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死域からの生還者  作者: 七夕 アキラ
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39.生徒会長と感染者の処遇


 明石が手配した簡易除染室と、隔離コンテナが到着してから二時間後。五人は徹底した全身洗浄を受けて、噛み傷や食べられた後がないかが確かめられた。

 また、この際に血液検査を含めた、一通りの健康診断も実施され、かなりの栄養失調状態にあることが判明。二人だけ噛まれたばかりの噛み傷があるが、残り三名は問題なし。

 これが確認された後、一騎たちは隔離コンテナを訪れている。どうやって今まで生き延びてきたのか。それを聞き取る必要があったからだ。


 それと五人の身元も判明した。所持していた生徒手帳によって、誰なのかが分かったのである。四人に関しては一騎も澪も、三笠も知らない人物。同じ高校なのに、だ。

 ただし、五人目に関しては一応は知っていた。面識そのものはないが、高校三年生であり、去年の秋頃に生徒会長に就任した少年だから。


「高山生徒会長、調子はどうだ?」

「良くはないね。まともな食事なんて、ほとんど食べていなかったから」

「大変だったな。まぁ、生存者のほぼ全員に共通することだろうけど」

「そう思うよ」


 隔離コンテナの中、一騎たちは点滴による栄養補給を受けている高山を囲むようにしてイスに座っている。一騎と高山は苦笑を浮かべながらも、和やかな雰囲気だ。


「疲れてるとは思うけど、早速で悪いんだが聞かせてほしいことがある」

「なんだろう?」

「当時の状況についてだ。今までどうやって生き延びてきたのか。水と食料をどう確保したのか、ゾンビから逃げてきた方法。それを聞かせてほしい」


 一騎は世間話をするかのように、高山に聞かせてほしいと言った。


「分かった。俺たちが話したら、君たちがどうやって生き延びてきたのか。それを聞かせてほしい」

「もちろん」


 高山は「やっぱりか」的な表情を浮かべていたが、自分だって同じことを聞きたい。だからだろう。話すことに関して、交換条件みたいに言ったのは。


「最初に異変を感じたところから、でいいかな?」

「とりあえずは」

「分かった。来栖野駅発の学校行きのバスに乗っていた時は、特に問題も異変もなかった。だけど、最初の停留所である大手食品メーカー、大牧食品のレトルト工場に近付き始めた頃から、いつもとは違うことが起き始めたんだ」

「いつもと違うこと?」


 明石が具体的に話すように促すと、高山は普段と違うと判断したことを明かす。


「かなりの数の犬に、野良猫や飼い猫の違いも関係なく大牧工場の方を向いていた。犬は警戒するように唸ったかと思うと、まるで「来るな」とばかりに吠え始めたんだ。

 猫たちは毛を逆立てて、フーフーと怒ったような反応。まるで、大切な物や食事を横取りされたみたいに」

「それで?」

「停留所まで、もう数分という距離で工場の方から車やバイクが次々と出てきた。自転車に乗ったサラリーマンとかも、慌てた様子で」


 この段階で話を聞いていた一騎たちは、ゾンビ化した元人間が工場内に多少いたんだろうと気付く。しかし、それを口にすることはない。あくまでも高山に当時の状況を話してもらう方を選んだようだ。


「車やバイクに乗っていた人達の中には、手首や腕に歯形があって、そこから出血している人の姿も。それと、噛まれた人達限定で顔色が悪かったり、急に咳き込んで吐血したりしていた」

「その時、高山会長は?」

「最初はドッキリの撮影でもあったのかと思ったよ。犬や猫が騒いでいたのも、人間には聞こえない特殊な音で苛立たせていたんじゃないか。

 最初はそういうにね。しかし、ドッキリにしては度が過ぎているとも思った。停留所に到着してドアが開かれた直後のことだったよ。本格的な異変に気付いたのは」

「本格的な」

「異変?」


 一騎と澪の呟きに高山は重々しく頷く。


「工場の方から悲鳴や怒鳴り声が聞こえて、さらに異様に臭かったんだ。火事とか、有害物質による影響とかも考えたけど、とにかく臭いが酷かった。

 俺を含めた乗客が驚いていると、全身のあちこちから血を流した学生やサラリーマン、主婦がどこからか集まってきたよ」

「血が出ている場所はどうなっていた?」

「かなり強く噛まれたみたいに、歯形があったり、食い千切られたような後があった。まるで、食べられたかのようにね」

「それだけか?」

「いいや。顔色が悪く、口から血や黒い液体を垂れ流しにしていたな」

「武藤くん、葉加瀬くん。ちょっといいか?」


 ここまで話を聞いた段階で、明石は一騎と創太から聞きたいことがあった。少しだけ離れた場所に移動し、小声での会話が始まる。


「上戸森と有栖が、同じ時間の時にどうなっていたか。それを聞きたいんですよね?」

「あぁ」

「七時半頃はまだ家にいました。外の様子も、この時には異常はなしです」

「僕もなのだよ」

「そうか。賀古市の方でも、この時間では目立った事件は報道されていなかった。いつもよりパトカーと救急車の数が少し多く、サイレンがうるさい。その程度のレベルだったんだが」

「来栖野は東京郊外の中では、かなり広い市です。もしかしたら、実験体にされた人々の数も多く、ゾンビ化の時間も調整されていたのかもしれませんね」

「僕もそう思うのだよ。明石、聞きたいことは?」

「十分だ」


 一騎たちは短時間で会話を済ませると、高山の元へと戻った。途中で話を中断させたことを謝罪して、彼に話の続きをと促す。


「口から血や黒い液体を垂れ流しにした状態の学生とかが、身体を左右に揺らしながらバスに近付いてきた。そして――――」


 高山は言った。いきなりドア付近にいた乗客に次々と噛み付き始めたのだと。そして、ブチブチと音を立てながら食い千切り、咀嚼して飲み込み始めたと。


「運転席側のドアも開いていたか?」

「いいえ。その後、最初に噛まれた人達が車外に引っ張り出された。最初こそ悲鳴とか絶叫があったけど、それも数分しないで静かに。この頃には人の山が出来ていて、地面は血で真っ赤に染まっている状況。

 この時になって、運転手が大慌てでドアを閉めた。すぐにバスは出発して、次の停留所に向かったよ。ただ、その途中で車内に残っていた、噛まれた人間三人が急に倒れて苦しみ出し、血を吐いて動かなくなった」


 しばらくバスは走り続け、高校に到着した時に次の現象が起こったと高山は言葉を続ける。具体的には、動かなくなった三人が唸り声を上げながら、周囲の人間に襲い掛かったそうだ。

 そこからのことは、高山も覚えていないと。自分の身を守ることにのみ集中して、校内に駆け込んだ。職員室に飛び込み、バス車内であったことを話し、警察に連絡を入れようと考えていたらしい。

 だが、職員室の中でもバス内と同じ光景が待っていたと彼は語る。時間が経つに連れて、ゾンビが集まり出し、朝練中だった運動部が襲われた。


 無事だった生徒たちと一緒に、三階の調理室に避難。警察に通報を入れるも、電話回線が飽和状態になっていて繋がらなかったと話す。

 高山は一緒に逃げ込んだ学生たちと協力し、授業の時に使う家電などが入ったロッカーを動かして扉を塞ぎ、生存者もゾンビも入れないようにして、数日を過ごしたと。

 この時はまだ電力供給があり、避難した生徒の中には調理部で鍵を持っていた女子生徒もいたそうだ。彼女が持っていた鍵は、調理室と調理準備室を繋ぐドアも開けられたという。


 食事なんかは日持ちしないものから順に彼女によって調理され、全員が飢えずに済んだとのこと。一騎が避難していた学生の人数を聞くと、高山は十二人だと即答。

 ちなみに調理準備室にはトイレもあり、ゾンビが彷徨(うろつ)く危険な廊下に出ずに済んだそうだ。一騎たちが車で脱出した時、ちょうど調理室前は開けてくれと頼む生存者の学生とそれを襲うゾンビで溢れていたとのこと。


「いつから下水に?」

「冷蔵庫の食材が底を尽き始めてから。ゾンビ発生から五日が過ぎた頃だ。カーテンをロープ代わりにして、校庭へと降りた。その後、物音を立てないように注意しながら、付近の民家に入り食料と水を確保していった。

 ただ、その途中に走るゾンビが現れて俺たちは二人ずつになって逃げた。その途中、下水工事中でマンホールが開いてた場所を発見。

 ゾンビから逃げ延びて生き残るために、下水での生活が始まった」

「水と食料は?」

「水はペットボトルで、食料は駄菓子が多かったよ。日中は地上に出て水と食料の確保。夕方くらいからは、下水に戻ってゾンビから逃げる生活。これを今まで繰り返してきたんだ」


 高山の話を聞き、最も重要なことを明石が聞いた。


「ゾンビはいつから下水に?」

「一週間ほど前です。何体かのゾンビが出入り口として使っていたマンホールに落ちてきて、それから数が急激に増え始めました」

「他に下水に逃げ込んだ学生は?」

「分かりません。水と食料確保に動いたのは、八人だったんです。下水生活六日目に地上に出て水と食料を集めていた時に、偶然にも三人を発見して現在に至る。という状況です」


 合流した三人はそれぞれ、一緒に逃げていた相手と途中ではぐれてしまったらしい。そして、どうしようかと行動している時に偶然に再会し、さらに高山とも合流できたとのことだった。

 ちなみに、学校に残った四人は高山たちが校庭に降りたと同時に、調理室のドアが破壊されて悲鳴と絶叫を上げていたそうだ。今も人間である可能性はほぼゼロだろう。





 噛まれたことで感染しているだろう学生二人。その二人だけは今も隔離コンテナの中にいる。高山たち、未感染の三人は既に入院棟に移動済みだ。

 急遽、コンテナ内に設置された強化ガラス越しに一人の少年と、一人の少女を見ながら明石がため息を()くような感じでボソッと呟いた。


「噛まれてから、およそ一時間半か」

「既に手遅れの可能性もありますけど、抗生剤が効いてくれればいいですよね」


 明石の呟きに一騎が答えた。今、一騎たちは強化ガラス越しに二人の感染者の状態を観察している。抗生剤の点滴を行い、少しでもゾンビ化を遅らせたり、あるいはゾンビにならない可能性を期待して。


「同意」

「高山会長たちに、彼らがゾンビになったので殺しました、とは言い(にく)いのだよ」

「今まで噛まれずに過ごしてきて、他の生存者にやっと会えたタイミングだもんな」

「明石さん、血液検査の結果は?」

「本来、人体に存在しないウイルスが検出された。抗生剤を投与する前の段階で、あまり数は多くなかったが、今はどうなっていることやら」


 一騎たちの考えは話し合わなくても、ほぼ同じ内容だ。もしも二人ともゾンビ化したら射殺。ゾンビ化しなかったなら、その理由を調べるために採血。

 もしも抗体が出来ていたなら、その抗体が他の人間にも使えるかテスト。いきなり人体に入れるのは危険だから、最初は採取した血液での実験になるだろう。


「あっ」

「ん?」

「澪、どうした?」

「あれ」


 澪の声と、彼女が指差す方向を見て一騎たちは驚いた。少年の方は顔を青くして苦しそうに呼吸しているが、少女の方は全く平気そうだ。

 少年は左手を噛まれ、少女は梯子を上がろうとした時に足首を軽く噛まれたと言っていた。少年の方が早く噛まれているが、少女が噛まれるまでの時間差は一分もないと二人は話したのだ。

 となれば、少女には抗生剤が有効に作用していることになる。一騎たちは天井を見上げて、少年の現在の心電図や呼吸数、脈拍に体内酸素濃度が表示されているモニターを確認していく。


「心拍数が上がってきてる」

「確かに。ただ、それ以外は特に大きな変動はないな」

「ウイルス侵食の影響?」


 一騎、明石、澪が首を傾げながら、なにが原因なのかと考えようとした。


「今は二人の状態を確認するよりも、先に決めるべきことがあるのだよ」

「そうね。モニターを見るだけなら、後からでも問題ないんじゃないかしら?」

「そうそう。今はあの二人の処遇をどうするかでしょ」


 そこに創太と梓、三笠の声が割って入る。彼らは最初に決めるべきことから、思考が逸れすぎていた。それを三人の声が当初の方針決定へと考えを戻させる。


「そうだった」

「失念してた」

「効果があるのか、そればかりに気を取られていたか」


 一騎、澪、明石は反省すると、視線を残りの面々の方へと向けた。


「オレの意見としては、このまま経過観察。ゾンビ化したら、即射殺かな」

「わたしも一騎くんと同じ」

「僕もなのだよ。特に少女の方は生かしておきたい。ゾンビ化しなければ、抗体を取り出すことも可能なはずだと思うのだよ」

「私は反対ね。RZやSZみたいな突然変異のゾンビになったりしたら、全員無事で済むとは考えられないから」

「梓さんの意見に賛成。今は大丈夫そうに見えても、急にゾンビになって襲ってくる可能性もある。早々に殺すべきだと思うんだけど」


 一騎、澪、創太は生かす方向。梓と三笠は万が一を考えて早めに殺すことを提案。ここで梓がまだ自分の考えを述べていない警官組に話を振る。


「中村さん、鳥越さんたちは?」

「俺は武藤くんに悪いが、あの二人をすぐにでも殺す方に賛成だな」

「班長、俺は反対です。片方がゾンビ化して、もう一人が無事だったら坑ウイルス剤が作れるようになる可能性を期待します」

「俺もです」

「俺は中村班長や梓さんたちに賛成だ。急に突然変異が起きて、襲われる危険性を考量するべきだと思う」


 中村は自分の意見に賛同した同僚に「そうだよな」とばかりに何度も頷く。そして視線をまだ考えを言っていない鳥越班

へ向けて、「そっちはどうだ?」とばかりに促した。


「鳥越たちは?」


 中村に促された鳥越は、班員たちに自分の意見を述べるよう指示。


「梓さんたちに賛成だ」

「俺もかな」

「班長、自分は処分に反対です」

「鳥越、俺は武藤くんの考えに賛成だ。お前は?」

「条件付きで、武藤くんに賛成だな」

「「「条件?」」」


 鳥越の言葉に一騎、中村、盛岡が聞き返す。


「どんな条件ですか?」

「ずっと監視でもするのか?」

「手足を拘束して、動けないようにとかか?」

「中村と盛岡の考えは単純すぎるな。本格的なゾンビ化が始まった時点で射殺する。これが条件だ」


 鳥越の言葉が聞こえた訳ではないだろうが、顔を青くしている少年がビクゥっと震えた。恐る恐るといった感じで視線を警官組に向ける。


「明石二等陸尉、どうだろうか?」

「……。石田さん、あなたの考えは?」


 少年の視線にまるで気付いていない様子で、今までずっと沈黙していた石田へと明石が質問した。自分の考えはまだ述べないで。


「警官としての判断でなら、早々に殺すべきだ。しかし、個人的には生かしておきたい。抗生剤が効き、ゾンビ化しない場合も考えられる。

 今までは噛まれていたら、判明した時点で殺してきた。これはゾンビを増やさない為と、隔離して治療を試みる場所も人員もなかったからだ。

 しかし、今回に限って考えるなら有栖総合病院の医師たちの協力があり、隔離コンテナで管理可能ならば生かしておくべき。そう思う」


 石田の言葉に明石は少しだけ考える素振りを見せて、数分ほど席を外した。しばらくして戻ってきた時には、判断を決めた表情。


「我々、自衛隊の判断は武藤くんたちに賛成だ。本格的なゾンビ化が始まった、そう判断した場合は、そのタイミングで射殺する」

「明石さん、医師たちは?」

「手を尽くす。そう言ってくれた。医師としても、救える可能性があるなら救いたいと」

「わかりました。梓さん、三笠、それと反対意見の皆さんは?」

「危険だと判断したら、その時点で殺しましょう。被害を出さないための絶対条件よ」

「梓さんに同じく」

「カメラによる監視と、モニターを使った状態観察。これは譲れない」

「わかった。手配しよう」


 警官組と明石が二人に今後の説明を行い、同意を得た。その後、高山たちにも彼らは会いに行き、噛まれた二人をどう扱うかが話された。

 最初は高山たち三人は、二人を実験台扱いにするのかと怒った。怒ったのだが、一騎の父親が撮影した映像を見た事と「ゾンビ化しない可能性もある」という言葉を受けて同意。

 明石は自衛隊の同行があれば、一日に二回程度なら二人と強化ガラス越しに会うことを許可。絶対に自分たちだけで会おうとしないようにと、しつこく言い聞かせていた。


 この三十分後、少年の方は抗生剤が別の物に交換されて様子見となったが、少しだけ体調が落ち着いたようにも。この時点で採血が行われ、事前に小野が提供していたウイルス情報と照合。

 二人ともウイルスの数が増えていたが、少女の方は抗生剤が効いているらしく、ウイルスの増殖はかなり緩やかなのが判明した。

誤字脱字報告、ありがとうございます。

次話はいつもの文章量の半分くらいになるかもしれません。

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