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死域からの生還者  作者: 七夕 アキラ
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26.下準備


 有栖デパートの確保と拠点化完了から三日後の朝。一騎たちはイーグルマンションの506号室にいる。今後の打ち合わせをするためだ。

 デパートの拠点化を無事に済ませた翌日から、昨日までの日数を使って少しずつ有栖総合病院へと向かうルート確認をして来た。

 それと可能な限り病院方向にいたゾンビ殺しと、セーフティーハウスの用意を彼らは進めた。有栖総合病院への自衛隊による物資運搬は、二日前に終了。

 

 このまま放置すると病院内に留まる患者や医師、看護師、避難民は餓死してしまいかねない。石田以外の警官たちは人道的な理由で救出を主張したのだ。

 一騎たち学生組と石田、そして小野は別の意味で病院内にいる医師と看護師を救出するつもりでいる。突発的な病気の発症や、手術が必要なほどの大きなケガがあった時に、治療することができる環境を押さえることに。

 創太のハッキングによると、発電機の燃料だけなら一日中使っても四日は発電量を維持するだけは残されていると。食料に関しては、普通の缶詰系やデパート内にあった長期保存食を少し放出すれば一週間くらい問題ないだろう。


「病院を本格的な拠点地として使う際における今後の電力確保に飲料と食料だ。 なにか案はないか?」

「食料に関しては、デパート周辺のコンビニ、スーパー、民家から集めるしかないだろうと思います」

「コンビニとスーパーなら、缶詰だけは豊富にあると思います。 誰も取りに行っていなければ、ですが」

「飲料はほとんどがミネラルウォーターだけしか回収できないと思います」

「定温管理されていない米に、虫が発生していることも懸念されます。 米を回収した際に注意が必要ですよ」

「菓子類の中でも、低温管理が必要じゃない物だけなら腐っていないかと」

「チップス系やせんべいなどですかね」

「後はアメやキャンディー系も運が良ければ問題ないはずです」

「冷凍食品や弁当、温度管理が必要な野菜と果物は全て腐っているでしょうしね」

「中心地域まで行けば、ソーラーパネルによる発電で温度管理している商業施設やスーパーもあるはずですよ」

「確かにそうよね」


 石田の問いに警官たちと一騎、創太、澪、梓以外の学生組が次々と答えていく。この四人は拠点として使うためのこと以前の問題を考えていた。

 しばらくすると、石田と中村班、鳥越班、北見班など一騎と創太と行動を共にしていた面々はなにも言葉を発しない彼らに疑問を抱くもの当然だ。


「武藤くんたち、なにかないか?」

「確保に向かう先としては賛成なのだよ。 ただし、向かう際の移動手段と確保した物を運ぶ方法も、ちゃんと考えておく必要があるのだよ」

「そんなの車で行けばいいじゃない」

「伊藤、そんな単純なことじゃないのだよ」

「どういうことよ?」

「動かせる車を全て使うのは構わないのだよ。 だが車がなにで動くかを忘れた訳じゃないのだろ?」

「ガソリンでしょ。 そんなのガソリンスタンドで補給すれば問題ないじゃない」

「電力がないと、あれらは使えないのだよ」

「……そうなの?」

「そうなのだよ」


 創太の発した言葉に、聞いていた警官たちと学生組は一瞬にして沈黙する。


「事故車から回収するにしても、作業中にゾンビが集まってくる危険性だってあるわよね」

「ワン!」

「安全策、必要」

「た、確かに。 武藤くんはどう思う?」


 ここまで無言だった一騎に三笠が話を振る。すると全員の視線が一騎へと集中した。


「オレはもっと根本的な問題を危惧してる」

「根本的な」

「問題?」


 三笠と諸星が不思議そうに首を傾げながら、一騎の言葉を復唱した。


「学校へ避難してきた大人たち、警察署から脱出する際の大人たち、ショッピングモールセンターの男たち」


 一騎の言葉を聞いた全員が、一斉にハッとした表情へと早変わりする。


「助けに向かうのはいい。 だけど、助けられた後で彼らの不満がオレたちに向いたら? 武器を提供させ、無防備な状態で飲料と食料の確保を命令する輩がいたら?

 こっちには若い女性陣がいる。 病院内にいる彼らのこの状況に対する不安と不満が、女性陣に襲い掛かったら? これこそ根本的な問題だろ」

「そ、それは……」

「こんな状況で助けられたなら、少なからず多かれ少なかれ、もっと早くに助けに来れたはずだと声が上がる。 オレたちが武器を持っているのを見たら、子供が持つべきじゃない。 大人の自分たちが正しく使うと言い出す場合も。

 武器を奪い、女性陣を人質にして危険なことばかりを押し付けてくる可能性は十分にある。 なによりオレたちが行動している間に澪たちが乱暴される可能性はかなり高い」

「……」

「確かに根本的な問題なのだよ」

「相手が友好的なら問題ないが」

「友好的に振る舞っていることも考慮する必要がある、か」

「えぇ。 病院を拠点の一つとするのは賛成ですが、そこにいる人々の反応と、それへの対応策も考慮しないと」

「難題だな」


 石田は頭が痛いと言わんばかりの表情だ。


「オレとしては助けた後に、向こうが一方的な要求をしてくるなら協力的な医師と看護師のみを連れてマンションへ戻るのが一番だと思います」

「大ケガや病気になったらどうするのだよ」

「可能ならそうなる前に、小野先生の勤務先病院に向かいたい。 友好関係を築いて、積極的な医療面でのサポートを受けられるようにするしかないな」

「まぁ、そこもダメだったらこちらで対応しよう」

「中村さん、対応とは?」

「生かしておくことによって、我々や他の人々にまで害が及ぶ危険性があると判断したら射殺する」


 中村の物騒発言に、学生組は「えー」っと思ったが警官たちは「()るか」と気合いに満ちた表情だ。


「ごほん。 武藤くん、根本的な問題が全く生じなかった場合、君ならどう行動する」


 学生組からなんとも言えない視線が向けられ、居心地が悪くなった彼ら。妙に悪くなりかけた空気を変えるべく盛岡が一騎へと話を振る。


「電力確保ですね。 病院にたどり着くまでにソーラーパネルを使ってる商業施設に入り、肝心のソーラーパネルと変圧器などを調達。

 病院周辺のゾンビを掃討したら、パネルを屋上や日当たりのいい場所に設置。 変圧器などを調整して、院内の電力を全面復旧」

「バリケードも」

「そうだな。 小野先生、有栖総合病院のパソコンからWHOの超高度AIにアクセスすることってできますか?」

「難しいと思う」

「残念です」

「ゾンビをどう片付けるかも、検討は必要だな」

「きれいな水の確保」

「浄水器を入手するか?」

「病院内にウォーターサーバーってないのかしら?」


 一騎と小野の会話に続くようにして、澪と梓も自分たちの考えを口にする。全員で有栖総合病院へ向かう前の下準備の役割分担を決めて、彼らは自分たちの仕事をするべく行動を開始した。ちなみに北見班はここにはいない。





 一騎、創太、澪、ジャーキーと中村班はイーグルマンションから車で二十分の距離にあるヤマダ電機に来ていた。一騎たちは浄水器担当で、ビックカメラ支店に在庫がないのを石田から知らされたのだ。

 それによって少し遠くなってしまうが、まだ残っているだろうと思われるヤマダ電機の支店を訪れた訳である。上戸森の支店は非常に大きい。

 六階建てで一階は音楽プレーヤー、カメラ、ガラケーやスマフォの充電器に、イヤホンにストラップやカバー、SDカードなどがところ狭しと並んでいる。


 二階はテレビとパソコンを売っていて、様々な値段とメーカーにUSBやマウス、様々なオフィスソフトにセキュリティーソフトまで充実。

 三階は掃除機、洗濯機、照明器具関係。四階は炊飯器や冷蔵庫。冷蔵庫の中に入れる消臭剤。そして五階が浄水器や電子レンジ、パン焼き器、扇風機が。六階は冷暖房器と加湿器だけ。

 シャッター外の案内板を見た彼らが、一瞬にして「階段で移動かぁ」と見事に揃った動作で項垂れる。


「ワフン?」


 一騎たちが項垂れているのを見て、ジャーキーは実に不思議そうに首を傾げた。


「行くか」

「うん」

「要注意なのだよ」

「ワン!」

「俺たちも行くぞ」


 彼らは一度ラルゴに戻ると、完全武装を済ませる。開店時間が早い場所のお陰か、シャッターは全て開放状態であり日差しも入って文句なく明るい。

 だが、あくまでもそれは日の当たる場所だけでしかない。一騎たちはハマダ電機で確保したLEDライトをアタッチメントに取り付け、スイッチオンにした状態で慎重な足取りで中へと入る。


「中村班、四方展開。 ゾンビは発見次第、即射殺」

「「「了解」」」


 中村の指示を受けて彼の班に所属する三人の警官は気合いが入った声で返答。一騎、創太、澪を守るように前後左右に一人ずつ展開した。

 床にはかなりの量の血が乾いた後があり、商品棚や窓ガラス、ショーケースには血の手形。しかし、腐敗臭は特にせず、人より優れた嗅覚を持つジャーキーが鼻を押さえる素振りもない。


「ゾンビ捜索開始」

「「「了解」」」


 中村は一騎たちの護衛に一人を残し、バックヤードへと向かっていく。売り場内に姿がなくても、バックヤードに潜んでいる危険性を考慮しているのだ。


「創太」

「どうしたのだよ」

「エレベーターかエスカレーター、どっちか動かせないか?」

「無理なのだよ。 発電機も太陽光発電もしていないのだから」


 あまりにもあっさりとした答えに、一騎がガックリと肩を落とす。彼がなにを思って聞いたのかを澪だけは正確に見抜いていた。


「運搬利用?」

「正解。 エレベーターかエスカレーターが動くなら、荷物を乗せて楽に往復できると期待してたんだけどな」

「無動エスカレーター、階段」

「それしかないか」

「クーン?」

「なんでもない」

「ワフーン」


 澪の発した無動エスカレーターは、一切動いていないエスカレーターを徒歩で上がるかしかないという意味。一騎はエスカレーターの幅を見ると、遠い目をしながら階段へ通じる扉へと視線を向ける。

 動かず、幅の狭いエスカレーターを上がった場合、ゾンビに遭遇したら逃げ出させるスペースがない。なので、階段で上へと上がるしかない状況だ。一騎がもう疲労が蓄積したように感じていると、ジャーキーが「大丈夫?」と言いたげに鳴く。

 彼がジャーキーの頭を撫でていると、バックヤードが開いて中村たちが戻ってくる。


「危険なし。 二階へ向かおう」

「エスカレーターは幅が狭くゾンビに遭遇したら危険なので、階段で行きましょう」

「エレベーターが動けば、体力の温存ができたのにな」

「同意」


 一騎の言葉に中村が頷き、さらに澪も同意した。階段へ通じる扉をグイっと開ける。


「キューン、キューン」


 開けた直後に強烈な腐敗臭。一騎たちはポケットの中からマスクを取り出して装着。ジャーキーはペタンと床に伏せると、両前足で鼻を覆っている。


「マスクしてても臭い」

「ゾンビってのは、どうしてこんなに臭いんだか」


 階段には窓がなく、かなり暗くて肌寒い。それでも、七本のLEDライトのお陰で階段を上がるだけなら問題はない。ただし、全てのライトが上を向くと足元が暗くて危険だが。


「ライトがないと、こりゃ足元も見えないな」

「明るさを少しでも確保するために、ここの扉はなんとしても開放しておきたいですね」

「問題ないのだよ」


 創太以外の面々が疑問に思いながらも、彼のライトが照らし出した物を見る。取っ手にフックが掛けられるようになっていれ、それを使うことで開放したままを維持することができるという物だ。


「上にむか――――」


 ――ドタドタドタ、バタン!!


 一騎たちが階段を上がろうとした直後、エスカレーターの方からなにかが落ちてくる音が。


「ィィィ」

「ァァァ」

「ゥゥゥ」


 落下音を合図にしたように、上階からゾンビの唸り声。小さく聞こえるのは、階段の踊り場じゃなくて、もう少し上の方にいるせいだろう。

 それでも放置すれば上階から、転がり落ちてくるのは避けられない。


「構え」

「澪、一緒に。 中村さん、見てきます」

「了解」


 一騎は澪を後ろに連れて、エスカレーターの方へと向かう。


「ゥィィゥアアア」


 二階エスカレーターから滑り落ちてきたらしいゾンビが、ゆっくりとした動作で身体を起こそうとしていた。一騎はそれを見ると、TARー21改のセーフティーを素早く解除して、狙いを頭部へ向けて発砲。


 ――バシュン!


「ゥア――――」


 頭を上げて唸り声を上げようとした瞬間、一騎の放った一発がその頭部にパチンコ玉の穴を開ける。最後まで唸ることもできずに、そのゾンビは死んだ。


「澪、中村さんたちにエスカレーターを上がりながらのゾンビ射殺を行うと伝えてきてくれ。 それと無線も併用して定期的にお互いの位置を教え合おうとも」

「ジャーキーは?」

「連れてきてくれ」

「任せて」


 澪は一騎の指示に頷いて、階段の方にいる創太たちの元へとパタパタと走っていく。


「一体だけなら撲殺した方が早かったな」


 今回は銃のみしか持ってきておらず、警棒は未携帯。もしも持っていたら、一発分の節約ができたのにと一騎は少しだけ残念そうだ。


「上階の方はどうなってるんだか」


 銃口をエスカレーター上に向けながら、彼は少しでも影が見えないかと角度を少しずつ変えながら様子見をする。エスカレーター周辺にいたのは、一体だけだが彼が知ることはない。


「お待たせ」

「ワン」


 一騎がエスカレーターを上がろうとした直後、澪とジャーキーが合流する。


「どうだって?」

「気を付けるように、って」

「だろうな」


 頷いた彼は澪とジャーキーを庇うようにして、停止中のエスカレーターを上がっていく。途中で無線機のイヤホンを耳に装着することで、無線からそのまま聞こえる声や音でゾンビが集まってこないようにと二人は気を付ける。


『創太なのだよ。 一階と二階を結ぶ踊り場でWZ四体処分したのだよ』

「了解。 こっちはエスカレーター半分まで上がった」


 完全にエスカレーターを上がりきると、一騎は二階の売り場全体を素早く見渡す。吐き気を催すほどに強くないが、意識して行動しないと鼻を摘まんでしまいそうな臭さ。


「ィィィイイ」

「ァァァアアア」

「ゥゥゥウウウ」

「ギィャァァァア」

「ウグゥゥァアア」

「ゴルォォォオオ」


 WZ六体がブラックアウト状態のテレビ画面とデスクトップの画面の端に見えた。東側の最新四Kテレビの一台画面に三体の姿が反射によって確認される。南側の最新パソコン売り場で身体を揺らしているのが一体。

 南西側のパソコン周辺機器売り場に二体。彼は澪にそれぞれの場所を教えると、分担して射殺することを決めた。一騎は四Kテレビの画面端に反射で見えた三体を。澪はパソコン側と周辺機器側。


「三、二、一」


 澪のカウントダウンがゼロになったのと同時に、一騎が先行してテレビ側へ。澪は一騎が射殺しに向かったのを見ると、彼女自身はまず周辺機器の方へと向かう。


 ――バシュン、バシュン、バシュン!

 ――トシュ、トシュシュ!

 ――バシュン!


 先に三体を射殺した一騎は澪の方へと振り返り、澪の存在にまだ気付いてないWZの頭に穴を穿つ。


 ――ドサドサ、ドサ

 ――バタバタ

 ――ズルズル、バタン


 二人が六体を射殺し、ゾンビが倒れた直後に階段の扉がギィっと音を立てて開き創太たちが到着する。


「ジャーキー、おいで」


 一騎はそれを見ると、エスカレーターでじっとしているジャーキーに声を掛けた。


「ワン」


 ジャーキーは一応の安全確保が済んだのと理解すると、エスカレーターをタタタタッと駆け上がってくる。


「階段はどうだった?」

「一階と二階を繋ぐ踊り場で四体。 二階扉前で二体を射殺したのだよ」

「そうか」

「三階は?」

「まだだよ。 とりあえずは、二階のバックヤードも調べて完全に大丈夫かを確認する」


 一騎の問いに創太が答え、澪の問いに中村が答える。


「ゥゥゥウウウ」

「ァァァアアア」

「キィィイイイ」


 四人の声は大して大きくない。それなのに、声を聞いたから出てきた的なWZたち。


「売り場の角部分にも潜んでたりしないよな?」

「それは知らないのだよ」

「確認、行こ」


 ――バシュン!

 ――トシュ!

 ――ガシュン!

 ――パシュ!

 ――パシュン!

 ――カシュン!


 バックヤードから出てきたWZたちを見ても、誰も焦る素振りもなく射殺していく。十三体射殺すると、もうゾンビは出てこなくなった。

 ただし、油断は禁物。一騎と中村班の二人が足早に、それでいて足音も物音も立てず歩いていき、売り場の角を次々と確認していく。

 創太は中村と残りの班員と一緒にバックヤードへ向かい、位置的に出れずにいるゾンビや、隠れている最中にゾンビになった人間がいないかを調べる。


「ジャーキー」

「ワウ?」

「暇だね」

「ワン」

「わたしたちも行く?」

「ワフワフン」


 澪の問いにジャーキーは首を左右に動かし、大人しく一騎たちが戻ってくるのを待機。五分もしないうちに集合し、続けて三階へ移動することに。

 今回も一騎と澪、ジャーキーが動かないエスカレーターを上がっていき、創太と中村班は階段を使って移動。


「うっ!」


 三階に到着した直後、澪があまりの腐敗臭にMP7A1改から両手を放して口と鼻を塞ぐ。


「マスクしてても、ここはかなり臭うな」

「キューン」


 ジャーキーはエスカレーターの中間部分で臭いを嗅ぎ取り、身体の向きを二階へと向けて臭いを嗅がない体勢に。


「澪、口呼吸しろ」

「うん」


 一騎はエスカレーターを完全に上がりきると、どうなっているのかを把握する。そこには、六十人前後の死体があった。どの死体も頭部を破壊されていたり、あるいは脳があったはずの場所までを食われている。

 折り重なるような死体もあれば、窓際まで逃げたのに食われた死体。子供も大人も、男女の性別関係なく死体になっていた。眼球が飛び出している死体や、骨、内臓が丸見えの死体も多い。


「うぐっ! ぐふぇ! げえぇ!」


 自分の手で生存者もゾンビも殺した経験のある一騎でさえも、これには吐き気を覚える。そしてゾンビのみの射殺経験しかない澪にとっては、この光景は強すぎた。


「澪、ゆっくり呼吸しろ」


 マスクを外した澪は、胃の中の物を全て出すように吐く。ジャーキーは、吐瀉物の臭いで鼻を覆うが逃げようとはしない。

 一騎は澪の背中を何度も優しく撫で、彼女がなにも吐かなくなるまで待った。


「落ち着いたか?」

「……うん」

「よし。 中間まで戻るぞ」


 五分近く吐き続けた澪は、一騎にそっと支えられて階段の中間まで戻る。


「吐いた時に汗として水分もかなり使ってる。 軽く口の中を濯いだら、一度吐き出すんだ。 その後に今度はゆっくりと飲むんだぞ」


 一騎たちは全員、500ミリリットルのポカリとミネラルウォーターを一本ずつ持っている。彼は澪にミネラルウォーターで口の中を綺麗にさせて、ポカリを飲むように指示。

 彼女が指示通りにしてポカリをゆっくりと飲むのを確認すると、無線連絡を行った。


『なるほど。 それは確かに女子にはキツいのだよ』

「だから、澪の護衛一人とオレと一緒に行動する人員一人を割いてほしい」


 一騎は澪が動けなくなったことを説明し、これ以上同行させるのは避けるべきと判断。その結果を踏まえ、五人で行動している創太たちから二人を自分たちに回すよう頼んだ。


『一騎、同行は僕がするのだよ』

『武藤くん、お嬢さんの護衛は班員一人を向かわせる』

「了解。 一応注意しておくが、三階は本当に酷い状態だからな」


 無線連絡終了後、十分前後で三階からエスカレーター下りてきた創太と中村班の一人と合流。


「澪、行ってくる」

「いや」

「え?」

「一緒に……いて」

「上の光景を見たから、不安になったり怖くなるのはわかる。 だけど、オレたちの目的は浄水器を確保することだ」

「わかってる。 それでも、一緒にいて」


 澪のわがままに一騎がどうしようかと迷っていると、創太が彼に残るように言った。自分たちが取りに行くからと。


「戦力的な面を考えれば、誰が残っても同じか」

「そうなのだよ。 一騎、澪と一緒にいるのだよ」

『武藤くん、五階がゾンビだらけで危険だと判断したら、応援を頼む。 それまでお嬢さんと一緒にいてあげてくれ』

「……わかりました。 ただし、決して無理はしないこと。 これは絶対条件です」

『了解』

「わかっているのだよ。 一騎、安心して任せるのだよ」


 彼は創太の言葉に頷き、澪と一緒にいることを決めた。創太たちはすぐに三階から四階へと上がっていく。

しばらく下準備が続きます。


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