38.虚構と第二王子
魔獣討伐が上手くいって魔獣殲滅宣言が翌日には王から出された。
その後にすぐに終息するかに見えた噂は庶民の間で逆に北門を守った”英雄と聖女”ということでなぜか怒涛の勢いで広まっていった。
「おい、聞いたか。」
店の奥まったテーブルに座っていた男が目の前にいる男に酒を注ぎながら話しかけた。
「ああ、魔獣がやっと殲滅されたって話だろ。」
「いやいや違う違う。聖女様のことだよ。」
「聖女様?」
男は空になったジョッキを置くと新たに注がれた酒に手を付けた。
「ああ、どうも異界から来たっていう少女なんだとさ。それにだ。その少女は今回魔獣討伐で負傷した兵士たちを見返りも求めずに治療してくれたって話なんだよ。」
「へえー、そりゃあすごいなぁー。」
男は新たに注がれた酒に口をつけ機嫌よくジョッキを煽った。
「それも貴族だけじゃあなく庶民上がりの兵士にも治療してくれたって俺も聞いたぞ。」
隣のテーブルで飲んでいた太った男もこれに同意した。
「ほうーそりゃすげえなぁ。」
男は次々に注がれる新しい酒にご機嫌でその話に相槌をうった。
その男は調子よくそこまで話すとまた他のテーブルに移っては同じ話をし、また次のテーブルで新しい酒を持ってまた違う酒臭い男に同じ噂話をして行った。
気がつくとその酒場中が分け隔てなく治療する異界の少女の話で盛り上がり”聖女様”という噂話として盛り上がっていた。
同じような話を数か所の酒場でした男たちは数日後、暗い路地裏でマントを着た男から小金を受け取った。
「いいな。これは単なるお祝いだ。」
「へえ、分かってます。」
貰った金を懐に仕舞うと男たちは裏路地に消えていった。
マントを羽織った覆面の男は路地裏を抜けると大通りに停まっていた馬車に乗った。
馬車の中には高価な洋服を着た少年がいた。
「どうだった?」
「はい、無事噂は広まっております。すぐにこの王都でこの話を知らないものはいないと思われるほどになるかと・・・。」
「うむ、これは褒美だ。他言は無用だぞ。」
「分かっております。」
マントを着た男はお金で膨らんだ袋を懐にしまうとすぐに馬車を降りた。
男を降ろした馬車はそのまま大通りを抜けグルッと通りを一回りしてから王宮に向かった。
「これでこの噂が広まれば朱里の聖女としての地位は確固としたものになる。そうなれば・・・。」
シャルルはにんまりとした笑顔を浮かべると王宮に戻って王に自分の婚約者を聖女である朱里にしてほしいと願い出るために王への謁見を数日後に申し入れた。
その頃噂の広まり具合を部下から報告を受けていた宰相は奇妙な噂の広まり方に首を捻った。
過去にも同じように魔獣討伐が行われたが一般市民は得てして英雄の話を好んで噂し、それを陰で支えている者についてはあまり話題に上らないものだが今回は英雄と聖女という二つが噂話として広まっていた。
内容は上がって来た報告を見る限りは市民を不安に陥れるような要素もなく、放置しておいても問題なさそうだったため宰相は敢えてその噂を否定する様なものは流さなかった。
なぜなら市民を不安に陥れるような”北の砦”での魔獣発生の件がこの噂が広まることで霧散して人々の話題に上らなくなっていたからだ。
ある意味こちらサイド的には万々歳だな。
宰相は報告書を読み終え問題なしという結果だけを王には奏上した。
数日後、久々に謁見という形式で自分に会いに来た息子を前に王は首を傾げた。
「ですから陛下。僕と聖女を結婚させて下さいと申し上げたんです。」
どうやら自分の聞き間違いではないようだ。
「シャルル。お前はどうやら忘れているようなので私から言うがお前にはすでに婚約者が隣国にいるということはわかっているか?」
「もちろんです。ですが父上。それ以上にこの国にとって聖女というのは価値あることだと教わりました。
ですからその聖女との結婚を認めてほしいのです。」
王は第二王子である息子の言葉に執務机に突っ伏したくなった。
だが突っ伏していても拉致は開かない。
王は米神を指で揉み解しながらこの自分の息子にどう説明しようかと悩んだ。
確かに王子教育の中に聖女の命を蔑ろにしないようということで国にとって聖女が価値あるものだと教えているのだが今自分の息子であるシャルルが言っている意味合いとはまったく違っているのだ。
本当のことは禁書の中に書かれており、それを読めるのは王とその王位継承者のみとなっているため今のところ第一王子に限定されている。
しかし今回シェルからあがってきた”北の砦”の件での報告書を読む限りではその真実を明かす範囲をもう少し広げたほうがよいかもしれないと王は考えていた。
「父上。」
どうやら熟考しすぎていたようだ。
王は第二王子であるシャルルに視線を戻すと第一王子をここに呼んで来るように侍従に命令した。
「父上。なんで異母兄上を呼ぶ必要があるのですか?」
「お前が聖女という意味を履き違えているからだ。」
「何をいってるんですか。」
シャルルは激昂して執務机をドンと叩いた。
「まあ落ち着け。すぐにアルフレッドも来る。」
王がそう言い終わらないうちに扉からアルフレッドがやって来た。
「父上、御呼びと伺いましたがどうされたんですか?」
「うむ。お前たちに話しておくことが出来た。ついて来い。」
王はそういうと執務室に併設されている私的な書斎に二人を案内した。
「ここは確か王にしか開けられない禁書が仕舞われている書架と聞いていますが宜しいのですか?」
第一王子は一応王位継承教育を通して聞いたのだろう。
確認をとって来た。
「基本ここはアルフレッド。お前が私の後を継いだ時継承するものだが今日は私の判断で王家の血が流れているお前たちに禁書の一部を公開する。」
王はそういうともっていた短剣で親指に傷を作りその血を書架にある分厚い一冊の本に垂らした。
本は王の血を浴びると生き物のように棚から王の手元に吸い寄せられ、カチッと金属的な音を鳴らすと本が開いた。
王は目的のページまで進めるとそれを二人の王子の前に開いて見せた。
「まずはこの先王陛下の時代におこった事件を読むように。」
二人はお互いに顔を見合わせた後、目の前に置かれた本をじっくり端から端まですべて読んだ。
「「これは・・・。」」
あまりの内容に二人は絶句したようで本を手に持ったまま固まっている。
「アルフレッド。私がお前に課した王位継承者の教育の中に聖女は国にとって価値あるものだという意味はわかるか?」
「これを読む限りですと先王陛下の時代では魔獣になってしまった人間を元に戻すうえで価値のある高魔力保持者という意味にとれるのですが・・・。」
王は第一王子の回答に頷いた。
「そうだ。」
「お待ちください。陛下いえ父上はご自分の側妃であっても場合によっては高魔力保持者という意味で生贄になさるおつもりですか?」
アルフレッドは本から手を離すと思わず父親の胸倉を掴み上げていた。
王はアルフレッドが掴み掛って来た手を自分から引き剥がすと己の決心を語った。
「今、シェルからその危険がある場所が三か所ほど報告としてあがっている。」
「「三か所も!」」
「ああ今回の魔獣発生元はどこか知っているか、アルフレッド。」
「”北の砦”近辺と聞いていますが違うのでしょうか。」
「真の魔獣発生元は”北の砦”そのものだ。今回の件は運がいいことに”白の書”の持ち主がこちらにいたので彼女の力で早期に魔獣発生原因となった”北の砦”は消滅した。だが未だ”黒の書”で作られた砦が現存している。」
「東西と南の砦の三ッか所ですか。」
アルフレッドの言葉に王は頷いた。
「さすがに三か所同時に魔獣が発生するとは今のところ考えていないが。」
王は本を持ったままの第二王子に視線を投げた。
「最悪魔獣になった人数によっては高魔力保持者を複数名生贄にして”白の書”の持ち主に魔獣を人間に戻す魔法を試し見る必要があるかもしれないとまさか父上は考えているのですか?」
「そうだ。」
「な・・・ならこの本に書かれている通りに”白の書”の持ち主なら魔獣になった人間すべてを苦も無く戻せるのではないですか。なら。」
「後継となる”白の書”の使い手がすぐに現れるかどうかの方が深刻だ。だが。」
「高魔力保持者ならいくらでもいると言いたいのですね。」
アルフレッドは本から視線をあげて王を見た。
「ああ、そうだ。」
「シャルル。君も実母のことがあるし軽々しく言えないのはわかるけど王位を告ぐ可能性があるものとしては父上の判断が正しいよ。」
「そ・・・そんな。」
王は項垂れた第二王子の手から本をとると禁書の棚に戻した。
「一応もしそうなっても私と他の高魔力保持者数人が犠牲になれば問題なかろうと考えているからお前の実母を如何こうする気は今のところないから心配するな、シャルル。」
「ですが父上。実母上なら進んで父上について行きそうです。」
「確かに。」
アルフレッドはシャルルの実母が王に寄せる日頃の行動を見る限り彼女ならそうするに違いないという考えに確かにと頷いた。
「まあ、それも今は机上の空論だ。だが”北の砦”以外の場所で同じことがお起これば下手をすると魔獣だけではなく他国にも責められる。それを考えるとシャルルと隣国の姫との婚約は取りやめには出来ん。わかるな。」
王は強く第二王子にそういうとシャルルは力なく頷いて部屋を出て行った。
「父上。シャルルに何があったのですか?」
「今はそっとしておけ。それより本当は王位継承権の者のみが今の真実を代々受け継いでいくのだが今回は最悪の場合も考えられるので禁書を王位継承者以外にも閲覧させた。次代はアルフレッドお前の判断にこの件は任す。」
「はい。わかりました。」
アルフレッドは力強く頷くと自分の代でも今の件は王位継承者とその関係者の複数名に知らせるべきだと心の中で試算した。




