177.息子、立ち上がる【後編】
確固たる自分を取り戻したリュージ。
「さぁりゅーくん、涙を拭いて。一緒にいきましょう」
カルマはリュージの抱擁を解いて、手を引いて言う。
「行くって……?」
「私と一緒に世界を救うのです」
そうだ……今世界は、ヨルムンガンドやベリアルのせいで、大変なことになっているのだった。
「世界を救うなんて……無理だよ」
「どうしてですか?」
「だって……僕は……無力だから」
せっかく立ち直ったリュージだったが、また心が沈んでしまう。
「僕は……勇者様から力を引き継いだのに、全然ダメダメなんだ。僕なんかが行ったところで……足手まといにしかならないよ……」
「そんなこと……」
「そんなことあるよ。……母さんだってよく知ってるでしょう? 僕は弱いんだ。何もできない、無力なガキなんだ。どうして、僕みたいな味噌っかすに……勇者様は力なんて授けたんだろ……」
リュージは母を弱々しく見上げる。
「ねえ母さん、母さんがなんとかしてよ……。僕がいても何もできないよ」
と、そのときである。
パシッ……!
……と、誰かが、リュージのほおをぶったのだ。
「え? ……え?」
リュージは、目を丸くする。
自分のほおをぶったのは、誰であろう、自分の母だったのだ。
「甘えたことを、言うんじゃありません」
ぽかんと、リュージが口を開く。
「いいですかりゅーくん。あなたはすごい子。何でもできる子です。そんなふうに自分を卑下しないで。自分を悪く言わないで。あなたならできる」
力強く母が言う。
嘘偽りのない言葉を投げかけてくる。
「あなたにはすごい力がある。それは世界を救う力。けどそれを持つあなたがそんな弱気では、正しく発揮されない力です」
カルマは優しくも、しかし厳しい表情で言う。
「あなたが世界を救うのです。いつまでも母がなんとかしてくれると、甘えていていけません」
……リュージは驚いた。
あの、いつも息子に甘い母が。
今、息子のほおをぶっただけでなく、厳しい言葉を投げかけてくる。
今までだったら、そんなこと一度もしたことがなかったのに。
……けれど、不思議と嫌じゃなかった。
厳しさはつまり、自分への信頼の裏返しだから。
「あなたにはできる。自信をもって」
母の言葉がリュージを励ます。
体に力がわいてきた。
それは自分の存在が確立されたこととの安定感。
そして何より、自分にはできるんだという、みなぎる自信。
今、彼の体は、かつて無い程に気力に満ちていた。
「母さん……」
リュージはその手に、聖剣を出現させる。
そして、真っ黒な空間を、切り裂いた。
キンッ……!
ずぉおおおおおおおおお!
メデューサの張った結界が、今の一撃で破壊されたのだ。
「僕……不思議なんだ。何でもできそうな気がするんだ!」
母の瞳に映るリュージの眼には、先ほどまであったおどおどとした少年はいない。
凜とした表情の、男がそこにいた。
「当たり前です。だってあなたは最強の息子なんですよ。なんだってできて当然です」
「うん!」
リュージはカルマの手を握る。
そしてふわり……と体を浮かせた。
浮遊魔法。
リュージには、使えなかった、勇者が持つ力の一つ。
「さぁ、行きましょう!」
「うん、行こう!」
リュージは輝く流星となって、その場から凄まじい早さで立ち去る。
勇者誕生、その瞬間であった。




