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掴んだのは温かな未来1

 屋敷を飛び出したジェイクが、バレンティナに状況の説明をしておくべきだとフェリックスに促されて馬を走らせる中、聞いていた宿屋を訪ねたローズは、朝を待たずにハシントンと共に街を立った。

 最低限の食事と休憩を挟みながら、大急ぎで馬車は進んでいく。

 シェリンガムを出国する前に、先に帰国の途についていたエドガルドに追いつき合流し、エドガルドに自分の馬車に乗り換えるように求められる。

 しかし、ローズは「わたくし、ハシントン様と一緒が良いですわ」とにこやかに拒否した。

 そしてハシントンも、もうすでにローズを自分の新たな恋人のように扱い始めていて、ミレスティとハシントンの仲があまり良好でないのを知っているエドガルドは複雑な面持ちとなる。

 アルビオン国に入り、迎えてくれたオルコスの町並みを眺めながら、ローズは思わず「あっ」と声を発すると、向かい側にうとうとしながら座っていたハシントンが視線をあげる。


「どうしたんだい?」

「アルビオンを旅立つ前に、そこの大きな宿屋に泊まりましたの。後はあのお店でドレスを買っていただいたり、それからこの道をジェイク様と歩きましたわ」


 ローズは窓の向こうを指差して声を弾ませるが、あっという間に馬車はその場を通り過ぎて行き、急に寂しさが込み上げてくる。


「やっぱり、ジェイク様にはお話ししてから出てくるべきだったかもしれませんね。お優しい方だから、今頃、きっと心配なさっていますわ」


 ハシントンは背もたれに寄りかかり、遠くを見つめながら、安堵するかのように息をつく。


「いや。話さないでくれて良かったよ。婚約者候補に途中で離脱されるのは嫌だろうし、引き止められてしまったと思うから」


 ハシントンの言葉に、ローズは引っ掛かりを覚えたように、目を大きく見開いてみせた。


「わたくし、途中離脱したつもりはまったくありませんわ」

「でも試練の最中だったんだよね。途中で離れても合格できるほど甘いものではないだろう? この前も言ったけれど、こうして着いて来てくれたんだ。僕が責任をとってローズを娶るよ」

「いいえ。その気遣いは無用です。たとえ試練の終了日に間に合わなくても、わたくし、すぐにシェリンガムに戻りますので」


「ほほほ」と笑ったローズの手をハシントンは掴み取り、真剣な面持ちで何か言葉を紡ごうとした。その瞬間、ハシントンの手の上にミアが舞い降り、仁王立ちする。


「一時、シェリンガムを離れようと、ローズはジェイク様の婚約者候補です! いくらアルビオンの王子であっても、気安く触れないで頂きたい!」


 ミアが物怖じせずにハシントンへと言い放つと、ハシントンは「す、すまない」と呟く。手の甲を軽く蹴るようにして飛び立ったミアの姿を、ハシントンはじっと見つめる。


「君は、上位精霊だったんだね。屋敷を訪ねた時にも君はいたよね。ということは、次の国守りとなるべく、ローズと共に試練を受けている子が君ってことか」


 ハシントンとあまり馴れ合うつもりはないのと、あの子の実力では国守りの精霊になんてなれるはずがないと今まで陰で笑われてきたこともあって、ミアはローズの隣に座ると、「だったら何?」というような目つきとなる。

 そんなミアに、ローズは苦笑いしつつ、代わりに答えた。


「この子、ミアと言いますの。確かにハシントン様が屋敷にいらした時は、普通の可愛い精霊でしたが、その後、なんと上位精霊に進化したのです。すごいでしょう」


 褒め称えるように手を叩いてローズがミアを自慢すると、ミアは「やめてよ」と少し顔を赤くしながら、ローズを手で押しやった。


「素晴らしい素質を持っているんだね。次の国守りの候補に選ばれるだけのことはある」


 ハシントンもミアを褒めて、なおかつにっこり笑いかける。ジェイクと違った優しい微笑みに、ミアはちょっぴり気恥ずかしさを感じ、愛想笑いだけして黙り込んだのだった。




 馬車は飛ぶように進んでいく。王都に近づくと、穢れの気配が濃くなり、まだ昼間だというのに徐々に辺りが薄暗くなっていく。

 ここに来るまでは、試練を終えてからアデリタの様子を見に行っても良かったのではないかと、すぐにシェリンガムを飛び出してしまったことを後悔する瞬間も何度かあった。しかし、穢れによって町が荒んでいるのを目にすると、自分の選択は正解だったかもしれないとローズは思うようになっていった。

 城に到着するとすぐに、ローズとミアはハシントンとエドガルドに続く形で、アデリタのいる庭へ向かって小走りで歩き出す。

 自分を狙って近づいてきた穢れを、ミアは「こっち来ないで!」と炎の魔法で追い払い、慌ててローズの肩の辺りにしがみつく。


「精霊の姿が見当たらない。シェリンガム以外の国には、精霊ってあまりいないの?」

「昔から、アルビオンはシェリンガムほど精霊を見かけませんでしたけど……ここまでまったく見つけられないのはおかしいですわね」


 前を行くハシントンを気にしてか、ミアがローズに小声で問いかけると、ローズも周囲を見回しながらボソボソと答えた。


「アデリタ様、大丈夫かな」


 心配そうに発せられたミアの呟きにローズも同調するように頷き、自然とハシントンを追う速度を上げた。

 回廊を進んで、大広間のテラスの横に出る。そのまま庭の奥へ向かうと、以前ローズも目にした大きな岩が見えてくる。岩の周りには聖女院の制服に身を包んだ人々が何人かいるのが見え、その中に、ミレスティとエマヌエラの姿があることに気づくと、ローズは躊躇うように歩く速度を落とした。


「ローズ、どうしたの?」


 ローズの浮かない様子にミアが不思議そうに問いかけた時、エマヌエラがエドガルドに気付いて声を張り上げた。


「あなた、こんな時にどこに行っていたのよ! 大変だったんですよ!」


 妻に怒りをぶつけられて、エドガルドは不快そうに眉を動かすも、特に何も言葉を返さない。エマヌエラはその態度に不満を募らせるも、エドガルドの横にハシントンがいるため、怒りを飲み込んだ。

 しかし、ふたりの後ろにローズがいるのを見ると、言葉を失った後、苛立ちを隠すことなく問いかける。


「どういうことですか? なぜその娘がいるのです」

「彼女の力が必要だと判断して、連れ帰ってきた」


 エマヌエラの疑問に、ハシントンが毅然とした態度で答えると、そこでミレスティもローズに気付き、一気に歩み寄ってくる。


「あんたが聖女宮に入らなかったから、お世話係から逃げられたってみんなから陰口を叩かれて、とっても恥ずかしい思いをしたのよ! 私の前によくものうのうと顔を出せたものね! この恩知らず!」


 溜まっていた不満を爆発させて、ミレスティがこれまでそうしてきたように、ローズに手を振り上げる。しかし、ミレスティがローズの頬を叩くより先に、ミアが飛び掛かった。

 ミレスティの手に噛みつき、「痛い!」と振り払われた後は、ミレスティの髪を乱暴に引っ張った。

「なんなのよ、この凶悪な精霊は! 邪悪だわ!」とミレスティは負けじとミアを掴もうとするも、ミアは素早くその手を交わし、「うるさいわね! あんただって性格の悪さが顔に滲み出ていて、十分悪人面よ!」と憤りを露わにする。

 上位精霊となったミアの言葉はミレスティにももちろん聞こえていて、口汚く言い返されたことで頭に血が昇る。


「精霊の分際で、よくもそんなことを。許さないわよ!」


 再び躍起になってミアを捕まえようとし始めたミレスティの腕をハシントンが掴んだ。



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