試練と成長3
「それはジェイク様がローズお嬢様との会話で、癒しを感じたということですね。城で暮らした方が楽だろうに、生活の拠点をお嬢様がいるこの屋敷に移したことも納得いきますわね」
アーサのひと言に、ローズはキョトンとする。そしてジェイクの穏やかな微笑みを思い出すと、ローズは頬をほんのり赤く染め、にっこりと笑った。
「……そうなのでしたら、わたくしとっても嬉しいです」
お世話になりっぱなしの自分は彼の大きなお荷物でしかないと時折考えることがあったため、こんな自分でも少しは役に立てているのかもとローズは嬉しくてたまらなくなった。
ジェイクからもらった思いの結晶を見て、ローズたちがはしゃいでいると、御者が居間に姿を現し、「そろそろお時間ですよ」と声をかけた。
「お嬢様、頑張ってください!」と、アーサから背中を押すように力強く言葉をかけられながら、ローズはミアと共に屋敷を出て、馬車へ乗り込んだ。
屋敷から王立医院までの移動中、緊張の面持ちで窓から街の景色を見つめていたローズの視界に、ジェイクがいるだろう立派なお城が映り込む。
「わたくしも、頑張らなくては」
それは、ミアのためであり、ジェイクの面子を守るためでもあり、そして今は、少しでも自分で自信を持てるように、四週間、頑張り抜きたいとローズは強く思った。
やがて馬車は、白く四角い大きな建物の前に到着する。御者に開けてもらった扉から馬車を降りると、建物の入り口で待ち構えていた王妃に「ローズさん!」と明るく呼びかけられた。
ローズがミアと共に王妃の元へ駆け寄ると、王妃は嬉しそうに軽くローズを抱きしめた。
「ローズなら、バレンティナから許可を得られると思っていたけれど、まさかこんなに早くこの日を迎えられるなんて。おかげでしばらくは、ふたりっきりでゆっくりお話はできないけれど、それは試練が終わってからでいいわよね」
王妃とあった日に母の話を聞かせてもらう約束をした。しかし、試練で試験官の役割も担うことになる王妃と婚約者候補が個人的に会って親しくすることは、周囲の目に公平に映らないこともあり、禁止されているのを後から知り、王妃は残念がっていたのをローズはジェイクから聞いていた。そのため、ローズは王妃の言葉ににっこり笑って同意する。
「なんだか最近、ジェイクが生き生きしていて」と、王妃が笑顔で話し始めた時、そばに一台の馬車が停止し、中からべネッサがドロシーと一緒に降りてきた。
「王妃様、本日から一週間よろしくお願いいたします」
ゆったりとした動きでお辞儀をしたべネッサに、「はい。よろしくお願いします」と王妃は笑いかけ、そして、歓迎するようにふたりに対して両手を広げた。
「ようこそ、王立医院へ。研修とは言え、たった一週間しかありませんし、私はふたりに王立医院の雰囲気を肌でしっかり感じ取ってもらえたらと考えています。それでは中へどうぞ。早速始めましょう」
王妃に続いて、べネッサとローズは歩き出し、アーチ型の入り口から建物の中へ足を踏み入れた。
入った先は受付となっていていくつかの窓口が並んでいる。王立医院で働いている制服姿の人はもちろんのこと、小声で話をしたり、本を読んだりしながら、椅子に座って自分の順番を待っている患者の姿も多い。
皆、王妃様に気づくと、親しげに挨拶し、王妃もそれに笑顔で答える。一方で、王妃の後ろにいるローズとべネッサに視線が向けば、王子の未来の花嫁を決めるための試練が始まったのだと興味津々に表情を輝かせた。
廊下を足速に進んだ後、ローズたちはだだっ広い部屋へと通される。仕切りによっていくつかの小部屋が作られ、患者と制服姿の看護師が出入りしていることからこれらは診察室なのではと想像がついた。
「一日目と二日目は、医院内での仕事の手伝いをしてもらいます」
受付の手伝いとしては、保管庫からカルテの取り出しや戻し、診察室では患者さんの案内、医師のサポート、薬師がいる調合室では魔導具の磨き上げ、薬品の補充など、王妃が必要なポイントをいくつかあげている途中で、看護師チームのチーフを務めているメガネをかけた女性も加わって、研修が始まった。
半日も経たないうちに、不慣れながらも問題なくこなしていくべネッサと、一方で、転んでカルテをぶちまけたり、医師の指示と違う薬品ばかりを持ってきてしまったり、魔導具を磨いている途中で破損してしまったりと、ローズのミスの多さが目立ってしまう。
べネッサは患者の傷口に薬を塗布し、包帯もうまく巻いてみせた。負けじと、ローズも年老いた白髪混じりの男性の患者さんと向き合うがうまくできず、「お前、ふざけてんのか!」と怒鳴りつけられてしまう始末だ。
「ごめんなさい」と謝罪し続けながらの二日間をなんとか終えて、ローズはトボトボと王立医院を後にした。
「わたくし、自分のポンコツさに、これほどまでに打ちのめされたのは初めてですわ」
ローズは目に涙を浮かべて、肩も落としながら、迎えに来てくれている馬車に向かって真っ直ぐ歩いていく。
そんな彼女の手には薬箱がしっかりと握りしめられている。これは明日渡されるはずだった物だが、中に入っている包帯で巻き方を練習したいからと、早めにもらってきたのだ。
苦手を克服しようとする気持ちがあるのだから、すぐに上手く巻ける様になると、励ましたいのに、自分の声が届かないことにミアは歯痒そうに見つめる。
「この二日間で、べネッサはたくさん思いの結晶をいただいていたというのに、わたくしはさっぱりでした。……自分が不甲斐なくて情けなくなります」
べネッサが対応した患者から思いの結晶が浮かび上がるのを、ローズは繰り返し目撃していた。それに対し、自分は相手を不機嫌にさせるだけで、この二日間、結晶はもらえなかった。
グスっと鼻を鳴らしたローズを励まそうと、ミアがわずかに震えている肩に手を伸ばした時、ふわりと漂ってきた甘い匂いにローズは勢いよく顔をあげる。
「……この匂いは、オリントの洋菓子店で嗅いだ匂いと同じですわ!」
漂わせていた哀愁は一瞬で消え、ローズは目を輝かせながらあたりをきょろきょろ見回し始めた。そんなローズにミアは呆れたように肩をすくめた。
姿に気づいてやってきた御者にオリントの洋菓子店のことを話すと、この近くに数日前に新店舗ができたという情報を得る。「すぐに戻りますから、もう少し待っていてくださいな」とローズは御者に告げて、匂いを頼りに嬉しそうな足取りでミアと共に洋菓子店を目指した。
しかし、店舗にたどり着くと同時に、店内から続く建物よりも長く伸びた列に、ローズは「混んでいますわね」と困ったように呟く。
御者を待たせていることもあり、また日を改めて買いに来た方が良いだろうと、ローズは泣く泣く気持ちを切り替えた。
「また今度にしましょうか」とミアに声をかけ、名残惜しそうに店に背を向けようとした時、「いててっ」と聞き覚えのある男性の声が響き、ローズは声のした方へと振り返る。
店から出てきた拍子に店の前に置かれてあった背の高い立て看板に腕をぶつけてしまったらしい六十代くらいの男性は、先ほど王立医院で包帯を上手く巻けなかったローズに対し怒鳴りつけてきたあの白髪混じりの男性だった。
また怒鳴りつけられるかもとローズの中に怯えの気持ちもあったが、痛みがひどいようで辛そうに歪められた血色の悪い顔を目にしてしまえば、自然と足が動き出す。
「……確か、ブラウンさんと仰いましたよね? 大丈夫ですか?」
ブラウンは歪めていた顔をあげて、ローズと目を合わせ数秒後、「お前はさっきの」と呻くように呟いた。ひとまず彼が自分を覚えてくれていたことに、ローズはホッと息をつく。
並んでいる客たちから、入り口を塞いでいることを邪魔だと思われているような空気を感じ、ブラウンは忌々しげに舌打ちをすると、ゆっくりと歩き出した。




