閑話2.指揮官の決断と、二ヶ所の基地の判断
タイトルを変更しました。
賀古市の自衛隊基地、第一会議室において狭間二等陸佐は有栖総合病院に派遣した明石二等陸尉から届けられたばかりの戦闘映像を再生しようとしていた。
多くの意見が欲しい、というメッセージがあった事もあり、狭間はゾンビ処分に慣れた五十七人を呼び集めたのである。集められた彼らは、非常に厄介なゾンビが出現した為、殺す方法を考えろと言われていた。
「狭間二佐、どう厄介なゾンビなのか教えてもらえませんか?」
「映像を見なくても、口頭説明を受ければ考えられると思いますけど」
「そうですよ。ゾンビは元人間。首から上を失えば、確実に死ぬんです。厄介なゾンビなどいるはずがない」
「明石二尉だって、ゾンビの殺し方など分かっているでしょうに。聞く必要なんかないでしょう。それとも二尉はゾンビを殺したことがなかったのか?」
「どうせ安全で暇になったから、時間を潰す為に映像を送ってきたのでは?」
「向こうの学生は銃を作れて、ゾンビを殺せるからって調子に乗っているんじゃないですか? そんで、自分たちが殺せないゾンビの映像を送ってきたとか」
集められた彼らは、口々にそんな事を言い出す。実に「楽勝だぜ」的な雰囲気だ。しかし、それは戦闘映像が再生されてから数分で口をポカーンと開けたままで固まった。
来栖野大学病院の近くで、コブラがHZと遭遇。機銃もミサイルの直撃さえも、ハンマーの腕で完全防御。しかも、全くダメージが与えられていない。普通の人間やゾンビならミサイルの段階で木っ端微塵だ。
HZがハンマーの腕を使って車をコブラに向かって殴り上げるシーンで、彼らはようやく思考を再開させた。映像の再生が終了した段階で、集められた五十七人全員が考えを改めていた。
「見てもらった通り、殺すのが非常に厄介なゾンビだ。お前たちは、余裕な様子だったな。安全確実に殺せる方法を考えてを聞かせてもらおうか」
狭間二佐にこう言われて、五十七人は映像を見る前の自分自身を怒鳴り飛ばしたくなった。
「どうした? さっさと安全確実な殺し方を聞かせろ」
特に狭間は「楽勝」的な雰囲気を漂わせていた隊員たちに、かなり鋭い視線を向けた。
「二佐、発言の許可を」
バカにするような雰囲気を漂わせていた隊員たちから視線を外し、狭間は最初から真剣な表情だった一人を見る。
「許可する」
「ありがとうございます。胴体、頭部への攻撃は大きくなった両腕で防御していることから、胴体と頭は普通のゾンビのままかと。
ですので、一方向か二方向からの同時攻撃によって防御できる場所を限定するべきです。単純に考えるなら前後左右からの一斉射が確実かと。
ですが、周囲に武器となる物がある場合は、それを殴り飛ばして攻撃してくる事が容易に予想できます。よって、戦闘前に車などを移動させるか、破壊しておくべきかと」
「同じような考えは、既に向こうでも出ているだろうな。他には?」
「発言許可を」
「許可する」
「ありがとうございます。コブラの機銃とミサイル、これに74式と10式戦車の砲撃を胴体へ命中させるのが最も確実だと思います」
「その方法は?」
「既に言われていますが、前後左右からの一斉射が確実だと考えます。ですが、実際に攻撃を行う場合には、広い場所である必要があります。
一体のゾンビに攻撃を集中となると、他のゾンビへの対応が甘くなり、それが命取りになります。なので、コブラによる攻撃で他のゾンビを一掃。
その後、74式と10式による挟撃で防御位置を限定しRPGを連発すればいいかと。頭を狙うのが一番でしょうが、知性というか理性があるように見えるので、胴体を狙うべきであると思います」
最初の二人が発言した内容は、ほぼ似たような物だ。ただし、HZを殺すには広い場所が必要だと考えた人間は少ないだろう。
WZとRZにゾンビ犬。さらにはSZやゾンビカラスに、背後や周囲から攻撃されたら、対応する必要性が出てくる。それによって、HZに攻撃を許してしまう可能性が否定しきれない。
これを考えたのは狭間以外にも、意外と人数はいたりする。その証明をするかのように、発言許可を求める手が連続して上がった。
「我々か、もしくは明石二尉に一任されている部隊のどちらかが、大学病院周辺の一般ゾンビを掃討するのが最優先だと思います」
「この厄介なゾンビが一体だけという保証はありません。ですので、他の市や区の各自衛隊基地や駐屯所に連絡を入れるべきかと」
「賛成です。方々の基地、駐屯所と連絡が取れたら動かせる限りの戦力を来栖野大学病院へ向けましょう」
「大学病院内には、WHOの超高度AIにアクセスできる部屋があるんでしたよね? もしもAIに抗ウイルス剤を作らせることが可能な機会が今だけだとしたら、全力で病院を守るのは絶対に必要です!」
「戦力を結集させた際、コブラが二十機を超えるなら、半数を病院周辺のゾンビ対応に。残りをあの厄介なゾンビを殺す為に使うのが最善かと!!」
「110mm個人携帯対戦車弾を集めて、オスプレイからぶっぱなすのも有効だと思います!!!」
「狭間二佐、自衛隊だけでなく生き残っているかもしれない警察の特殊部隊にも連絡を入れましょう。可能なら米軍にも協力要請するべきです!!」
狭間が発言許可しただけで、次々と意見というか考えが述べられた。彼はしばらく考慮した後に、日本各地の自衛隊基地と駐屯所、少なくても生き残りがいるかもしれない警察のSATとSIT、そして米軍に協力要請を決めた。
まず最初に狭間が行ったのは、賀古基地の防衛に必要な人員と武装の確認。次に一騎たちへと届ける弾薬の確保。基地周辺のゾンビをある程度まで排除した後、火炎瓶の材料を揃えて作製。それと一騎たちが大学病院に向かう日と時間の確認。
人員移送の為のトラックやハイエースを集め、戦車、オスプレイ、コブラの燃料確保。さらには、もしも呼び掛けに応えるように、空自や米軍所有の戦闘機が合流した場合も考慮。
飛行に必要な彼らの燃料までをもかき集め、少しでも一騎たちが安全確実に来栖野大学病院へと突入する事が可能なように準備を整えていく。
準備が全て整ったを確認し、狭間はネット回線を使った、各放送局へのハッキング。テレビやラジオだけでなく、各地にある防災無線を利用した呼び掛けを実行。これは一騎たちの耳にも情報として届き、彼らが決戦と表現した戦闘で強力な助っ人を呼ぶことになる。
狭間が一基地の指揮官として下した決断は、歴史的にも語られる英断となるのだった。
◇自衛隊調布基地◇
スマフォのネットで生存者がアップする情報を集めていた一人で集めていた佐々木軍曹は、賀古市の狭間が動画サイトに上げた映像を見た。また、一騎たちに同行している医師を無事に送り届ける事ができたなら、抗ウイルス剤が作られるだろうというメッセージも。
動画サイトの映像にはHZの姿が映っており、調布基地の周辺でも何度か目撃されたゾンビである。その事に気付いた隊員は、基地の指揮官である速水一等陸佐の元へと走った。スマフォを握りしめたまま。
すれ違う他の隊員や、保護している一般人などは何事だろうと視線を向けるも無視。指揮官室と書かれた扉の前に到着すると、呼吸と身だしなみを整える。
「佐々木軍曹であります。速水一佐、いらっしゃいますでしょうか」
「入室を許可する」
「失礼いたします!」
机に座り忙しそうに書類に目を通していた速水一佐は、佐々木軍曹が自分の前に来た段階で視線を上げた。
「どうした?」
「説明よりも見ていただいた方が早いです。こちらをご覧ください」
佐々木軍曹は握りしめていたスマフォの画面を速水一佐に向ける。
「何だ? ん? 映像か」
「はい。これは賀古市の狭間二佐の部下が遭遇した、非常に厄介なゾンビとの戦闘映像です」
再生された映像が終わるまでの間、速水は目を見開いた状態で行動を止めていた。再生終了後、狭間が映像を見た仲間や警察などに協力を要請。特にHZを殺すには戦力不足であるので、動けそうなら助力して欲しいという内容。
普通のゾンビとHZを殺し、大学病院内に入れれば抗ウイルス剤が開発される可能性があると明かされた。
「このゾンビ、HZと言ったか。基地周辺で目撃されたのと同じだな」
「はい。恐らくは国内外を問わず、少数ながらも存在していると思われます。この際、厄介なゾンビのことを無視するとしても、作戦が成功すれば抗ウイルス剤が開発されるかもしれません」
佐々木は言外に、作戦に参加するべきだと主張。もしもHZが本気で暴れたりしたら、どこに逃げ隠れしても無意味だ。いつかは必ず死ぬことになる。
それがHZによって殺されるか、他のゾンビに噛まれてなのか。もしくは栄養失調か餓死の可能性もある。
「……彼らだけでは無理だろうな」
しばらく無言だった速水一佐は、スマフォの向きを佐々木へと戻しながら呟いた。
「速水一佐、私は協力するべきだと思います。抗ウイルス剤が入手できれば、ゾンビに噛まれることに対して、怯える必要がなくなります。
また、協力することで少しでも人員と武器弾薬が集まれば生存率は上がるはずかと」
「確かにな。調布にはコブラなどないが、オスプレイなら六機ある。人員と武器弾薬を集めて、作戦に参加するとしよう。作戦決行日、少しでも成功率を上げるぞ」
「了解です!」
「基地内に放送しろ。我々には希望があると」
「はっ!!」
◇自衛隊三鷹基地◇
夕方頃の自衛隊三鷹基地。普段は基地を囲んでいる壁の状態点検と、夜間のゾンビ警戒で忙しくなり始める時間帯。しかし、この日は違った。
三鷹基地の最高司令官である前園が、ただの金属の箱となったテレビの電源を入れたことが原因である。どの放送局も何も映し出すことがなかったはずだったが、今日は放送があったのだ。
その放送内容は、来栖野市に殺すのが難しいゾンビが出現したことを伝えるもの。また、来栖野大学病院に医師を一人、無事に送り届けられれば抗ウイルス剤を手にすることが可能かもしれない、という内容。
テレビ放送で流されていたゾンビは、両腕が大きくなりハンマーのようになっていたHZという変異体。足も大きくなっていて、力もかなりあるという。
しかも、正面からコブラの機銃とミサイルの直撃を両腕で受け止め、全く傷一つなかった化け物。普通なら遭遇した場合に、どう生還するかを考えさせるようなゾンビ。
しかし、テレビ局をハッキングした賀古市の狭間二佐は、胴体部分なら攻撃が通じるだろという見解だ。HZさえ倒せれば、後は普通のゾンビとゾンビ犬が残る。
これらを掃討して、大学病院内に一人の医師を送り届けるには、HZを殺す必要がある。しかし、現状では戦力不足で倒せないと判断して、協力を要請するというメッセージもあった。
作戦が行われる日時が指定されていて、これを見た前園一等陸佐は協力要請を受けることを全隊員に通達。そこから大急ぎで、武器弾薬にコブラ、オスプレイと戦車の手配が始まったのだ。
山田は戦車の整備と弾薬、燃料の確保が終わったことを告げるべく書類を持って司令官室へと移動していた。
「前園一佐、山田であります」
「入れ」
「失礼いたします」
山田が入室すると、ホワイトボードに大きな地図を広げていた前園一佐が振り返る。
「準備は整ったか?」
「戦車隊は完了しました。整備できる人間を総動員し、弾薬と燃料の確保を一気に行ったので、明日の朝か昼間では疲労が残っているでしょうが」
「構わない。夕方までゆっくりと休ませたら、午後七時には戦車隊に来栖野大学病院へと向かってもらう」
「了解しました。しかし、午後七時に出発ですか」
「不満はあるだろうが、仕方がない。今までは片道三時間半で通れた場所が、事故車やゾンビで塞がれているからな」
前園は基地で所有していたドローンと、周辺偵察隊を動員して地上と上空からの道路状況の確認作業を行ったのだ。今はその際に得られた情報から、通れそうな場所にチェックをしている最中。
「前園一佐、狭間二佐の協力要請ですが、一体どれだけの人間が見たと思いますか?」
「だが確実に言えるのは、常に状況を把握しようと情報収集を続けていた人間は行動を起こすだろう」
「抗ウイルス剤、ですか」
「そうだ。完成した物を欲するのは簡単だ。だが、それでは後回しにされるだけだ」
「協力せずに抗ウイルス剤が作られたら、それを受け取りに行く。確かにクズのやる事ですね。どうしても距離がありすぎて、間に合わないのは例外でしょうけども」
「三鷹との距離を考えれば、仕事をしていないのに報酬を受け取ろうとしているようなものだからな」
「狭間二佐にそう判断されても、無理ないですね」
「全くだ。山田、戦車隊はもう休ませておけ」
「了解しました」
山田は書類を机の上に置いて敬礼し、足早に司令官室を出ていく。前園はホワイトボードへの書き込みを中断し、山田が置いていった書類を手に取る。
「74式戦車十二台、10式戦車十四台、ブッシュマスター八台。都心でもないのに、これほどの戦車と装甲車があるのは、普通なら異常でしかない。
しかし、今回に限って考えれば幸運だな。周囲のゾンビはほとんど殲滅済み。全て送り出しても、基地にいる半分の隊員数で、突然の襲来にも防衛可能だといいんだがな」
前園は送り出す部隊以外の人数を確認して、突然のゾンビ大量襲来にも対応できるように配置を考え出すことにした。
誤字脱字指摘、ありがとうございます。
本編の前にもう1話だけ閑話を入れる予定です。
閑話そのものは短めになります。
いつもの半分量まで書くかどうか、悩んでいます。




