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37.イヤな予感

「陛下、いかがいたしましょう?」

「ああ、あの噂か。」

「はい。昨日終わった討伐の話なのですがこちらでまだ魔獣殲滅宣言も出ていない割にすでに変に着色されて広まっていますがこのまま放置でいいものかと・・・。」

「わかってはいるがだから全部がウソというわけでもない。魔獣発生元は”北の砦”だが下手にその真実を広めて北の国境を攻められてもかなわんしなぁー。」

「確かに・・・。」

 二人が頭を抱えているとそこに能天気な声をしたシェルがやって来た。

「あらあら二人して顔突き合わせて浮気?」

「「そんな訳あるか!」」

「それにしてはホモってるわよ。」

「ハモッてるだ馬鹿者。」


「馬鹿者って酷い言われ方だな。」

 そこにブラッドリイがヨレヨレの近衛師団長キャッチを従えてやって来た。

「あらぁー珍しい組み合わせね。とうとうノルマちゃんに手でも出しちゃったの?」

「お前、なんてことを言って!」

 近衛師団長キャッチは遅る遅る目の前にいるブラッドリイの様子を窺った。

 彼が持っている杖が微妙にカタカタとなっている。

 ちょっとこれはまずいかも。

 近衛師団長キャッチはジリジリと後ろにあるドアに下がっていく。


「ブラッドリイ。ここは私の執務室だ。わかっているな。」

 そこに王がブラッドリイにここで騒ぐなと釘を刺した。

 近衛師団長キャッチは王のこの制止に初めて自分の主君を見直した。


「ゴッフォン。」

「ああ、宰相すまない。さて何の話をしていたんだっけ。」

「そうですね。続きを話したいのは山々なんですが余計な面々が持って来た厄介ごとを先に処理した方がよいかと思われますので、私の件はその後で問題ありません。」

「わかった。ではまず先に入って来たシェル。何の用だ?」

 王はめんどくさそうにシェルに視線を向けた。

「なんだか言いぐさが気に食わないけどこれを届けに来たのよ。」

 シェルはそういうと書類を王に差し出した。


 王は受け取ると中身をサッと見て目を剥いた。

「お前、こ・・・これをなんで・・・。」

「なんでってどこの箇所を指してるのよ?」

 シェルが王が持っている書類を覗き込んだ。

「まず魔獣発生の原因はどうなったんだ?」

「書かれている通り消滅させたから問題ないわ。」

「ああ、確かにそう書かれているがここに記されている原因から察するに”黒の書”で作られている砦は一旦消滅させないとその箇所からまた魔獣が発生するかもしれないということか?」

「まあ時期はすぐじゃないけどそうなるわね。」

「待て待て待て。何気にかるーく言ってるが北は今回消滅されたからいいとしてまだ南と西、それに停戦だけしている国の国境線上にある東も”黒の書”で作った砦なんだぞ。」

「そうね。その計算だと後三回は確実に起こるわね。」


 全員が絶句して固まった。

 王は眉間をもみながら書類に何度も視線を落とす。

 とうとういい案は浮かばず宰相を見た。

 見られた宰相はブラッドリイにそのまま視線を移動した。

 ブラッドリイは近衛師団長キャッチを飛ばしてシェルに視線を向ける。


 今度は全員がシェルに視線を向けた。


「あら、私の意見が必要かしら?」

「取り敢えず行って見ろ。」

「それじゃあ。まずもっとも危険な東の国境に”白の書”でもう一つ砦を作る。」

「うむ。」

「出来たら”黒の書”で作った砦は”北の砦”と同じように破壊すればいいわ。後は危ない順に砦を一か所一か所作り直すしかないわね。順番はそうね・・・東から北、西で最後に南かしら。」

「私も緊急度危険度からいってそれで大丈夫かと・・・。ただし北はもうすでに砦が破壊されていますのでこっちは東より先にある程度城壁だけでも再建が必要かと。」

 宰相の意見に王はしばし考えてから書類を置いた。

「うむ。では宰相の言う通り、先に北の城壁のみ”白の書”で構築し、後は何時再戦されるかわからない東の砦から今言った順番で砦を作り直す様にしてくれ。」


「良かったわ、じゃ私はこれで。」

 シェルはクルッと振り向いて部屋を出て行こうとしたがそれを宰相が立ち塞がって止めた。

「あら、何かしら?」

「お前がリーダーをやれ。」

 シェルに立ち塞がった宰相ではなく執務机に座っている王からそう声が飛んだ。

「イヤよ。やっと討伐終わって帰って来たのよ。また仕事とかありえない。」

「人選はリーダに任す。好きな人間を使っていいぞ。」


「好きな人選。」

 シェルは王の”好きな人”という言葉に立ち止まった。


 最低砦を再建するには一か月は必要だ。

 その一か月の間その人員を自分の好きに出来る。

 うーん、これはちょっと魅力かも。

 どうしようかしら。

 迷っているシェルに宰相が追加の提案をした。


「一応通常業務外ということで国から特別手当も支給しましょう。」


 シェルは特別手当という言葉にクルッと後ろを振り向くと笑顔で王に頷いた。

「承りました。」

 シェルは承諾するとドアを出る前に宰相にくれぐれも特別手当の件を忘れないように釘をさしてから部屋を出て行った。


 宰相はまた予算を考え直さなくてはと呟いてから残っているブラッドリイに視線を向けた。

「ブラッドリイ殿はどうされました。」

「ああ、私の方も今回の魔獣討伐の件だ。取り敢えず王都の周囲の魔獣討伐は先に伝令が来ていると思うが終了した。それとこれは別件なんだが少々噂の広まり方が不自然でそれを相談に来たんだ。」


「ああ、その件なら先程私の方でも王にお知らせしたのですがすぐにでも”魔獣殲滅宣言”を王宮より出しますのでそれが出れば噂も終息するかと思っているんです。」

「なるほど不安がゆえに噂になっているということですか。」

「はい。」

「まっ確かにそう言えますか。わかりました。ではそちらは早急に対応をお願いします。」

 ブラッドリイはそういうと残ろうとしている近衛師団長キャッチを引きずって執務室を出て行った。


「騒がしい連中だな。」

「確かに。ですが噂を終息させ不安な市民を安心させるためにもすぐに私の方で”魔獣殲滅宣言”は提示します。」

「ああ、そうしてくれ。」

 宰相はすぐに指示を出す為部屋を退出した。


 王は一人になってからもう一度、先程シェルが持って来た書類を眺めた。

 最終章に掛かれた魔獣を人間に戻す方法。

 これを最後に実施したのは確かシェルの曽祖母の時代だったな。

 先代の王からの申し送り事項を思い出してなんとも言えない気持ちになった。

 嫌な話だ。


 王は一旦執務を中断するとベルを鳴らして侍従に飲み物を持ってくるように言付けた。

 くそっ。

 なんでかまだ一波乱起きそうな感じがする。

 窓から見える黒い雲に目線を向けてから王は執務机の前に置かれたソファーにドガッと勢いよく座ると溜息を吐き出した。


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