10.二つの品
一騎たちが有本に入ってからそろそろ三十五分が経過する。シャッターが閉まっているが、それでもいつの間にか晴れたらしく、外からの日差しのお陰で内部は明るい。
彼らは今、一階から三階までを隅々で調べて四階へと移動している最中。敷地が広いから、かなり大きく作られていてゾンビがいないか警戒していたのだ。
シャッターが閉じている状態を考えれば、中には誰も入っていないだろうと思える。ただし、それはあくまで来客だけでしかない。
噛まれた従業員が鍵を持っていて、もしも有本内に逃げ込んでいたとしたら。そう考えると決して油断はできなかったのだ。三班の警官たちが二人先行し、残りの二人が殿を担当。幸いにもゾンビの腐敗臭はなし。
案内図にはカーテンコーナーは、四階の階段を上がって上戸森駅側に進んだ場所。階段を上がり、八人はカーテンコーナーへと向かう。創太、澪、梓は部屋のカーテンと同じサイズがあるかどうかを話している。
警官四人は途中にある窓から、外を見てゾンビがいないかを確認中。まさにこの時だった。
――カツン!
売り場までもう少しという距離で、ベッドコーナーの方向からなにかを蹴ったような音。ただし音は創太たちの話し声で辛うじて聞き取れる程度。それでも、これには一騎とジャーキーだけが反応した。
一騎は右手に持っていたリードを離すと、MP7A1改のセーフティーを解除してベッドコーナーへと向ける。今も腐敗臭はないが、誰もいない方向からなにかを蹴る音がするのはあり得ない。
「グルルル!」
ジャーキーが威嚇するかのように、唸り出す。
「どうし――」
ジャーキーの唸り声を聞いて、振り返った梓が「どうしたの?」と問おうとした。それを澪が手で口を塞いで遮る。創太に促された二人は、小走りで一騎とジャーキーの元へ。
窓から外を見ていた四人の警官も、それぞれセーフティーを解除して合流する。
「グルルルルルル!!」
ジャーキーの唸り声が少しだけ大きく、そして長くなる。一騎は音のした方向へと銃口を向けるだけだったが、慎重な足取りで進もうとした。
「ま、待ってください!」
見つかった瞬間に撃たれる。それを察したのか、ベッドコーナーの枕売り場から両手を上げて、そっと出てくる人影が一人分。
「撃たないでください」
窓を通して外から入ってくる日差しで、歩いてくる人影の姿がはっきりとわかるようになった。両手を上げて歩いているのは、有本の制服を着た一人の女性。
まだ二十代前半くらいで、寝不足気味なのか薄い隈がある。肌は病的なまでに色白であり、左足を引き摺るようにしていた。
「グルルルルルル!!!」
ジャーキーの唸りと、一騎、創太、四人の警官に銃口を向けられて恐怖のあまり震えながら敵意も害意もないことを示すべく、ゆっくりと目の前まで歩いてきた。
「どうして左足を引き摺っている」
「三日前、近くのコンビニからお弁当を持って帰ってくる途中、Y字路から飛び出してきたネコちゃんに驚いて転んじゃったの。
その時に左足を挫いてしまってね。たぶん捻挫だと思うんだけど、休憩室の洗面台の水で冷やしたりしたんだけど、まだまだ痛くて」
「ウウウ、グルルルルル!!!!」
捻挫しただけだと言っているが、それにしては見える地肌の全てが水死体のように青白い。普通に考えて、これはあり得ないことだ。
それに一騎の真横に並んでいるジャーキーが、さっきよりも威嚇の唸り声を強くする。
「ね、ねぇ。 そのワンちゃん、怖いから遠ざけてもらえない?」
「失礼ですけど、ゾンビに噛まれたことは?」
「え!? ど、どうして?」
梓の質問を受けて、女性はビクッと身体を震わせた。ゾンビを目撃して恐怖したとしては、少し過敏な反応。
「だ、大丈夫だけど?」
「ゾンビを見たことは?」
「あるわ」
「失礼ながら、堀美貴さん。 今までどうやって生き延びてきたのか教えていただけますか?」
一人がは銃口を下ろして、そっと一騎たちを庇うように立つ。残りの三人の警官は銃口を向けたまま、警戒しながら観察するような視線を向ける。
女性の名前、堀美貴だとわかったのは、彼女が着ている制服のネームプレートを見て、だ。一騎たちを庇うように立った警官が疑問を口にした。
「グルルルルルル!!!!!」
ジャーキーの威嚇の唸り声は、まだ継続状態。捻挫したくらいの相手を犬や猫がここまで威嚇し、警戒したりするだろうか。一騎はそう考えて瞬時に否定した。
「ゾンビでいいのかしら? あれが現れて数も増え出した頃、私は早めにここに来て開店業務を始めようとしました。実際に開店しようとした時、お店のシャッターを何度も叩く方がいたんです」
「それで?」
「私はここの窓を少しだけ開けて下を見ました。 そうしたら、同期で入社した男性社員が手首から血を流しながら叩いていたんです」
「ウウウウ、グルルルルル!!!」
「ひっ! 音に引き寄せられるにしてゾンビが集まってきて、その男性社員を食べてしまいました」
この説明を聞いて、一騎と創太が眉をピクリと動かす。
「それから?」
「血塗れになっていく同僚を見て、私は大急ぎで社員が使う入り口の鍵を掛けました。 あ、あの、どうして尋問を受けているんでしょうか?」
一騎と創太はどうして、男性社員は最初から従業員で入り口に向かわなかったのかが疑問だ。シャッターが開くのを待つよりも、開いているとわかっている場所に向かった方が早いだろうに。
「グルルルルルル!!!!」
今にもジャーキーが飛び掛かっていきそうな雰囲気に、警官たちが一騎と創太に視線を向ける。ジャーキーを少し離すべきではないかと。
だが、一騎はそんな視線を無視して非常に重要なことに気付いた。堀美貴の右手、小指から掌にかけての部分が大きめの絆創膏に覆われていたのだ。
「その絆創膏は?」
「こ、これ?」
「そう」
一騎の問いに女性はビクッと身体を震わせて、問い返す。澪もその反応に気付いて、警戒心を滲ませた視線を向けて肯定する。
「ゾンビが発生した日に、お弁当を作っていた時に包丁で切っちゃったのよ」
「包丁で切ったにしても。出血は既に止まってるはず」
「剥がして」
「だ、ダメよ!!」
「ウウウ、グルルルルル!! ワン、ワンワンワン!!」
ほんの少しだけヒステリック気味に堀美貴は声を上げた。それを聞いたジャーキーがついに吠えてしまう。
「澪、頼む」
「うん、よしよし」
このまま吠え続けるとゾンビを呼び寄せてしまう可能性があり、一騎は澪にジャーキーを連れて少し離れてもらうことにした。リードを手にして、澪が警官一人と後退。
「その絆創膏を剥がして、傷を見せてください」
梓が丁寧な口調で頼むが、堀美貴の反応はよろよろと後退していく。これを見て、一騎は断言した。ジャーキーは澪に宥められて、大人しくなった。
「噛まれたな。 コンビニへ弁当を取りに行った帰りに」
「!?」
断言されたことで、堀美貴は驚愕の表情を浮かべる。気付かれてしまったと、そう言いたげな感じ。
「噛まれたり、食べられたりしたらどうなるか、知っていますよね」
彼女は観念したように頷き、絆創膏を剥がしてその面を一騎たちの方へと向けた。小指の付け根から、手の甲の中央くらいにかけて歯形がくっきり。血も滲んでいる。
「体調異常は?」
「コンビニから戻ってきてから、しばらくして熱が続いたわ。休憩室の体温計で今日まで続けて38℃」
「武藤くん、どうする?」
「対処は――――」
「うっ、げふぉ、ごふぁお、おふぇ」
聞かれて一騎が答えようとした直後、堀美貴は盛大に吐血した。そして口から黒い液体を垂れ流し始める。ゾンビ化が始まったのは、誰の目にも明らかだ。
「感染拡大を防ぐには、対処法は一つだけです」
「そうなのだよ。 堀美貴、さようならなのだ」
――バシュン!
創太のXM8改から放たれたぱちんこ玉は、自分はゾンビにならないと言いたげだった彼女の眉間を貫通した。仲間に被害を出さないようにするには、素早く処分すること。それを彼が実践した形だ。
――バタン
グラッと身体が傾き、堀美貴の死体は床に倒れた。その血が床を赤く染めていく。
「さっさと遮光カーテンを回収して、マンションへ帰ろう」
一騎たちは堀美貴の死体のポケットを探り、胸ポケットから鍵を取り出した。そして、一騎たちと三班の二人で大きめの遮光カーテンを見つけ出し回収。その後、八人は窓から外を見てゾンビが来ていないかを確認。
落とさないようにカーテンを持って、彼らは一階へと降りて社員通用口の鍵を開けてラルゴとパトカーへ向かった。
□
八人は車で家具の有本を出発すると、東上戸森駅から南東に700メートルほど進んだ場所にある長友医院を訪れていた。どうして、医院に来ているのか。
その理由は至極単純だ。以前、ゾンビの血を回収して細かい検査を医師や専門機関にやってもらおうと言う話が出た。その時に澪が注射器の調達を言ったのだ。
決して忘れていた訳じゃないが、マンションから一キロ離れた場所じゃないと、個人医院がなかったのだ。大きな病院は上戸森市内にはなく、救急車で搬送されるとしたら有栖総合病院か、来栖野市の水瀬記念病院しかない。
どちらに向かうにしても、困ったことに大通りを通る必要がある。そして、その大通りのほぼ全てが、事故車によって通行止め状態。
裏路地などもあるが、車の通れる幅がない。バイク、自転車、歩行者専用になっていた。だから今回、遮光カーテンを入手する時に注射器の回収も行うことになっている。
一騎たちは、石田たちに注射器回収のことを話していない。もしも、あれもこれもと頼まれると滞在時間が長くなって、ゾンビに群がられてしまう危険性がある。だから、八人は黙っていた。
八人はなにかあったらすぐに脱出が可能なように、医院前に路上駐車して、膨大な血の手形で中を覗けない磨りガラスの扉を開けて中へ入る。
――キイイィィ
扉を開けた時に発生した軋む音。そこまで大きくはないが、周辺が静まり返っている状況では意外と響く。
「キューン、クーン、クーン!!!」
扉を開けた瞬間に広がる腐敗臭。かなり強烈でジャーキーは伏せると同時に、両前足で鼻を覆う。人間よりも鋭い嗅覚を持つからこそ、非常に辛いはずだ。
ジャーキーをラルゴの後部座席に残そうとしたが、留守番が嫌なのか一騎たちに付いていこうとする。
「澪、一緒にいてやってくれ」
「任せて」
ジャーキーに懐かれているのは、現状で一騎と澪の二人だけ。一騎と澪が二人とも長友医院に入ってしまうと、ジャーキーは腐敗臭に苦しみながら付いてくるだろう。それを考慮して、彼は澪に任せた。
彼女は今日はまだ午後になってから一度も触れていない。だから、喜んで留守番を受け入れている。モフモフする気満々なのが、周囲にもわかってしまうほどだ。ラルゴに乗った彼女は、ちゃんと内側から施錠をして奪われることも、ゾンビが入ってくることもできないようにした。
「警官ならこういう時、最初はどうします?」
「警官も自衛隊もSATも、ゾンビがいることを前提にした訓練なんて受けないよ」
「だったら、自分たちならどうするのか。 それを聞かせてほしいのだよ」
「そうだな。 まずは全部の部屋を確認する。生存者やゾンビが隠れていないかを確かめるべきだな」
「そうだな。それとトイレや、物陰もちゃんと注意しておくべきだろう」
「診察台の下や、鍵の掛かっていない場所は全て注意して開けていくだけだ」
警官たちの答えに一騎と創太は、自分たちとほぼ同じ考えだと認識を共有。
「それでは、慎重に行きますか」
「常に警戒を怠らないこと」
「武藤くんと葉加瀬くん、梓さんは、我々の中心へ」
一騎と創太、梓を中心にして前後左右に警官一人ずつが展開。もしもゾンビが突っ込んできても、すぐさま対処ができるようという構えだ。
七人は最初に玄関部分と、入ってすぐにある待合室と倉庫を確認する。玄関部分は患者用出入り口と、数メートル隣に業者用出入り口があった。
最初に両方の出入り口。一騎たちが入ったのは、患者用出入り口で、コンクリートの床は綺麗だが業者用は違う。壁や床にかなりの血が付着している。
乾いているが、血特有の生臭さと鉄臭さが充満。人が隠れるような場所がないのを確認してから今度は待合室。まぁ待合室はソファーの下を見るだけで終了。
その次が待合室の真横にある倉庫。一人がドアノブをゆっくりと回そうとした。
――ガチャ
「施錠されていますね」
梓の言った通りに鍵が掛けられていて、開けることはできなかった。
「鍵を探してきて開けてみます?」
梓は警官たちに問うが、彼らは揃った首の動きで否定を行う。
「鍵を探している時間が惜しいです」
「それにゾンビが鍵を持っている可能性もあります。 ここは未使用の注射器を回収することにのみにしましょう」
一騎と創太は、梓と警官のやり取りを聞きながら両目を閉じて音を拾うことにのみ集中する。ほんの少しでも、動きを止めている間にも、診察室やトイレからゾンビが動く音がしないかと。
二人の警戒を感じ取って、梓たちも口を閉ざす。七人は互いの顔を見て頷き合うと、慎重に第一診察室と第二診察室、トイレと書かれた場所の前へと移動。
「カウントスリーでトイレを開けるのだよ」
「了解」
「三、二、一」
ガチャンとドアノブを回して、警官はトイレのドアを開ける。すかさず、創太がセーフティーを解除した状態のXM8改を中へと向けた。
「クリア」
便座が血で真っ赤だが、そこには人間の死体も、ゾンビの姿もない。それを確認した創太が、六人に聞こえる声で告げた。ただし、決して声としては大きくない。聞こえる最小限の大きさで、だ。
「オレが開けます」
「わかった」
一騎は第一診察室と書かれた扉をそっと開ける。相変わらず腐敗臭は院内にあるが、強烈な発生源はここではなかった。
「奥の診察台と中から受付の確認を」
「そっちは任せてくれ」
「武藤くんと梓さんは、少しだけ離れた場所で見ていてくれ」
HK416改を持った一人が、慎重な足取りで診察台を覆い隠すカーテンを静かに開ける。そこには、最近になって自らここに来たと思われる一人の女子大生くらいの若い女性の死体があった。
足首には噛まれた後があり、額には包丁が突き刺さっている。なにかをしていた時に噛まれて、ゾンビ入りするのを嫌って自殺のしたのかもしれない。あるいは噛まれた時点でダメだと判断した誰かが殺したのも。
「受付は?」
両手を合わせた警官に一騎が、そっと声を掛ける。すると、彼はすぐさま顔を上げて受付を覗き見た。人間もゾンビもいない。
「人間もゾンビの姿もなし」
「第二診察室を開ける。 来てくれ」
創太に従ってトイレのドアを開けた警官が、一騎と梓、同僚の警官を呼んだ。第一診察室から三メートル奥にある第二診察室。
そこに全員が集まり、ゆっくりと扉が開かれた。そして、この瞬間に玄関以上の強烈な腐敗臭が。
「確実にいるのだよ」
「俺が先行する。 お前たちは武藤くんと葉加瀬くん、梓さんと一緒に入ってきてくれ」
一人が油断なく銃を構えながら、内部へと踏み込む。慎重に一歩ずつ歩いていく。
「一騎くん」
「なんですか?」
「臭いが強いから、ジャーキーがしばらく触らせてくれないんじゃないかしら」
「……え?」
「確かに。犬の嗅覚は人間よりずっと優秀だからね。 武藤くん、まだ106号室に消臭スプレーあったから、マンションに帰ったら使うかい?」
梓の言葉に一騎はそっと、自分の手首に鼻を寄せて嗅いだ。その瞬間、物凄く辛そうな表情に早変わり。それを見ていたM4A1改の警官が、気を使って言った言葉に彼は頷くのだった。
いつゾンビが出てくるかわからない状態で、ほんの少しだけ近くにいた全員が笑顔を浮かべる。その時だった。先行した警官が戻ってきて、厳しい表情で言う。
「来てくれ」
一瞬にして笑顔が消え、彼らは音を立てないように意識しながら、診察台の前まで案内される。仕切りによって見えていなかった診察台を見た瞬間、一騎たちの表情が険しくなった。
「ンーンンーー!!」
――ギシギシギシ
診察台の上には両手足を、拘束具でしっかりと固定されて口にはタオルを巻かれたゾンビが仰向けに寝かされていた。拘束を壊そうと動くから、診察台が音を立てている。
「ここ以外は?」
「レントゲン操作室へ。 レントゲン室を見れるから、話す時は小声で」
意識しての小声に、一騎と梓は嫌な予感を抱く。創太と残りの警官は床に落ちていた時計と電池を見つけていた。頷き合った彼らは、時計に電池を入れる。
――カチ、カチ、カチ
「ンー、ウンーーンーーー!!」
時計の針が動き出して、やたらと院内に秒針の動く音が響く。拘束された状態のゾンビは、耳元に置かれた時計から聞こえる音に。顔を向けて手を伸ばそうとしていた。
「行きましょう」
梓の声に従い、 院内にいる全員が操作室へと入る。そして曇りガラスの向こうに見えたのは、腸が垂れた状態の医師一人と患者三人。太股の半分以上がない四人の看護師、手首を食い千切られたのか、骨が丸見え状態受付係二人。
既にゾンビ化していて、レントゲン室の中でユラユラと身体を動かしているか、意味もなく右往左往している。
「注射器と針を探してください。 発見次第、診察台で拘束されているゾンビから採血しましょう」
一騎の囁くような声に、創太、梓に警官たちは無言で頷いて音を立てないように、そっと出た。そして手分けして院内を探し、未使用の注射器を六つに注射針五本を発見。
そのうちの一組を使い、一人の警官が拘束ゾンビの左腕から採血を行って、針を取り外す。そして、その針を回収箱へと放り込んだ。
「このまま音を立てないように、静かに外の車へ向かいましょう」
「賛成なのだよ」
「澪とジャーキーも待ちくたびれているかもしれないわね」
第二診察室から出ていき、最後の一騎も出た。そして患者用出入り口に到着し、このまま車で出ていこうという時。
――ガチャ! ――ギイイイイィィィ
第二診察室の方から、扉が開く音が。七人は一斉に振り返って視線を固定。
「ァァァア゛ア゛ア゛」
「ゥゥゥ゛ァァ゛ゥ゛ァ゛アアアアア゛」
「ゥゥゥゥウウ゛ウ゛ウ゛」
腸垂れ医師ゾンビ、太股の半分以上がない看護師ゾンビ二体、手首を食い千切られた受付係一体が出てきていた。三班の警官四人は即座に銃口を向ける。
「撃つのだよ」
指示を出した創太だが、既に医師ゾンビの頭へとパチンコ玉を撃った後だった。
――ベシャ! ――バタン!!
頭を撃ち抜かれた医師ゾンビは、後ろの壁に血をぶちまけてそのまま膝を床に突いて倒れた。
――バシュン!
――カシュン!
――パシュン!
看護師ゾンビと受付ゾンビも頭を撃ち抜かれて、血を撒き散らしながら倒れる。
「マンションへ帰りましょう」
「私たちだけが、まだ戻っていないんじゃない?」
「あり得ますね」
「よし、さっさと帰るか」
一騎、梓、警官二人の順。一騎たちがラルゴに近付くと、車内から鍵を開けて澪が出迎える。ジャーキーも尻尾を振って無事に戻ってきたのを喜ぶ。
「ワフ!」
「終わり?」
「あぁ。 って、そんなに酷いか?」
「クーン、クーン」
一騎は澪の問いに答えた直後、澪が鼻を摘まむ。彼は気になって聞くと、ジャーキーが両前足で鼻を押さえた。かなり腐敗臭が酷いようだ、一騎はそう考えて苦笑しながら後部座席へと乗り込む。
創太と梓は運転席と助手席へ。帰りは創太が運転席でエンジンを始動した。
「出発できますか?」
一騎は無線機に向かって声を発した。彼らはすぐに出発できる状態だったが、パトカーに乗る警官たちがどうなのかは、聞かないとわからないから。
『問題なし』
その言葉を証明するように、パトカーからもエンジン音が聞こえてくる。
「創太、出してくれ」
「わかったのだよ」
ラルゴが走り出すと、その後ろをパトカーが追うようにして発進。いくつかの角を曲がった時、彼らは遭遇してしまった。首輪に鈴が付いている猫が懸命に走って逃げるが、それを追っていくランナータイプのゾンビ四体を。
しかも運悪いことに猫は彼らの乗るラルゴとパトカーを目指すかのように走ってきていた。
「バックして道を変えてください。 前方から走ってくるゾンビ四体を確認」
『了解。 二つ前の角まで戻って、左折する』
一騎が無線機を使って後方のパトカーへと、迫ってくるゾンビを伝えると、返事と共にパトカーがバック開始。
「助ける?」
「無視だ。 撃つにしても、猫を追って不規則な動きだからな」
澪からの問いに一騎は短く答えるのと同時に、ラルゴもバック。そのままパトカーを追うようにして発進。
「猫の方を追いかけてく――――」
「一騎! 猫を無視して走ってくるのだよ!!」
猫を追いかけてくれれば。彼がそう言おうとしたが、その言葉は創太によって遮られた。ルームミラーから後方を確認した創太が、焦ったような声を出して。
「このまま走ってくれ。 窓から撃つ」
一騎は言いながら、窓を開けて身をわずかに外に出しながら銃口を向ける。
――カシュシュン! ――カシュンカシュン!
八発のパチンコ玉が後を追ってくるランナータイプゾンビへと、飛んでいく。頭に命中したのは一体だけ。残り三体のうち、二体はそれぞれ左右の肘から下が吹っ飛んだだけ。
痛覚がないから痛みを感じることもなく、二体は普通に走ってくる。
「ちっ!」
――カシュシュン!! ――カシュシュン!!
三点バースト二回。肘から下を一騎の射撃によって吹き飛ばされた二体のうち一体が、三点バーストを口、鼻、眉間へと浴びて死亡。残り二体。
「武藤くん!」
一騎が続けて撃とうとした瞬間、澪が彼の身体をグイっと車内に引き込んだ。
「うぉっ!?」
彼は自分が車内に引き戻された直後、一本の電柱を目撃する。もしも身を乗り出したままだったら、無事ではいられなかっただろう。
ちょっと冷や汗をかきながら、彼は澪に感謝を伝えて後方の窓を見る。しっかりと残り二体は走って追いかけてきていた。ゾンビだから息切れや体力切れがない。一騎はさらに射撃しようかと考えて止めた。
「澪、音の出る物ってないか?」
「これ」
彼が問うと目の前に防犯ベルが。一騎が「え!?」と思っていると澪は、車内待機中にダッシュボードを開けていたら、発見したと。
「連続していくつかの角を曲がってください」
無線機を通して、彼が前を走るパトカーに注文を出す。
『了解、複数の角を曲がって大通りに出る』
返事があり、パトカーはすぐに左折。創太はそれを見失わないように、ラルゴを追わせる。
「どうするつもり?」
「防犯ベルの音で引き離します」
一騎は答えてすぐに、防犯ベルをスイッチを押して甲高い音を発生させる。そして三ヶ所目の角を曲がった瞬間、彼は防犯ベルを窓から思いきり反対側の民間へと投げた。
そのままラルゴとパトカーは走り続けるが、ランナーゾンビの姿は見えない。音の方向へとゾンビが集まっていくのを見ながら、四人はしばらく緊張感を保持していた。
大通りへ出ても追ってくることはなく、八人全員がマンションへと無事に帰っていったのだ。
注射器と針の件ですが、別に書き忘れていた訳じゃありませんよ。本当です。
どこで書こうかなと考えていたら、今回まで伸びてしまっただけです。
えぇ、偶然に回収までが長くなったでけです。(誤字脱字チェックしてて思い出した。)
創太が作った無線機は、電源を入れた状態で特定周波数を選択することで、数メートルから最長30メートルの間に、創太作の無線機に、会話が届かないようにも設定できます。




