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歩き出した道4

 小道を進むと、度々狂った獣が飛び出してきて、その都度、ローズが対処する。

 リードを手放された状態でも、子犬はローズのそばを離れず、近づいてくる穢れを吠えて追い払う。


「まあ、ウサギさんも感謝してくださいますのね。こちらこそありがとうございます」


 穢れを払ったウサギの体から思いの結晶が出てきて、ローズは嬉しそうににっこり笑う。一拍おいて、ローズはハッと気がついて、素早く思いの結晶を掴み取る。子犬にそうしたように、結晶を使ってウサギを聖獣化させるべく、ミアにも手伝ってもらって属性強化錬成を行おうと試みる。

 しかし、あと一歩のところで、思いの結晶が弾かれてしまい、それは失敗に終わってしまった。


「あら。失敗してしまいましたわね。力が足りなかったのでしょうか」


 ローズは自分の手のひらを見つめながら失敗の理由を考える。正直、あの時と同じように力は発揮できていたし、それはミアも同様だった。そうなると、思い浮かぶ原因は一つだけ。


「あの時は、ジェイク様が魔力を強めて安定した状況を作ってくださいました。だから成功したんですわね。聖獣化を行う際は、ジェイク様にも手伝ってもらわないと無理そうです」


 ひとつ結論付けて、ローズは再び歩き出す。途中で小さな池が出現し、それを迂回するように続く小道を進みながら、ローズはじっと池を見つめた。

 池の水は澱んでいて、とても汚く、時折ゴポリと嫌な音を立てて、気泡が浮かび上がってくる。


「あれも、嫌ですわね」


 ローズはそうぼやいて、池に向かって手を伸ばす。ふわりと放った光の波動が藻の張っている水面を大きく揺らし、降り落ちた光で覆い尽くしていく。所々で発光したあと、水面を覆っていた光が徐々に水中へと沈んでいき、やがて藻も濁りも光も消え、水の底まで見えるほどの澄んだ水だけが残った。


「これでよしですわね」


 なんてことない口調でひとり納得したように呟いて、ローズは先へと進み始める。完璧なまでの浄化を見せつけられたミアは、犬に跨ったまましばらく呆然と池を見つめていた。

 小道は、森を一周できるように作られているようで、道なりに進んでいくだけで、三本の聖樹を見て回ることができた。

 話に聞いていた通り、聖樹は禍々しさをまとっていた。

 ローズが近づくだけで、穢れを撒き散らしながら枝葉を揺らして威嚇し、汚染された葉を鋭く飛ばして攻撃してくる。それにローズは怯えることなく、立ち向かっていき、まるで綱引きでもするかのように木から汚れを引っ張り出し、量の多さに手こずりながらも光の網で捕えて浄化する。

 それを二本繰り返し、最後の一本に辿り着いた時には、子犬は呼吸を荒くし、ローズもミアも口数が少なくなり、表情に疲れをみせていた。


「残りの一本も、汚れを払って綺麗にしてしまいましょう!」


 それでもローズは、明るく元気にミアと子犬を鼓舞し、最後の一本に向かっていく。さっきまではうまく交わせていた葉っぱの攻撃を頬に受けてしまうも、なんとか汚れを引っ張り出す。そしてウネウネと身をうねらせてローズの手から逃げ出そうとする穢れを、浄化して消滅させようとするも、全てを消す力はもう残っておらず、三十センチほどに縮まった穢れが手元に残ってしまう。


「これはどうしたら」


 困り顔を浮かべると同時に、ローズはふらりと目眩を覚え、そのまま聖樹に手をついた。

 次の瞬間、持っていた穢れが聖樹に吸い込まれてしまい、ローズは起こったことへの理解が追いつかず、瞬きを繰り返す。


「戻してしまいましたわ。やり直さないといけませんね」


 自分のミスにローズががっくりと肩を落とすと、風もないのに聖樹の枝葉が揺れ始める。再び穢れを纏った聖樹の姿は、先ほどよりも禍々しさを増したように見えた。

 ローズたちは本能で危険を感じ取り、それぞれにその場から逃げ出そうとする。しかし、ローズは足がもつれて前のめりで転んでしまう。膝を打った痛みで、すぐには立ち上がれずにいる中で、殺気を感じ、肩越しに後ろを振り返ると、ローズに向かって大きく枝がしなった。魔力がほぼ残っていない自分がターゲットにされたことを頭で理解し、このままでは危ないと危険を察知するも、体は動かない。

 黒々とした穢れをまとった葉っぱが鋭く放たれた瞬間、ローズは歯を食いしばり、痛みを覚悟する。

 しかし、葉っぱはローズに到達する前に、業火に焼かれ塵と化した。


「大丈夫か?」


 自分の傍に立った姿を見上げて、思わずローズは目に涙を浮かべる。


「ジェイク様、どうしてここに」

「胸騒ぎしかしなくて途中で引き返してきたら、ローズの姿がなくて、屋敷中探し回ったあと、力の波動に気づいてここに来た」

「見つけてくださり、ありがとうございます。助かりましたわ」

「無茶はするなと繰り返し言っているのに……本当に放っておけない」


 ジェイクはぼやきながら、再び攻撃を仕掛けてこようとした聖樹を光の網で包み込む。

 動きを止められた聖樹がもがくような音を立てる横で、ジェイクはローズの頬に手を当てて魔力で傷を癒す。それが終わるとひょいと横抱きにし、この場を脱するように歩き出した。


「それにしても驚いた。あの聖樹以外、ほぼ完全に浄化されているじゃないか。空気も澄んでいるし、水も綺麗だった。あとは、あれをなんとかできたら、この森は清浄の森と呼び名が代わるだろう」


 まだ光の網に捕らわれている聖樹を、ジェイクは振り返り見つつ、ローズに話し掛けた。

 しかし、抱きかかえているローズから反応がないことに気づき、視線を落とすと、彼女は目をつぶって、すやすやと寝息を立てていた。


「お疲れ様」


 フェリックスと、ローズに代わって子犬の手綱を持っていたミアも、ローズの寝顔を覗き込み、ジェイクと同じように、仕方ないなといった風に優しく見つめた。




 ローズはまた二日眠り続けたあと、光の魔力の気持ちの良い揺らぎと、朝食のいい匂いと共にスッキリ目覚めた。

 目覚める前に感じ取った力の波動に、ジェイクがそばにいるような気がして、ローズはベッドで身を起こした後、部屋の中をキョロキョロと見回す。

 しかし、室内には誰の姿もなく、ローズは「寝ぼけていたみたいですね」と呟きながら、ベッドを降りた。

 食事の匂いに導かれるように食堂に入ると、ジェイクとミアとフェリックスが食事の手を止めて、ローズを迎える。


「おはよう、ローズ。具合はどうだ?」

「ジェイク様、おはようございます。わたくし、とってもスッキリしております」


 言いながら、また光の波動の揺らめきを感じたような気がして、ローズは不思議そうに窓の向こうへと視線を向ける。


「……光の魔力の揺らぎを感じる気がするのですが、これはなんでしょう」

「あぁ、それはきっと母さんだな。少し前にここに訪ねてきて、穢れの森がすっかり浄化されていることにものすごく興奮してた。穢れの残った聖樹が一本残っていると話したら、飛んでいったから、ローズに負けじと奮闘中なんだろう」

「王妃様がいらしているのね。でしたら、ご挨拶がてら、お手伝いして来ますわ」


 嬉しそうに笑って身を翻したローズを「今日はおとなしくしていろ」とフェリックスが声を大に呼び止め、素早く飛んできたミアが腕を掴んで止めにかかる。

 そこにスープを乗せたワゴンを押したアーサが入ってきて、「お嬢様! お目覚めですね」とホッとしたような声を発する。ジェイクの前に丁寧にスープを置くと、「今すぐ朝食を準備しますね」とローズに話しかけ、素早く台所に戻っていった。

 外に行きたそうなローズだったが、アーサの言葉で「お腹も空いていますし、先にお食事をいただくべきですね」と考え直し、ジェイクの向かいの席に座った。

 程なくして、アーサが野菜のたっぷり入ったパイが乗った皿を持って戻ってくると、呼び鈴が鳴り響いた。


「わたくしを訪ねてきてくださった方なら、食べ終わるまで待ってもらってくださいな」


 玄関へと向かっていくアーサにローズがお願いした横で、フェリックスが「休む気はなしみたいだな」と苦笑いする。



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