共に生きていきたいのです!」
ローズの思いを聞いて、アデリタの周りに集まって来ていた精霊たちが動き出す。ローズを捕らえている男に精霊たちは群がり、髪を引っ張ったり、足を掴んだりと、必死に邪魔をする。
「なんだこの精霊たちは!」と男の足が止まったことで、ローズは精霊たちに話しかけた。
「ジェイク様は絶対にわたくしを迎えに来てくださいます! ですから、みなさん、わたくしは聖女宮の地下室に閉じ込められていると、ジェイク様に伝えて! 地下室ですわよ!」
地下室を連呼され、ローズに「黙れ」と焦りを募らせる男を見ていたミレスティが馬鹿にしたように口を挟んだ。
「シェリンガムの王子って、あの無愛想で態度の悪い男でしょ? あの人が、わざわざローズを迎えにくるはずないわよ」
「ジェイク様は来てくださいます! ……わたくし、信じておりますから!」
置き手紙をしてきたし、なかなかシェリンガムに戻らなかったら、迎えに来てくれるはず……と、そこまで考えて、ローズはハッと思い出す。迎えに来てほしいという一文は二重線で消してしまった。迎えに来なくていいと判断されるかもしれないし、そもそも読み取れない可能性もある。
今更ながら消さなければよかったと激しく後悔するローズを、自信がなくて動揺していると勘違いしたミレスティは嘲笑いながら続けた。
「きっと今頃、お荷物を厄介払いできたって喜んでいるんじゃない? まさかローズが本命だなんてあり得ないし」
「悪いな、そのまさかだ」
ミレスティの背後で、凛とした声が響き、ローズはパッと表情を明るくする。
「迎えに来た、俺の花嫁よ」
「ジェイク様!」
ジェイクはローズに対して微笑んでみせてから、ローズを捕らえる男を冷たく見据えながら真っ直ぐ歩き出す。途中で、ジェイクの側からフェリックスが離れる。囚われたミアの姿を見て、怒りを隠さぬままにエマヌエラと対峙した。
ジェイクの気迫に怯んだ様子で男はローズを突き飛ばし、持っていた剣を抜いてジェイクと向き合った。
「俺に向かって剣を抜いたこと、後悔するなよ」
そう呟くと同時に、ジェイクは地面を蹴り、己も素早く剣を抜く。そのまま切り掛かると、翻弄する形で男を追い詰めていく。
「そんな……あいつは騎士団でも特に腕の立つ男だぞ」
「王族の間で、神童と呼ばれていた男だ。全てにおいて優れた才能を持っているジェイクには、誰も敵わない。……同じ王子として引け目を感じてしまうほどに」
唖然とするエドガルドに、ハシントンは少し悲しそうに呟く。エドガルドはそんなの信じられないとばかりに顔を歪め、他の男たちにもジェイクを襲うように指示を送る。
人数が増えても、ジェイクが劣勢になることはなかった。剣を振るい、魔法を放ちながら、自分に向かってくる男たちを倒していく。
突き飛ばされて地面に尻餅をついたままの状態のローズの傍らに、ジェイクが立った。
「大丈夫か?」
「ええ……あの、ごめんなさい。勝手に行動してしまったことを、なんて浅はかだったかと、わたくしとても反省しております」
自分に向かって拝みながら、反省の言葉を述べたローズに、ジェイクは微笑みかけた。
「置き手紙を読んだときは心臓が止まるかと思ったが、顔を見られてやっと安心した……さて、こいつらどうしようか」
最後の呟きと共にジェイクが顔をあげて周囲を見回すと、すかさずローズは現状の説明と希望を言い並べた。
「ミアが囚われてしまいました。それからアデリタ様をシェリンガムに連れて帰りたいです。絶対に心落ち着ける場所での休養が必要ですもの。それから……わたくしも帰りたいです! できれば試練が終わりを迎える前に」
「わかった。ローズの望むままに」
真剣な眼差しでローズに見つめられ、ジェイクは嬉しそうに頷くと、意識を集中させるように剣の柄を持ち直し、アデリタを捕らえている鎖へと剣先を突き立て、断ち切った。
鎖の切断は難しいと聞いたばかりだが、それを易々とやって退けたジェイクに、ローズは「さすがジェイク様ですわ」と感動したように手を叩いてみせた。
「ローズは聖樹のそばにいて、アデリタを守っていてくれ」
ジェイクはそうローズに頼むと、自分達を取り囲むようにして新たににじり寄って来ている男たちへと突風のごとく突き進んでいく。
ジェイクからの頼まれごとに「わかりましたわ!」とローズは目を輝かせて立ち上がり、早速アデリタを自分の手元へと引き寄せた。
「貴様! 絶対に精霊を逃すな。あの男を捕らえろ!」
状況に焦りを滲ませたエドガルドの叫びに反応し、先ほどジェイクに倒されていた男たちの何人かが、苦しげながらも再び立ちあがって、剣を持ってローズに向かっていく。
ハシントンは自分を捕らえている男がひとりに減り、なおかつその男がジェイクに気を取られているのを感じ取ると、勢いよく男を突き飛ばす。
ローズを助けたい一心で走り出したハシントンは、庇うようにローズの前へ出た。
「やめろ! 王子としての命令だ!」
「いいからやれ! 聖女宮の長である私の言うことが聞けぬのか!」
男たちはハシントンではなくエドガルドの命令を聞くように、ハシントンに向かって剣を構える。丸腰のハシントンは青ざめるものの、すぐそばに、誰かの剣が落ちているのに気付き、すぐさまそれを手に取った。
剣を構えるハシントンの手が震えているのをローズは目にし、ぽつりと声をかける。
「ハシントン様、その剣をお貸しください」
「君は剣も扱えるのか?」
「いいえ、さっぱりですわ。なので、剣を振るうのはハシントン様にお任せします。わたくしに、ちょっとばかり、その剣に細工をさせてください」
ローズの求めに応じ、精霊たちが男たちの邪魔しにかかり、ハシントンはローズに剣を手渡す。ローズは近くでまだ蠢いている光の網に囚われている穢れをむんずと掴み、その場にぺたりと座り込んだ。




