48.東の砦のリニューアルオープン
「さあて。着いたわよ。」
シェルは”東の砦”の訓練用広場でアランに抱き付いた状態のまま彼に到着を知らせた。
「ああ。確かに東の砦だな。相変わらずシェルはすごい魔法を使うんだな・・・。」
アランはそう呟くとシェルの腕を力任せに外した。
彼がちょうど腕を外したところに東の砦内で訓練をしていた兵士が二人に気がついた。
ザワザワとした声が聞こえ始め不穏な空気になったそこに老齢の兵士が二人の傍に駆けて来た。
「シェルさま?」
頭ツルツルでがっしりした男がシェルに話しかけて来た。
「あら禿じゃなかったゲーハじゃない。生きてたのね。」
「昔から言っていますが私は禿じゃありません。これは剃っているだけです。」
「そうだったかしら?ところで。」
「連絡なら魔術師団長からすでに来ています。前倒しで用意していますので今日にも動けますがどうしますか?」
「そうね。じゃ取り敢えず第一弾は移動して頂戴。」
「分かりました。ところでこちらに滞在されるメンバーは二人だけですか?」
「あらまだあの二人来てないの?」
そこに城門を警護している騎士が王都から魔術師と兵士が来ましたとゲーハの元に報告に来た。
「あらやっと着いたのね。じゃここは第一弾の連中と混ぜて出発させて。」
「分かりました。では私はこれで失礼します。」
「なあ第一弾って何のことだ?」
「あら言ってなかったかしら。ここの砦を改築することになったのよ。」
「改築?」
「そういつ戦端が開かれてもおかしくないから今のうちに脆い箇所を改築することになったの。」
「おい、この砦に脆い箇所があるのか?」
「ええ、あのメインの建物がちょっとまずいのよ。」
「おい、それってかなりヤバ。」
「不味い状態ね。だからこの砦の人数を一部改築に振り分けるってわけ。」
「その間の守備隊長に俺がなったというわけか。」
「まあそうね。でも引継ぎ合わせて着任は三日後よ。」
「わかってる。さすがにいきなり着任させられたら死ぬ。」
シェルがアランに現状を説明した所に副隊長がやって来た。
「シェル。久しぶりだな。」
キラキラした金の髪に女性のような整った顔。
喉ぼとけが出ていなかったら女性だと思ってしまうくらいだが実際は強烈な攻撃魔法の使い手だ。
「あらこっちも生きてたのね、キラ。」
「悪かったな。本当は相手が攻めて来るのを待ち構えてたんだが休戦中になるなんて最悪だ。だが分からないよな。今回の大規模改修でもしかして奴らがまた攻めて来てくれるかもしれない。」
「楽しみにしているところに水を差したくないんだけど第二弾で改修資材を運ぶメンバーになっているからそれはダメよ。それより三日後からここにいるアランがこの砦の隊長になるからキラが引継ぎしてね。」
「はぁあ引継ぎ?それなら普通隊長から隊長だろ。」
「キラ、ゲーハが引継ぎを出来ると思う?」
「うっ・・・わかった。こっちだ。」
キラはアランを連れて改修予定の砦に去って行った。
シェルは彼らが十分離れたのを確認した後、胸元から縦長のクリスタルを取り出してそれに魔力を流した。
一応安全の為自分の周囲には防音結界を張っていた。
しばらくプルプルとクリスタルが振動した後、第一王子の声が聞こえて来た。
「シェルか。予定よりだいぶ早く着いたな。」
「ちょっと二重に不味い状況が出来たので連絡したんだけど。」
「二重に悪いってどんな状況なんだ?」
「一つは思った以上に黒の魔力が周囲に影響を及ぼしているって事と・・・。」
「ことと?」
「こっち側のスパイが確定したから早めに対処したいんで城壁だけでもこっちに転移させたいんだけど。」
「はあぁーまだ着工して三日もたってないのにいくらなんでも無理だ。」
「そうね。だから転移の対象を他の城壁にしたいの。」
「他の城壁?」
「そう、もう一つあるでしょ。丈夫な城壁が。」
「おい、それってまさか・・・。いやいくらなんでもダメだ。」
「でもここを敵が突破したらどっちみち王宮に向かうわよ。」
「だから必要なんだろうが。」
「あらそれなら大丈夫よ。その間に今着工している城壁をそっちにまわせばいいんだから無駄にはならないわ。新しくっていいんじゃない。」
「おい。」
「ああこれは単なる報告よ。じゃあね。」
シェルはそれだけ言うとカードに流していた魔力を切った。
途端にクリスタルはただの塊になった。
「さて、じゃあやりますかね。」
シェルは傍にいた若い兵士を捕まえると馬を借りて移転予定の砦の場所に向かった。
外は都合がよいことに東側に黒い雲が近づいて来ていた。
もう少しするとこの辺一帯が砂埃で黄色くなりそうだ。
シェルは馬に鞭を打つと第一弾の後を追った。
程なくすると並足で駆ける一団が見えてきた。
”シータ。聞こえる?”
”ちゃんと聞こえるけど、どういうことよ。いきなり城門から中に入ろうとすると東の砦の隊長さんが現れて至急行かなければならないから如何同行してって捲し立てて来るわ。予定外過ぎることが起こるんなら念話くらいしてよ。”
”まあちょっと立て込んでたのよ。それより予定の場所に着いたらすぐに城壁を転移させるわよ。”
”はあぁーいくらなんでもそんなに早く城壁なんか完成出来ないでしょ。どういうこと?”
”まあ見てて頂戴。”
二人の念話が終わった途端にタイミングよく東の砦を転移する場所に到着した。
「ゲーハ。連絡した通りに出来ている?」
「ええ、連絡いただいた通りに砦の城壁をそっくりこの箇所からグルッと取り囲むように魔法陣を兵士総出て書きましたけどどうですか?」
「シータ。どう?」
美野里は言われた彼女に手を当てて目を瞑った。
頭の中に広大な魔方陣が鮮明に浮かび上がる。
すぐに目を開くとシェルに頷いた。
「じゃ今から私が王都に転移してシータ宛に城壁のイメージを送るからシータはそれをこの魔法陣に沿って空間魔法を使ってこっち側に引っ張って頂戴。」
美野里は素直に頷いた。
彼女が頷いたのを見届けたシエルはすぐに転移をして美野里宛に鮮明なイメージを送って来た。
美野里はそれを目を瞑って浮かび上がったイメージ通りに魔方陣の上に置いていく。
数十分で今まで何もなかった場所に立派な城壁が出現した。
「すごいなぁー。」
二人のやり取りを黙って聞いていた克也が感嘆の声上げた。
「確かに。」
同じようにゲーハもその城壁を眺めていた。
その頃王宮ではいきなりあるはずの場所にあった城壁が忽然と消えたため、事情を知っている第一王子以外の王族及び高位貴族が青ざめていた。
「シェル。お前何をしたんだ。」
知らせを聞いて駆けつけた魔術師団長が消えた城壁の傍にいたシェルを怒鳴った。
「ちょうどよかったわ。後は第一王子に連絡してあるからそっちに聞いて頂戴。私は東の砦に戻るわ。」
シェルはそれだけ言うとそこからすぐに転移した。
戻るとそこでは魔力の使い過ぎで地面に座り込んでいる美野里がいた。
「あら、シータどうしたの?」
「どうしたっていきなりこんな大きなの転移したんだから当たり前でしょ。」
「そうね。一回の転移で全部運べるとは思わなかったわ。」
「へっ、一回じゃなくてよかったの?」
「まあでも出来たならそれでいいんじゃない。ゲーハ。城門の中にテントを張って頂戴。でっ後は任すわねショウ。」
「えっ任すって何を?」
「あら言ってなかった。ここにもたぶん敵の兵士が押し寄せてくるはずだから彼らがこの城門の中に入らないように相手してほしいって言ってるのよ。」
「おい待て。シェルはどうするんだ?」
「私たちは古い東の砦を解体してくるからここで待ってられないのよ。」
シェルはそういうとへたり込んでいる美野里を抱えると馬に乗った。
「じゃあね。」
二人は馬で先程の道を引き返していった。
「おい。」
克也の声は虚しくそこに響いているだけだった。
憐れに思ったゲーハが彼の肩を叩いて励ましてくれた。
「ありがとう、ハーゲ隊長。」
「私はハーゲではなくゲーハです。」
程なくして馬で駆けていく二人の前に”東の砦”が見えてきた。
だがその周囲は不穏な空気に満ちていた。
どうやら思った以上に早く彼らが到着したようで外で戦端が開かれていた。
「うそ。どうするのシェル?」
「このまま障壁魔法を張ってこの場を駆け抜けるから振り落とされない様にしてね。」
シェルはそういうと魔法で風を起こし、敵をなぎ倒しつつ城門に向かって駆け出した。
新たな伏兵の出現に敵が動揺して自軍が少し有利になる。
その間に彼らの脇をすり抜けるとシェルは城門から中に入った。
二人が入った城門の中は敵兵がうようよしていた。
誘い出されたのか城門の中で戦っている自国の兵士はいないようだ。
「好都合ね。」
シェルは馬に乗ったままメインの建屋に突っ込んだ。
建物の中ではまさにキラが敵に魔法をぶっ放す寸前だったようだ。
「ちょっと邪魔よシェル。退きなさい。」
「あーらキラ。その魔法をここでぶっ放せば自軍が巻き添えになるわよ。」
「心配ないわ。すでに自軍の兵士はこの城壁の外に飛ばしてあるわ。」
「そう、それは上出来ね。」
シェルはキラの肩に手を置いて魔力を吸いあげた。
「ちょ・・・何したのシェル。」
そこにシータの手が伸び同じようにした。
キラは二人に魔力を吸い取られ意識を失って倒れた。
倒れたキラをシェルは抱え上げると先程彼から奪った魔力で城壁の外に転移した。
最後に念話で”後は宜しく”と美野里に呟くのを忘れなかった。
お陰で美野里はアランと対峙することになった。
「アラン隊長。まだ遅くありません。もうスパイはやめて下さい。」
「”白の書”を使える君には分からないよ。でも大丈夫。寂しくないようにすぐにシェルも君と同じようなところに行かせるから。」
アランはそういうと隣にいた敵国の魔術師に美野里を攻撃するように命令した。
どうやら敵の魔法士はこの東の砦を形作った黒の魔法を応用して魔法を放っているようだ。
シータは諦めて放たれた魔法を”白の書”で跳ね返した。
瞬間、東の砦は眩い光を放って一瞬で消え去った。
暫くして美野里が消えた砦の中央に現れた。
「さすがに今回は慣れたものね。」
「・・・。」
美野里は何とも後味の悪い結果に無言でシェルの顔を睨み付けた。
「まあ、気にしない。あいつは自分の魔力の無さを嘆き過ぎただけなんだから。それより今回も私の活躍する場がなかったわね。」
”東の砦”が一瞬で目の前で消えたお陰で驚愕した一部の兵士が目を見開いた後、砂埃が去った直ぐ近くに新たに現れた東の砦を見て、首を捻りながらも撤退していった。
そこに敵をなぎ倒しながらこちらにやってくる克也が現れた。
どうやら新しく作った東の砦も無事のようだ。
「ねえ、シェル。一旦王都に戻るんでしょ。」
美野里はこちらにやって来る克也に気がついて視線を彼に向けながら今後の予定をシェルに聞いた。
「まあ、無事短期間で仕事は終えたし、南と西は一旦休養をした後じゃないと言っても転移する城門がないはずだからすぐに改修できないし、王都に戻るしかないわね。」
「やっと元の生活に戻れるって。」
息を切らしながら駆けつけた克也に開口一番美野里がそう声をかけた。
「えっ、何の話?」
「うん、東の砦改修終了により一旦、王都に帰還するってことよ。まあ私はあとちょっとだけここで仕事してから帰るからシータはショウを連れて先に戻って頂戴。」
「わかった。」
美野里は疲れ切っていたので素直にシェルの言われるまま克也を連れ、王都に転移した。
そこには城の第二城壁が見事に消えて大騒ぎをしている人間たちがいた。
そこに帰ってしまった美野里はシェルの代わりに彼らに散々謝罪と弁明をする羽目になった。
「シェル。わかってて先に戻れって言ったわね。」
「「まあまあ、シータ。落ち着いて。」
克也は今にも魔法で全てを吹き飛ばしそうな美野里を大慌てで宥めた。
「悔しい。いつか思い知らせてやる。」
美野里は彼らへの弁明を終えた後、シェルへの嫌がらせの一環に執務室の防御結界を破壊して彼が隠していた秘蔵の酒を克也と第一王子を誘って飲みつくした。
「こんなのはまだまだ序の口よ。憶えてなさい!」
美野里は不敵に笑った。




