ミア7
味わい食べた後、ローズもお返しとばかりに、ミアの羽についた穢れをさっと手で払い落とした。そして、ミアが無造作に並べられた魔法石ランプを見下ろして不思議そうな顔をしたのに気づいて、ローズは得意げに話しだす。
「実はわたくし、脇道に、そしてゆくゆくは屋敷の周りにも、穢れが簡単に入ってこられないように、光の魔力で結界を作ろうと思いまして」
それを聞いて困惑した表情になったミアに、フェリックスは同意するような笑みを浮かべてから、作業台の上に三つ並べて乗っている魔法石ランプを指差した。
「ひとまず、実践あるのみだ。光関係の錬成は難易度が高くて大変らしいし、まずは錬成術の基礎である魔法付与がきちんと行えるかどうかからだな」
「その通りですわね。魔法付与、やってみましょう」
三つのうち、真ん中に置かれてある魔法石ランプの前へとローズは進み出たが、ふっと既視感を覚え、同時に鼓動が重苦しく鳴り響き出したのを感じながら、恐々と周りを振り返り見た。
フェリックスとミアはすぐ近くから、魔法石ランプを運び終えて休んでいる御者も少し距離を置いたところからローズの様子をじっとうかがっている。
本当にできるのかといった懐疑的な眼差しが自分に集まってきていて、そして何より、アーサの心配そうな面持ちを視界に捉えると、あの日もこんな感じだったと、自然のローズの体が強張っていく。
控えればいいのに少し得意げになってしまっていた愚かな幼い自分、嘲笑いながら見下すような眼差しを向けてくる大人たち。心配そうにしていたアーサが、ローズが光の魔力を使った後、顔を両手で覆った姿。
断片的に蘇ってきた記憶に、ローズは苦しげな息をつく。
「ミレスティの真似をして、光の魔力を披露したあの時みたいですわね。……ひどく怒らせてしまったのを思い出してしまいましたわ」
アルビオンで国守りの精霊を助けた時は、急を要す中での出来事で、何かに気を取られる余裕もないまま、無我夢中で光の魔力を発動したが、今は違う。
もちろん、今周りにいる者たちは、決してローズに対し侮蔑的な態度をとっているわけではない。しかし、似通ったこの状況が過去の記憶と重なり、あの日目の当たりにした、エマヌエラとミレスティの怒りで歪んだ顔や怒鳴り声がローズの中で蘇り、感じた恐怖や悲しみに飲み込まれそうになる。
ローズは顔色を悪くさせながらも、魔法石ランプへと手を伸ばすと、今度は褒められたかったのに認めてすらもらえず、逆に叱りつけられたことへの大きな失望感に心が囚われ、苦しげに眉根を寄せる。
その後、部屋に閉じ込められ、しばらく出ることが叶わなかった。食事もさらに質素なものへと変わり、屋敷の召使いたちからも「お前は、ミレスティお嬢様の引き立て役にしかすぎないんだよ。生意気な」と蔑まれることが多くなる。
空腹でぼんやりする頭で「わたくしはミレスティより目立ってはいけないのですね」と理解し、何事に対しても「ミレスティのように、うまくはできない」と自身に暗示をかけ、特に光の魔力を使ってはいけないという戒めを、ローズは自分に課していったのだ。
「失敗しても、成功しても、どうかわたくしを叱らないでくださいね」
微かに体を震わせながらローズがぽつりとそう呟くと、アーサが言葉の裏側にある意味を察して「ローズお嬢様」と声を詰まらせた。
そしてミアもまたローズの言葉から、少なからず何かを察していた。再び短く息を吐き、今一度魔法石ランプと向かい合ったローズを、ミアはじっと見つめる。
改めて魔法石ランプに伸ばした手が小刻みに震えているのを気付くと、ミアは居ても立っても居られなくなったように、ローズの手に自分の小さな手を重ね置いた。
温もりにローズはハッとし、大きく目を見開く。
「……ミア」
ローズが呼びかけると同時に、ミアも顔を上げ、視線が繋がる。
励ますかのようにミアが口元に笑みをたたえ、つられるようにローズに笑顔が戻ってくる。
「情けない姿を見せてしまって、申し訳ありません。わたくしは、皆さんと共に生きる今を手に入れましたものね。過去は過去でしかありませんわ」
心を苦しく捕らえていた過去から一歩抜け出すように、ローズは魔法石ランプとへと両手をかざし、ゆっくりと目を閉じた。
気持ちを集中すれば、徐々にローズの体全体が熱くなっていく。手にぴたりと触れているミアは、その変化に驚き、戸惑う。
フェリックスとアーサと御者も、魔法石の中へ一気に光ががたまっていく様子に、圧倒され言葉を失った。
もちろんそれだけでは終わらない。ローズはまぶたの裏で、光の魔力を付与した魔法石ランプをひとつふたつと思い浮かべ、一列に並べていく。
それらを線で結び、結界としてのイメージをより強く持ったとき、体の内側で熱が一気に膨張し、ローズは思わず目を開ける。
その瞬間、ローズの体から熱が澄んだ風と共に一気に放出された。
「……今のは、いったい……あら?」
手元のひとつだけでなく、外に出した魔法石ランプのすべてが輝き、光の魔力が付与されている。これはいったいと理解が追いつかず動きを止めたローズの後ろで、フェリックスが興奮気味に声をあげる。
「一気に魔法石十個全部に魔法付与するなんて、すごいぞローズ!」
「すごいのですか? 上手くいったのでしたら……良かっ……た、ですわ」
ローズはふらついたあと、そのまま倒れそうになるが、傾いた体を誰かに抱き止められた。
「それだけじゃ無い。結界線の錬成にも成功してる」
「ジェイク様」
たくましい右腕に支えられ、ローズは夢心地な気分で、ジェイクの美麗な顔を見上げていたが、「本当だ!」とフェリックスが驚きの声を上げたことで、視線を魔法石ランプへ移動する。
目を凝らしていると、光の加減によって、ランプ同士が光の線で繋がっていることが見てとれ、自分が思い描いた通りに創造できていたことに、「もしかして大成功でしょうか」と唖然としながらぽつりと呟く。
「相変わらず、無茶苦茶な力の使い方だな……ローズ、大丈夫か?」
問いかけながら、ジェイクが何気なく、ローズの乱れた前髪を指先で整える。触れられた感触と、彼から注がれる優しい眼差しに鼓動が跳ね、ローズはジェイクの左手を両手で軽く掴んだ。
「ええ。私を気遣ってくれる皆様がいますし、何より、一番の味方が来てきてくださったから、わたくしもう何も怖いものはございませんわ」
にこやかにそう答えたローズに、ジェイクはほんの数秒目を奪われ、少しだけ頬を赤く染めながら戸惑うように視線を逸らす。
ジェイクの動揺を精霊二体は見逃さない。フェリックスはニヤニヤと笑みを浮かべ、ミアはふたりを引き離すべくローズの髪の毛を引っ張り始める。
ローズだけはジェイクの動揺に全く気付かず、そしてミアに髪を引っ張られても気にする様子も微塵もなく、いつもの調子で問いかける。
「ジェイク様は執務室に缶詰だったのでは?」
「え? ……あぁ。大方片付けたから、新しく割り振られる前に、知らん顔して逃げてきた……で、ローズはいったい何をしていたんだ?」
ジェイクはぼやきつつも、自分が乗ってきた白馬を厩舎に連れて行くように御者に指示を出した後、改めて魔法石ランプを見回す。そこでローズはハッとし、「勝手に屋敷のものを使ってしまってごめんなさい」と謝罪してから、屋敷の周りに結界を張り巡らせたいという思いつきを説明し始める。
「面白いな。もう少し詳しく聞かせてくれ」
自分の話に興味を抱き、目を輝かせたジェイクに、ローズは嬉しくなり、にっこりと笑顔の花を咲かせる。
「ええもちろん。ジェイク様の意見も聞きたいと思っておりましたの。菓子を食べながらお話ししましょう! ミアもどうぞ!」
ローズは少しふらつきながらも、ジェイクの腕から離れ、屋敷に向かって歩き出す。
ミアの攻撃を笑顔でやり過ごすローズの様子を、ジェイクは穏やかな面持ちで見つめていたが、側に寄ってきたフェリックスに気がつくと、表情に不機嫌さを滲ませる。
「お前にも手伝ってもらおうと思ったのに、さっさと姿を消しやがって」
「そりゃそうだよ。書類と格闘しているジェイクを眺めるより、ローズと一緒にいた方が断然面白いし、それでいて、くつろげるっていうか」
「確かにそうだな。彼女といると、不思議と心が安らぐ……俺、生活の拠点をしばらくこちらに移そうかな」
思いを口にした直後、フェリックスに意味ありげにニヤリと笑いかけられ、ジェイクは再び、顔を赤らめる。
「なっ、なんだよ、その顔は。別に深い意味はないからな!」
ジェイクの喚きに、屋敷の玄関付近まで行っていたローズがミアやアーサと共に振り返る。「ジェイク様、どうかされましたか?」
「なんでもない。気にしないでくれ!」
気恥ずかしさを誤魔化すように声を大にして返事をしてから、ジェイクは「ここは俺の家だぞ。家主が寝泊まりして何か問題でも?」とボソボソ文句を言いつつ、自分を茶化すようにまとわりついてくるフェリックスを押しやりながら歩き出した。




