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試練と成長8

 ローズの活躍を祝すように、シェリンガムの夜空に満天の星が彩り、そして夜が明ければ、気持ちの良い陽気の中、大地の魔力を司る精霊たちの恩恵を受け、植物や農作物は瑞々しく立派に成長し、安寧と共に新たな一日を迎える。

 一方で、隣国アルビオンでは太陽を覆い隠すほど厚い雲が夜空に立ち込めていた。

 肌寒さを感じながらミレスティが聖女院の廊下を厳しい面持ちで歩いていると、通りすがりの聖女や聖女見習いの制服を身に纏った数人の女性たちとすれ違う。

 すれ違いざま、同時期に聖女見習いとして入宮した女性から「ミレスティさん、昨日はお疲れ様でした」と声をかけられ、ミレスティは「お疲れ様です」と愛想よく答えた。

 そのまま立ち去ろうとするが、後ろから聞こえてきた会話に、ミレスティは思わず足を止める。


「次期大聖女として特別扱いで入宮してきた割には、パッとしないわよね」

「そうそう。ハシントン王子の誕生日に、みんなが手こずっていた、国守りの精霊についていた穢れをしっかり払えていたから、入宮直後から活躍するものだとばかり思っていたのに……普通の見習いでしかないわ」

「本当にあの子が払ったのかしら。あの時、シェリンガムのジェイク王子がいらしていたんでしょ? 多くの魔法を会得し、武術にも優れていて、美男子でもあるジェイク様が払ってくださったと言われた方が納得できるわ」


 うっとりとジェイクを誉めた女性に、「美男子っていうのは能力と関係なくない?」と突っ込みが入り、女性たちは笑いながら廊下の角を曲がり、姿を消した。

 ミレスティは誰もいなくなった廊下を睨みつけるように振り返り、腹立たしげに舌打ちをする。


「あの時、穢れを払ったのは私よ。他の誰でもない、この私なのに……どうして、うまくいかないのよ!」


 国守りの精霊から穢れを払った瞬間、確かにミレスティは手応えを感じた。

 あの瞬間は全てうまくいった。それなのに、今また国守りの精霊が穢れに憑かれ、払う必要が出てきたため対処しようとするのだが、全くもってうまくいかないのだ。

 あの時と何が違うのか、何が足りないのかと考えると、思い浮かぶ姿があった。聖女たちが今さっき噂していたジェイクという隣国の王子が連れて行ってしまった従姉妹、ローズだ。


「そんなはずないわ。あの役立たずにいったい何ができるっていうのよ」


 自分の考えを打ち消すように、ミレスティが鼻で笑った時、先ほど聖女たちが消えた曲がり角からハシントンが姿を現し、焦った足音を響かせながらミレスティの元へ近づいてくる。


「ミレスティ、ここにいたんだね」

「ハシントン様! 私、今から朝食をとりに食堂へ向かっていたところだったんですけど、ご一緒にいかがですか?」


 嬉しそうに誘ってきたミレスティに、ハシントンは渋い顔をし、ゆっくりと首を横に振る。


「アデリタの具合が悪い。すぐに彼女の元へ行ってくれないか」


 彼からの要求に、ミレスティも笑顔を消し、嫌そうに顔を顰めた。


「ひどく疲れているので、無理です。だって、昨日は一日中ずっと、穢れを払うのを手伝わされていたんですよ。今日はしっかりお休みをもらう約束になっていますし。今さっき、今日の当番である聖女たちが行きましたし、彼女たちに頑張ってもらってください」

「助けを求めて、君を呼んでいるんだよ?」


 ハシントンは訴えかけるが、ミレスティにだからなんなのといった様子でそっぽをむかれてしまい、諦めと苛立ちの混ざったため息をつく。


「わかった……それなら、一日ゆっくり休んでくれ。それで疲れが癒えたら、すぐさま、あの時のように穢れを一掃して欲しい。そして今度は、再び穢れに憑かれないように、アデリタ自身もしっかり回復させてくれ」


 表情を強張らせたミレスティの逃げ道を断つように、ハシントンはさらに強く要求する。


「次期大聖女、そして僕の花嫁になるつもりなら、それくらいしてもらわないと困る。我が国に国守りを務められる上位精霊はアデリタしか残っていないんだ。彼女を失うわけにはいかない」


 互いの心の中にある不満をぶつけ合うように視線を交わしながらも、そのままふたりが黙り込むと、静寂を切り裂くように廊下を駆けてくる音に続いて「ハシントン様!」と呼びかけ声が響いた。


「ご報告です。シェリンガムのジェイク王子より、返事がございました」


 騎士団員からの報告にハシントンは表情を明るくさせる。


「ジェイクはいつアルビオンに来てくれるんだ?」

「それが、王子ご自身は国を離れることが難しく、アデリタ様の治癒には代わりの者を向かわせるとのことです」

「……そうか、ジェイクに来てもらいたかったが」


 歯痒そうに呟いたハシントンへ、騎士団員はハキハキと報告を続ける。


「今、シェリンガムは精霊の代替わりに関わる試練がおこなわれている最中ですし、それは自身の花嫁選定も兼ねていますから、ジェイク王子は国を離れるのが難しいのではないでしょうか」


 確かにそうかもしれないと納得するようにハシントンは頷き、思い出したようにミレスティに問いかける。


「ジェイクがミレスティの従姉妹であるローズを、自身の花嫁の候補として連れ帰ったという話を小耳に挟んだが、それは本当なのか?」


 答えるのが嫌だというように顔を逸らしたミレスティに代わって、騎士団員が口を開いた。


「本当のようです。ローズ・セレイムルはジェイク様の花嫁候補として認められ、バレンティナ様の試練に取り組んでいるとシェリンガムの知人から聞きましたから。凶暴化した獣から穢れを取り払い、元の状態に戻したという話もあるようです」


 そこで眼差しを険しくさせたハシントンに、騎士団員は焦りを感じたかのように「あくまで噂話ですが」と付け加える。

 ハシントンは表情を厳しくさせて、騎士団員に「行こう」と声を駆ける。


「僕は選ぶべき相手を間違えたようだ」


 すれ違いざまに、ハシントンからかけられた冷たい言葉が、ミレスティの心に深く突き刺さる。


「ローズ……本当に忌々しいわ」


 自尊心を傷つけられたことへの悔しさは、すぐに彼女の中で、ローズに対する怒りへと変化していった。





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