50.終章
白い城壁と山から降り注ぐ太陽が反射して何とも言えない情景が周囲を満たしていた。
そんな美しい景色を楽しみながら美野里は”南の砦”の中にある執務室で優雅にコーヒーを飲んでいた。
傍には同じように美味しそうにコーヒーを飲むシェルがいた。
克也は二人から少し離れた執務机で書類の山と格闘していた。
「おい。二人とも寛ぎ過ぎじゃないか?」
「あーら心外ね。賭けに負けたのはショウでしょ。」
克也はうめき声をあげると美野里を睨み付けまたペンを走らせている。
それにしてもあの朱里の妊娠発言は今おもい出しても大騒ぎだった。
飛び込んで来た朱里にちょうどやって来た克也が裕也の相手は美野里ではないと断言してもらい何とか静かになった。
それでもそれじゃあ美野里の相手は誰なんだと喚きたてる朱里に克也が彼女の相手は自分だと言ってなんとかその大騒ぎを治めた。
朱里は克也の断言にやっと納得してくれて、その後すぐに帰ってもらえたのだがあまりの事態に防音魔法をしなかったせいで魔術棟でこの話が噂になってしまった。
噂は千里を走るじゃないがすぐにこの悪評は王宮中に広まってしまって最後は巷で英雄と言われている人物が未成年に手を出したと大問題になったのだ。
これに慌てたのは誘った朱里の方だった。
彼女は自分の方が誘ったのだと真実を話すのだが世の中はそんなことは信じてくれない。
英雄が未成年者を襲ったとスキャンダラスな噂の方が面白いらしくそれがだんだんと尾ひれがついて最後は未成年者に手を出しただけではなく、英雄はその未成年者を捨てて魔術棟の魔術師と結婚するらしいと悪い方へ悪い方へ噂がねじ曲がってしまい全員が頭を抱えた所にシェルがちょうど戻って来た。
何でか結婚すらしていない裕也の不倫相手のように言われ、疲れ果てていた美野里はこれ幸いにシェルにこの件を押し付けた。
「あーら、じゃあ私がこの件をすぐに治めたら”東の砦”の件はチャラよ、シータ。」
「分かった。すぐに治まったらもう何も言わないわ。これでいい?」
「商談成立ね。」
ニッコリ笑ったシェルはどうやったのか朱里は爵位授与があった舞踏会の当日にはすでに成人していたと噂を流してあっさりこの件に決着をつけてしまった。
「それにしても世間様はまたなんでこんなにすぐに納得したの?」
「あーら、だって英雄がいなくなると困るでしょ。別に彼らはその噂を認めたからって何も損をしないじゃない。むしろ余計に尾ひれを付けた噂を喜んで囁いてるじゃない。」
「尾ひれねぇー。ホーント。抜け目がないわよね、シェルは。」
シェルは噂を治めたばかりでなく月明かり中、プロポーズと一緒に宝石(指輪)を送る英雄という噂もつけ加えたせいで、今シェルが傘下に置いている宝飾店が大変繁盛しているようだ。
それにしても何でそんな忙しい中、シェルは二人が赴任することになった”南の砦”にいるんだろうか?
「ねえ、シェル。ところで今日は何のためにここに来たの?」
「あら聞いてない?」
美野里は首を傾げ、なんでか克也は山にしていた書類を盛大に床に落としていた。
「おい、シェル!」
克也が急に大声を出してシェルを執務室から連れ出すとどこかに行ってしまった。
何をしてるんだろう?
暫くするとなんでか顔を真っ赤にした克也が戻って来た。
「あれ、シェルは?」
「邪魔だから帰って貰ったよ。それよりシータ。ちょっとその・・・ついて来てくれ!」
克也は真っ赤な顔をして強引に美野里の手を引っ張ると”南の砦”で一番高い塔に彼女を連れ出した。
克也はそこに着くといきなり美野里の前に騎士の礼をすると剣の代わりに何かの小箱を差し出してきた。
「えっとだな。くそっ俺も男だ。結婚してくれ美野里。」
「えっ・・・。」
予想外の克也の行動に美野里は言われた言葉を理解できなかった。
「結婚・・・指輪・・・結婚・・・指輪・・・けっこん!」
「ダメか?」
克也が情けない顔で美野里の返事を待っていた。
「えっと・・・ダメ・・・。」
「ダメ!」
克也の顔が青ざめた。
「ダメ・・・じゃない。いいかも。」
「えっOKってこと?」
美野里は克也に顔を背けながらも手を差し出した。
「えっと指輪を付けて!」
やっと立ち上がった克也は指輪を美野里の指にはめるとそのまま彼女を抱きしめた。
そして二人が熱い抱擁と口づけを交わしているとそこに本来いるはずのない声が二人の隣で聞こえた。
「もうちょい右に動いて頂戴。いい絵が撮れないじゃない!」
「「えっ。」」
二人は驚いてバッと離れた。
「あらやだ。気がついちゃった。」
「シェル。何してるのよ!」
シェルは画像記録用の水晶を手に二人にニッコリ笑いかけた。
「ショウ。今の良い画像のお礼にお代は無料にしておいてあげるわ。じゃあねぇー。」
シェルは右手を振って転移してしまった。
「まさかあの画像を何かに使うつもりなの。」
後を追おうとした美野里にシェルは御大層にも追跡防止魔法まで掛けて転移していたためシェルを捕まえることは出来なかった。
「シェル、憶えてなさい!」
美野里はシェルが消えた空間に向けて大声で叫んだ。
後日、克也はシェルから二人の影絵ポスターを美野里に内緒で受け取った。
よく知っているものでなければ二人だと分からないような印象的なそれは王都でプロポーズ用指輪の宣伝ポスターとして使われ、その指輪は売れに売れたそうだ。
あまりの好影響にシェルから売上金の一部をお礼として払うと言われたが二人とも丁重にお断りした。
それを下手に受け取るとじゃあ今度はあれやってくれとか言われかねない。
それを証拠に受け取りを拒否した時にシェルに盛大に舌打ちされた。
たぶんなんかそういうことを考えていたんだろう。
危ないあぶない。
トントントン。
扉が叩かれ若い兵士が隊長室に入って来た。
「隊長、全員揃いました。」
「すぐ行く。」
克也は美野里と結婚した後、最後に赴任した”西の砦”で砦を守る守備隊の隊長になった。
美野里も一緒について来てくれて、彼女は”西の砦”の医術室で働いている。
王都にいるシェルからは美野里が抜けたせいで魔術棟の書類が大変なことになっていると時たまボヤキに来られるが彼女の息抜きにもなっているようなので放置している。
裕也とは美野里が作ってくれた通信用水晶でたまに連絡を取り合っているが結婚した相手である朱里に振り回されて刺激的な日常を送っているようだ。
かなりの頻度で愚痴を聞かされる。
「あらショウはまだここにいたの。広場で部下が待っているようよ?」
「シェル。何しに来たんだ?」
「あら、これを届けによ。」
シェルはそういうとフワフワの赤ちゃん用毛布をぴらりと広げた。
「おい、それって誰に渡すんだ?」
「さあ早くいきなさい。私はシータに用があるんだから。じゃあねぇー。」
シェルはそういうと満足顔で美野里がいる医療室に行ってしまった。
おい、普通そういうのは友人に言う前に夫に言うもんじゃあないのか?
不満は訓練を受ける部下にぶつけ、訓練が終わってから医療室にいた美野里に何で教えてくれんかったんだと文句を言った。
「だってシェルに言われるまで気づかなかったんだもの。仕方ないでしょう。」
「それにしては落ち込んでるな。なんでだ?」
「うっ、まさか妊娠してるなんて思わなかったからシェルの口車に乗っちゃったの。」
「何を約束したんだ。」
「・・・。」
何も言わない美野里に克也は溜息を吐きながらも肩を抱き寄せて慰めた。
「約束したものは仕方ない。やるしかないだろ。でっ何を約束させられたんだ?怒らないから行って見ろ。」
「ありがとう、ショウ。夫婦でマタニティ用ドレスのプロモーションビデオを作るんだって!」
美野里が克也に抱き付いて来た。
「夫婦?」
「そっ夫婦で。良かったぁー。克也は優しいから怒らないと思った。」
「おい、今の言葉。俺を罠にはめただろ。」
わざわざ名前を言って怒らないと言霊を取られた。
「えっ、何言ってるの。そんなことないよ。」
克也は仕返しに彼女の隣に座ると膝の上に抱き上げた。
「ちょ・・・ちょっ・・・。」
狼狽える美野里を楽しみながら彼女のお腹に手を回す。
「家族が増えるっていいな。」
「うん。そうだね。」
美野里も真っ赤になりながらも克也の手に彼女の手を重ねた。
ちなみにこのシーンは隠匿スキルをいつの間にか向上させたシェルにより盗撮され、”二人の自然なしぐさがいいわ。”といつの間にかプロモーションビデオとして使われ王都で大ブレイクした。
今回は言質を取られていた上、顔までバッチリ撮られていたので王都を歩こうものなら王都市民に指さされる始末だ。
お蔭で二人はブームが去るまで絶対王都に行かないとかたーく固く決心した。




