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婚約者様と新たな門出5


「精霊を仕向けたのは君か。私の姪といったいどこで知り合ったのかは知らないが……随分無礼な男だな。まずは手を離せ」


 自分の手首を掴んでいるジェイクの手をじろりと睨みつけつつ、エドガルドは高圧的に要求の言葉を並べる。

 そこで「ジェイク様」と呼びかけながら、この前、ローズが別れ際に顔を合わせた四十代の執事の男、イヴァンテが、息を切らした様子で駆け寄ってきた。しかし、ジェイクに「来るな」と眼差しで指示され、五歩分ほどの距離を開けて足を止める。

 ジェイクはエドガルドへと視線を戻すと、軽く鼻で笑って言い返した。


「あなたがローズから手を離すのが先だ。彼女がひどく嫌がっている」


 そのまま掴んでいた手に力を入れると、痛みでローズから離れたエドガルドの手をひねり上げるようにして、軽く突き飛ばす。


「貴様、何をする!」

「確認する。彼女を聖女宮へ? それも聖女見習いとしてではなく、付き人として?」

「あぁ、その通りだ。だからどうした」


 ジェイクは淡々と質問を重ねたのち、痛そうに手首を擦りながらさらりと言ってのけたエドガルドに対し、鋭く睨みつける。


「それは彼女も納得の上か?」

「……お、お前には関係ないだろう! これは私たち家族の問題だ。行くぞ、ローズ!」


 エドガルドは完全に怯んでしまったようで、はやくこの場を離れたそうに声を荒げてローズに呼びかけた。

 しかし、これで見逃すほどジェイクは甘くない。エドガルドに奪い取られるのを阻止するように、恭しくもしっかりとローズの手を掴み取った。


「質問の相手を変える。君は納得の上か?」

「わたくしは……嫌です。行きたくありません」


 エドガルドを気にしながらも、ローズは自分の気持ちをはっきりと言葉にした。

 苛立ちや、自分の思い通りにいかない歯痒さを込めて、エドガルドが「ローズ!」と怒鳴りつける。びくりと恐怖で体をこわばらせたローズを安心させるかのように、ジェイクは掴んだ手に軽く力を込め、わずかに微笑みかける。


「なら、シェリンガムに来ないか? なんなら俺の婚約者候補として、手厚く君を迎えたっていい」 

「ジェイク様の婚約者候補、ですか?」

「あぁ、そういう名目でなら、俺も君に目を掛けられるから身の安全も保証できるし、衣食住に関してだってなんの心配もいらない。その身ひとつで来てもらって構わない」


 突然のお誘いにローズは驚き、少しばかり目を見開く。

 お金を持っていない自分にとって、身ひとつで良いというのは好条件でしかないが、逆にそんな自分がジェイクのような素敵な男性の婚約者候補となってしまって良いのだろうかと、不安が生まれる。

 しかし、こちらを見ているイヴァンテは、とても目をキラキラさせていて、喜ばしいことだと感じているのが伝わってきた。

 どうしましょうと戸惑いが生まれるも、勇気のなさがそうさせるだけであり、ローズの気持ちは、「シェリンガムに行ってみたい」と強く傾いている。

 自分を見つめるジェイクの瞳はとても真っ直ぐで、繋がった手は力強くてとても温かい。

 この手を離せば、未来を変えるチャンスを失うことになる。

 それだけは嫌。わたくしは、自分のための人生を歩んでいきたい。

 ローズは改めて自分の気持ちと向かい合い、ジェイクの手を握り返した。


「そのお話、お受けいたします! あなた様の婚約者候補として、わたくしをシェリンガムへ連れて行ってくださいまし!」

「勝手なことを言うな! 私の娘はな、いずれハシントン王子の花嫁になるんだ。そんな娘の従姉妹に当たるローズを、どこの馬の骨とも分からぬヤツの嫁になどやれるか!」


 ローズが力一杯返事をすると、間髪入れずエドガルドが口を挟んだが、そこに「待て」を命じられていたはずのイヴァンテが音もなく歩み寄ってくる。

 イヴァンテは、ローズが先ほど目にしたキラキラとした表情とは一変し、相手を萎縮させるほどの威厳に満ちた態度でエドガルドの前に立った。


「言葉を慎んでいただけますでしょうか」

「……なっ、なぜ俺が嗜められなくちゃならん。姪を言葉巧みに惑わすあいつをどうにかしろ!」


 聖女宮の門番たちも騒ぎに気付いたらしく、ヒソヒソと話し合った後、そのうちのひとりが、どこかに報告をしにいくかのように場を離れた。

 聖女宮の長でもあるエドガルドはこれ以上騒ぎを大きくしてはならないと判断したらしく、気持ちを切り替えるように、襟元やジャケットの裾を引っ張り、身なりを正した。


「どこの誰かは知らないが、まぁそれなりに身分のある子息だと拝見した。だがな、さっきも言ったが俺の娘は、一国の王子であらせられるハシントン様の正妃になるんだ。従姉妹のローズも高貴な身の上の男の元に嫁いでもらわねば体裁が悪い。……そうだな、私と同じく公爵の地位を賜った者のご子息だというのならローズの嫁ぎ先として考えてやってもいいが」


 最後に上から目線の意見を添えて、エドガルドはニヤリと笑ってみせたが、侍従は表情を少しも変えることなく、向き合い続ける。


「はっきり申し上げますが、あなたの許しなど必要ありません。なぜなら、ジェイク様が、このお嬢様をご所望なのですから」


 エドガルドは「ははは」と呆れ笑いを挟んで、小馬鹿にしたように言い放つ。


「おいおい、この男はいったいどこの誰だと言うんだ」

「はい。このお方は、シェリンガム国、第一王子のジェイク様であらせられます」


 イヴァンテの発した言葉で、エドガルドは動きを止め、ローズも唖然とした様子で瞬きを繰り返した。


「……なっ、なんだって。この男……この方が、シェリンガム国の……まさか、そんな」


 今さっきまでのジェイクに対する自分の礼を欠いた態度が脳裏に蘇ってきたらしく、エドガルドは顔色も言葉も完全に失い、固まっている。


「よって、こちらのお嬢様はシェリンガムへお連れすることとなりました。今後のことは、おいおいご連絡させていただきます」


 イヴァンテはエドガルドへお辞儀をし、そして機敏にジェイクへと体を向け、「ジェイク様」と厳かに声を掛けた。

 ジェイクはそれに黙って頷くと、ローズに目配せをして、手を繋ぎ直した。

 彼に連れられてローズも共に歩き出す。混乱した様子で項垂れ気味のエドガルドへと振り返ったのは一度だけ

 すぐにローズはエドガルドに背を向けて、真っ直ぐ前だけを向いて歩を進める。

 先へ先へと長く続いている通りの道が、新しい人生への幕開けのように思えて、ローズは胸を高鳴らせ、期待に満ちた笑みを浮かべた。





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