169.息子、塞ぎ込む【中編】
さて、メデューサによって捉えられたリュージはというと。
メデューサの結界のなかで、文字通り塞ぎ込んでいた。
結界内部には、何もない、暗い空間がどこまでも広がっている。
そこは生暖かい水のなかのようだ。
しかし呼吸はできた。
「…………」
リュージは暗い水のなか、丸くなり、目を閉じていた。
周囲一帯に広がる闇の海。
目を開けているのかも、閉じているのかもわからない。
自分が生きているのか死んでいるのかも不鮮明だ。
……だが、もうどうでもよかった。
「……僕は、母さんを殺すために……作られた命なんだ」
突きつけられた事実は、残酷なものだった。
リュージは人造の勇者。
カルマアビスを殺すためだけに生み出された、生物兵器。
自分の存在意義は、最愛の女性を殺すこと。
「…………」
思い出すのは、母との思い出。
記憶のなかの母は、いつだってリュージに笑顔を向け、あふれんばかりの愛情を注いでくれた。
だから、本当の両親がいなくても、平気だった。
本当の母がいないと、父がいないと泣いたことは一度だってなかった。
だってそんなものなくても、いつだって深い深い愛情で自分を包んでくれる、カルマがいたからだ。
「……ごめんね」
ぽた……とリュージのほおから、涙がこぼれ落ちた。
「……ごめんね、母さん。僕のこと、たくさん愛してくれたのに……僕は……母さんのこと……傷つける存在なんだ……」
リュージを苦しめているのは、母に対する罪の意識だった。
カルマは、自分の子供でもないリュージを、15年間、大切に大切に育ててくれた。
そんな母に、リュージは恩返しがしたかった。
いつかカルマに言いたかったのだ。
育ててくれて、ありがとう。
あなたのおかげで、僕は、こんなに立派になれましたと。
カルマの過保護に対して、リュージは鬱陶しいと思ったことは一度もなかった。
それどころか、申し訳なさを覚えていたくらいだ。
母が過保護なのは、息子である自分が弱いからだ。
いつまでも弱いままだから、母はいつまでたっても息子を安心して外に出すことができない。
結局、リュージが弱いことが、母を過保護にさせてしまっていた。
だから……リュージは早く、強くなりたかった。
強くなって、大人になって、母を安心させたかった。
自分が強く成長した姿を、カルマに見せる。
それが何よりも、母に対する恩返しになると思ったからだ。
「なのに……ごめんね、母さん……恩を、仇で返すようなまねして……ごめんね……」




