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手柄など差し上げます!~無自覚最強聖女は新たな人生をひたすら楽しむ~  作者: 真崎 奈南
六、

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37/51

試練と成長7

 マロンクリームタルトに手を伸ばさずに、ジェイクが自分を見つめていることに気づき、思わずローズは「何か良い案はございませんでしょうか?」と話を持ちかけそうになる。しかし、すぐにローズはハッとして真顔となり、口をきつく閉じた。

 お目付役のフェリックスも共にベンチに座っていて、そばに生えている木の上の方からも、今もなお、ジュリアの気配が感じ取れるこの状態で、痛恨のミスを犯すわけにはいかない。

 ローズが気を引き締め、ジェイクは少しばかり苛立った様子で前髪を乱暴にかきあげる。

 わずかに視線が逸れても、すぐにふたりは惹かれ合うように再び見つめ合う。


「規則を破りたいと思ったのは初めてだ。ローズが困っているのに、手を差し伸べられないのが歯痒くて仕方ない」


 ジェイクが苦しげに自分の気持ちを訴えかけてから、躊躇いながらも、ローズの頬にそっと触れる。

 頬から伝わってくる彼の指先の熱に、心が甘く痺れるような感覚にローズが陥ったその時、突然子供の泣き叫ぶ声が響き渡った。

 ジェイクはすぐさま手を引き、ローズは夢から覚めたような気持ちで、きょろきょろと周りを見回す。

 もうすぐ閉店時間を迎えるオリントの洋菓子店の中にまだ少し客はいるものの、店の外に人の姿はあまり見当たらず、子供の泣き声だけが異様に響き渡っている。

 ジェイクとローズは頷き合ったあと、すぐにベンチから立ち上がり、その声が聞こえてくる方へと向かって、足早に歩き出した。

 泣き声の主は、オリントの洋菓子店の裏にある、ベンチとブランコがあるだけの小さな公園にいた。暗闇の中、女性が地面に座り込んだ状態で、泣きじゃくっている幼い男の子を抱き締めていた。


「どうしましたか?」


 ジェイクが声をかけると同時に、母親だろうその女性が青ざめた顔でふたりを振り返り見た。


「ブランコで遊ぼうとしたら、この子が獣に噛みつかれてしまって」

「まあ大変!」


 言葉通り、男の子の足から血が出ていて、すぐさまローズは涙の止まらない男の子のそばに両膝をついた。ズボンの裾を捲り上げて現れたふくらはぎの咬み傷には、以前相対したブラウンほどひどくはないが、穢れがまとわりついていた。

 ローズは深呼吸をひとつ挟んでから、意識を集中しながら手をかざし、光の波動を発生させる。処置が早かったからか、それだけで穢れをしっかり取り除くことができた。


「穢れを完全に払うのは俺にも無理だ。さすがローズだな」


 ジェイクが拍手を送ると、遅れてミアとフェリックスも共にローズに向かって拍手した。

 母親はローズの能力の高さにしばし唖然としていたが、自分の腕の中にいる息子が、いつの間にか泣き止んでいることに気づくと、「ありがとうございます!」と目に涙を浮かべてローズへ頭を下げた。

 その瞬間、母親の体からふわりと浮かび上がった思いの結晶を目にし、ローズは母親の手を両手で包み込むようにがしりと掴んだ。


「これですわ! わたくし、方法を見つけました!」


 ローズが大喜びしていると、近くの茂みがガサリと音を立てて大きく揺れ、そこから一匹の小さな獣が怒りの咆哮と共に飛び出してくる。


「息子を噛んだのは、その獣です!」


 母親の恐怖で引き攣った叫びに続き、息子も怯えた声で再び泣き始めた。

 目が赤く光り、口からよだれを垂らしながら、唸り続ける様子から、明らかに凶暴化しているとわかるそれに、ジェイクはみんなを守るように素早く前に出た。火の魔力を発動させるように獣に向かって右手をかざして、攻撃の体勢をとる。


「……まあなんてことでしょう。ジェイク様、お待ちになって」


 口元に手を当てて、驚いた様子で自分の横に並んだローズに、ジェイクは「どうした?」と理由を問う。


「わたくし、あの子犬さんに見覚えがありますの」


 それを聞いたミアも、思い出したように獣を指差す。目の前に現れた獣は、孤児の精霊たちが住んでいる王立医院の裏庭に入り込んでしまったあの子犬だ。


「本当に穢れに囚われてしまうなんて……なんとかしてあげたいですわ」


 穢れを纏ってしまったがために、可愛らしい面影はまったく残っていない。穢れから解放するための方法はないだろうかと考えていると、子犬の背中のあたりが特に穢れが濃くなっていて、目を凝らすとそこに傷があることが分かった。

 ローズはジェイクの右手に触れて、下ろすように促した後、そのまま一歩前へ踏み出した。


「ミア! あの子犬、捕まえますわよ!」


 ミアは信じられないといった顔で勢いよくローズの隣りまで進み出るも、子犬をじっと見つめるローズの目の輝きから、本気で言っていることが伝わり、天を仰いだ。

 そして、ミアは気合を入れるように両手で拳を握り締めた後、子犬に向かって一直線に飛んでいく。

 子犬は、自分に向かってくるミアに威嚇の唸り声をあげ、大きくジャンプして飛びかかろうとした。

 ミアは慌てふためきながら機敏に子犬を避け、魔力で風を起こして動きを封じようとする。

 子犬がミアに気を取られている隙に、ローズはそっと歩み寄り、背中の傷口に手をかざす。


「はい! 捕まえましたわ!」


 宣言と共に、子犬の体が光に包まれる。そしてローズはブラウンの時と同様に、えいっと傷口から穢れを引き抜き、その光景にジェイクとフェリックスは言葉を失う。

 狂ったように牙を剥いていた子犬が、穏やかな面持ちを取り戻したのを確認してから、ローズは握りしめていた穢れを光の魔力で消滅させる。


「背中、痛いですわよね」


 穢れを取り除いて見えた背中の傷は思っていたよりもひどく、すぐさまローズは治癒を施す。子犬はローズを見上げては尻尾を振っていたが、出血もひどいせいか、次第にぐったりとした様子となっていく。


「しっかりしてくださいな」


 ローズが焦った声で呼びかけると、すぐにジェイクとミアも一緒になって手をかざし、光の魔力を流し込む。


「生命力が弱くなってる。なんとか安定させないと」


 ジェイクが呟きと共に光の波動を一気に強めた時、子犬は力尽きるように体を横たえた。そして、つぶらな瞳をローズに向けて、感謝を述べるかのように力を振り絞って尻尾を一振りする。

 すると、子犬の体から、思いの結晶が浮かび上がってきて、それがまるで魂が抜けていく瞬間かのように見えてしまったローズは息をのむ。

 目を見開いて、どこか一点を見つめたまま、魔力の流れを止めてしまったローズに、ジェイクが鋭く「ローズ!」と呼びかける。そこでローズもハッとして我にかえると、考えるよりも先に手が動く。


「ダメですわ。召されるには早すぎます」


 子犬が発した思いの結晶をローズは指先で摘み取る。そのまま小さな体の上に置くと、体の中へと戻すように上から手をかざす。

 ふっとローズの脳裏に、魔法石ランプを錬成した時の光景が蘇ってきて、咄嗟にローズはミアへと視線を向ける。ミアもローズの眼差しを受け、無意識にローズの手の上に自分の手を重ね置いた。

 波動のうねりが変わったことにジェイクは感じ取って、素早く子犬から手を引いた瞬間、ローズとミアを中心に、温かで柔らかい風に乗って光の波紋が広がっていった。

 やがて光が引くと、公園内には清らかな空気と静寂が残った。人々が息を飲んで視線を注ぐ先から、「ワン!」と可愛らしい声が小さく響いた。


「ひとまずなんとかなりましたわね」


 ホッとしたようにローズは笑みを浮かべると、そのまま気を失う。横に倒れかけたローズの体を、ジェイクが素早く自分の元へ抱き寄せた。同様にミアも力を使い果たしたようで、目を回しながら地面へと落下し、フェリックスが慌てて飛んでいく。

 ローズを支えるように抱き寄せながら、ジェイクは子犬へと視線を落とす。ぐったりしていたはずの子犬は、今やしっかりと立ち上がり、ローズに向かって千切れんほどにしっぽを振っている。

 元気になっただけではない。子犬が動くと光の粒子がたなびくことから、聖獣に進化したのは明らかで、それは、数人がかりでも難しい最高位の属性強化錬成を、ローズはたったひとりでやって退けたことを意味していた。


「……本当にローズは俺の想像を超えてくる。面白い」


「マロンクリームタルトをこんなにたくさん」と幸せな寝言を呟いているローズにジェイクは微笑みかけながら、絶対に離さないとばかりに抱き締める手に力を込めたのだった。




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