45.東の砦に出発!
克也は結局東の砦に行く話を裕也に言えないまま早朝まで酔いつぶれてソファーで眠っていた。
そこをシェルに叩き起こされ、その後は出発準備に奔走した。
せめて王宮で侍女をしている朱里だけでも捕まえられれば裕也に伝言を残すことも出来たのだがなぜか彼女の姿もその日は見当たらなかった。
結局用事が終わって兵士見習いの独身寮に戻って来たがその日も裕也は寮に戻って来なかった。
他の見習い兵士たちは昨日の祝賀会の警備に駆り出されていたものがほとんどだったせいで振替で休暇をとっている人間が多かったせいか寮にいる人間自体が少なかった。
それほど親しくない人間に裕也への伝言を頼むのも頼みづらく結局気がついたら出発する日になっていた。
「どうかした?」
美野里が視線をウロウロさせている克也の隣に灰色のまだら毛様の馬を寄せて来た。
「いやまあ・・・。」
「誰を捜してるのか見当はつくけど今日の出発の件は公式には非常招集の部類に入るから知らない人の方が多いはずよ。」
「まあそうなんだけど少なくとも裕也には言っておきたかったんだ。」
「あーらお二人さん。朝から何を話してるのか知らないけどもう行くわよ。」
シェルはそういうと選抜された数十人に声をかけた。
全員が騎乗すると早がけで東に向かった。
”東の砦”は王都から馬で三日の距離がある。
今回は前回の”北の砦”の時とは違い三人だけではない為、前線である”東の砦”に向かう途中にある守備隊が常駐している要所で休みを取りながら向かう予定だ。
それにしても今回の選別はどういう基準で行われたのか。
克也は不思議に思って選抜されたメンバーを王宮をでてから密かに観察していた。
先頭を走っているシェルの隣には細身だが鋭い視線を走らせる渋めの男とその後ろには恰好体格はいいが普通のどこにでもいる容姿の男が馬に乗っていた。
彼等以外の人間も騎士というよりは一般の市民と言えそうな人物ばかりだ。
といってもその一般市民という雰囲気が騎乗している姿勢を見る限りはなぜかそこらにいる騎士顔負けのスピードで次の宿泊場所を目指して走っていた。
美野里は魔法があるのでその走りについていっているようだが克也自身は疲労困憊していた。
本当はさっき通り過ぎた村で一泊したいと考えたほどだ。
少し速度が落ちて来た克也に気がついたらしい美野里が心配して隣に来た。
「大丈夫、ショウ?」
「ああ、まあ何とかな。」
「回復魔法かけようか?」
「いや、本当にダメだったら頼むけどもう少し走れば守備隊が警護している障壁が見えて来るはずだからなんとかやれそうだよ。」
「ならいいけど。」
美野里は心配そうに克也の様子を見ていたが本人から何も言ってくる様子がなかったのでそれ以上は声をかけなかった。
それからかなり走ったところでやっと彼らの前方に今回泊まる予定の守備隊が警護している障壁が見えてきた。
やっと休憩かと思っているとシェルが隣を並走していた男に何か言うと急に隊列が二つに分かれた。
克也と美野里が慌ててシェルの横に馬の速度を上げると近づいた。
「シェルどうかしたの?」
「一応念のため部隊を二つに分けて彼らには先行して”東の砦”に向かって貰うわ。」
「なんでまたそんなややっこしいことするんだよ。」
「”東の砦”がこの四つの砦の中で一番戦端が開かれる恐れが強い所だからよ。」
「それって今でも戦端が開かれる可能性が高いってこと?」
「まあ可能性としては高いわね。だから念の為彼らに先行してもらって何かあった時は別ルートで敵国の動きを確認しながら対処する予定よ。それに小人数の方が小回りがきくしね。」
シェルは克也にウィンクすると馬の速度を緩めてそこに向かった。
五人はシェルに合わせ馬の速度を落とすと障壁の傍にある門の所で王からの命令書を出してやっとその障壁を潜ってなかに入った。
シェルは中に入ると後ろにいた二人に明日の出発時刻を告げるとそこで別れた。
克也と美野里はなんで別行動なのか不思議に思いながらもシェルに従って障壁の中にあるこの障壁を管理している守備隊長に会いに向かった。
中に入ってすぐに何かの連絡があったのかそこにいた兵が三人を隊長室に案内してくれた。
会つてみるとなんとそこを管理している守備隊長は王都出身でシェルの元同期だった。
「久しぶりだな、シェル。」
「まあね。まさかここの管理をアランがしてるなんて思わなかったわ。」
アランは執務机から立ち上がると挨拶の為右手を差し出した。
シェルも同じように右手を差し出しながらも近づくとガバッとアランに抱き付いて彼の太い首元に両腕を回すといきなり濃厚な口づけをした。
ムグッと変な呻き声を出した後、彼は自分の首に回されているシェルの両腕を引き剥がそうともがいた。
しかしシェルをなかなか引き剥がせない。
アランの体がプルプルと小刻みに震えている。
暫くして我に返った美野里が自分の隣で唖然としている克也を小突いた。
”ちょっと助けないと。”
克也もハッと我に返るとカエルのように引っ付いているシェルをアランから引き剥がした。
シェルを引き剥がされたアランは思いっきり口元を隊服の袖で拭った。
「お・・・おまえ何を考えてるんだ?」
「あら、やだ。たんなる挨拶よ。あ・い・さ・つ。」
「んなわけあるか。」
アランはシェルのシャツの襟元をグイッと引き寄せると片手でシェルを掴みあげた。
「ちょっとシャツが破れるわよ。」
シェルはあっさりアランの片手を外した。
「おい、なんでそんなにあっさり俺の手を振りほどけるんだ。」
「私が魔術師団所属だって忘れたの。」
「あっそう言われればそうだった。」
アランはがっくりと肩を落とした。
「まあまあ。それよりこれ渡しとくわよ。」
シェルはそういうと王家の封蝋が押された手紙をアランに渡した。
アランは手紙を睨み付けた後それを開いた。
すぐに中を読み顔を強張らせる。
「いっとくけど本物よ。」
「いや、それは疑っていないが・・・なんでまた俺なんだ。」
「私が推薦したから。」
「またお前か。」
アランはシェルの襟元を再度掴んだがそこにノックの音がタイミングよく響いた。
「入れ!」
アランはシェルは放すと入って来た男に視線を向けた。
「ちょうどいい所に来てくれた。王都からの使者だ。彼らも疲れているだろうから空いている部屋に案内してくれ。」
「畏まりました。」
三人はアランがいる部屋を出ると案内人に従って隊長室の傍にある部屋に通された。
そこには狭いながらも二段ベッドが二つ置かれていた。
「生憎今こちらしか空きがありません。」
「ありがとう後食事はいいわ。」
「失礼します。」
アランに案内を頼まれた兵士を一礼すると部屋を去って行った。
「さてシェル。なんで防音結界なんか必要なのよ。」
「あら流石シータ。気がついた。」
美野里は両腕を組んで頷いた。
克也は美野里に言われるまで結界が張られたことすらわからなかった。
「知りたい。」
二人は素直に頷いた。
「どうもこっち側にスパイがいるらしいのよ。」
「「スパイ。」」
シェルは頷いた。
「だからさっきあんなことしたのね。」
「あんなこと?」
克也は美野里が何のことを言っているのか分からず首を傾げた。
「キスよ。」
「はぁあ?あれで何がわかるんだ。」
「魔術師は直接相手の体液に触れれば触れた相手の思考がある程度読めるのよ。」
「ゲッ、そんな事出来るの?」
「強い魔術師なら可能ね。ショウもシータと恋人になったあと浮気するとすぐにバレルわよ。」
「ちょ・・・なんでそんな話になるの。」
「あら、シータじゃ不服なの?」
「いやそういう意味じゃない。」
克也が慌てて何か言おうとしたのを美野里が止めた。
美野里は神経を張り詰めると目を瞑った。
暫くして目を開けて頭を振った。
「そう。どうやら接触だけのようね。」
「そんなに上手くいくならすでに捕まってるわよ。」
「そうね。」
どうやら敵から接触はあったが相手の正体を掴むにはいたらなかったようだ。
「まっしょうがないわね。」
シェルは残念そうに扉を見つめた後防音結界を解除した。
その後何度か防御結界を張ってシェルと交代で見張って見たが敵からの接触は何もなかった。
勘が鋭いスパイのようだ。
ちなみにこの時には克也はここまでに来る時の疲れがたたったのか朝まで熟睡していた。




