29.なんでこんなところに
克也は手が届く範囲にいた小さな影の襟首を掴んで引っ張り上げた。
「は・・・離せ、この野郎。」
何とも生意気な子どもだ。
克也は呆れながらも剣を体内に戻すとその捕まえた子供ごと横に飛び退った。
克也たちが飛びのいた場所には捕まった仲間を助けるために戻って来た子供たちが手に持った短剣を振りかざして襲いかかって来た。
「おいおい、危ないなぁ。」
「お前離しやがれ。」
克也が捕まえている子供が手足をバタバタさせて暴れている。
さて、どうしたもんか。
克也は襲って来る子供たちを器用に避けながらもいい加減面倒になって来た。
取り敢えず捕まえている子供に当身をして気絶させるとその場に落とした。
それを見た子供たちがいきりたって襲いかかって来た。
あちゃーなんだか面倒が倍になったかなぁ。
「くそぉーよくもモーテを殺しやがって。」
「モッくんを殺すなんて人でなし!」
「ちょっと待て待て・・・。落ち着け。」
克也はそう言いながらも短剣を振りかざして襲いかかって来た数人に同じように当身を食らわせて地面に落とすと残った仲間たちは今度は遠巻きにしながらも短剣をはなさずどうにか倒せないかと隙を伺っている。
克也と固まって動かなくなった子供たちが睨み合っているところに能天気な声を出して近づいてくるものがいた。
「ちょっとショウ。いつまでかかってるのよ?」
緊張が解けたのか固まっていた子供たちが今度はシェルに襲いかかった。
キャーッ。
嬉しそうな叫び声をあげたシェルだが襲いかかってきたのが小さな女の子たちだと気づくとすぐに魔法で彼女たちの動きを止めた。
「フリーズ。」
全員が動かなくなったところで克也は一番最初に捕まえた子供を抱き起すと意識を戻させた。
ウッ。
襲って来た子供たちの中でも一番背が高いのに逆に一番頬がこけている男の子がうめき声をあげて目を開いた。
目覚めた子供は周囲を見回して涙目になった。
「そ・・・そんなぁー。」
「おいおい慌てるな。生きてるぞ。ただ単に気絶してるだけだ。」
克也の説明に子供は慌てて傍で気絶している子供の胸に手を当てた。
「納得したか。」
子どもは黙って頷くと克也の顔を初めてマジマジと見た。
「俺は王都から来た見習い兵士のショウだ。」
やっと話を聞いてくれるような様子に克也は自己紹介した。
「王都から来た兵士?」
「そうよ。それで私が王都から来た魔術師のシェルよ、坊や。」
子どもは坊や呼ばわりされムッとしたようでむくれた顔で自分の名前を名乗った。
「俺はモーテだ。」
「なるほどあなたがモックンね。」
シェルは頬はこけているが意外に顔の造作が整っている子供をまじまじと見た。
あら彼って将来けっこうイイ男になりそうね。
「モッくんて呼んでいいのは私だけよ。」
シェルの邪まな願望を敏感に感じ取ったのかさっきフリーズされた女の子の中で一番年上そうな子供が悔しそうに叫んだ。
シェルは面白そうに笑うとフリーズされたままの少女をしげしげと眺めて止めの一撃を加えた。
「あらあら。そんな貧弱さじゃとてもモッくんには釣り合わないわね。」
そう言って少女のほとんど膨らみのない胸に視線を向けた。
グッ。
図星をさされた少女は悔しそうにただシェルを睨む付けるだけだ。
まあぁ、王都と違って純粋な子供ねぇー。
シェルは少女の初心な反応を好ましく思った。
そのやり取りを隣で見ていた克也はさっきの男の子と今の女の子に対する温度差に呆れかえった。
克也がシェルの態度に呆れているうちにシェルはモーテと呼ばれた男の子に近寄ると空間魔法で香ばしい匂いのするパンを取り出した。
「ところであなたたちはどこから来たの?」
「俺達はもともと北の砦周辺にあった村に住んでたんだ。でも・・・。」
それっきりモーテはお腹が空いているはずなのにシェルに渡されたパンを食べもせず視線を地面に落とすとまったく口を開かなくなった。
シェルはモーテの周囲に防音魔法をかけると今度はどこから出したのか温かい飲物を渡すと彼が見たであろうことを言い当てた。
「両親もしくは近しいものが魔獣にでもなるのを見たの?」
モーテはガバッと顔をあげるとシェルの顔を凝視した。
「あらあら図星のようね。でっそれを知っているのは他の子供たちも同じなのかしら?」
「たぶん半分は見てるんじゃないかと思うけど信じてない。俺が勘違いだっていったから・・・ハッ。」
モーテは言葉を口に出してから周囲にいる仲間にしまったという顔を向けた。
「大丈夫よ。今の話なら防音魔法で私とショウ以外には聞こえてないから。それとその時の様子を詳しく教えてほしいわね。」
シェルの問いにモーテは仲間に聞こえないならとその時の状況を詳しく話してくれた。
彼の実兄とその村出身の若い兵士たちは”北の砦”で兵士をしていたようで砦が魔獣に襲われた際近くにあった自分の村のことが心配になって当時の上官の許可を得て村に戻って来たようだ。
その時の村は多少被害が出ていたが人的被害ではなく家畜や周辺にいる動物くらいでまだそれほど深刻でもなかったようだ。
しかし家畜を魔獣に殺され喰い荒らされたお陰で村の食料自給率が急激に下がり寒さと相まって野菜も取れなくなったことで彼らは一時的に戻って来た村の出身の兵士の力を借りて魔獣を殺し、その肉を大人たちが食べることで子供たちの食料を確保しようとしたようだ。ところがそれから数日でその魔獣の肉を食べた大人たちが今度は魔獣になってしまい。他の村人に襲いかかるということが起こってしまったようだ。それに気づいたモーテを中心とした生き残った子供たちは数人でパンと塩漬けした野菜だけを村から持ち出してここまで逃げてきたということだった。
「いくら持ち出したとはいえ、よく今までそれだけの量で生きてこられたわね。」
「ここには周辺の村で余った塩漬け野菜を冬の間貯蔵しておく蔵があるんだ。」
「でも・・・。」
どうやらそれももう底を着いたところでシェルたちがここにやってきたようだ。
それなら今シェルの目の前にいるこの子供は飢えているはずなのになんで手に持ったパンを食べないのだろうか。
「話はわかったわ。お腹が空ているなら食べなさい。」
シェルが勧めるがモーテは一向にそれを口にしない。
「何を気にしているの?」
「俺達の他にももっと小さな子供がいるんだ。だから・・・。」
なるほどその子たちに優先的に彼らは食料を分けていたようだ。
なるほど年が上になるほど頬がコケている。
「大丈夫よ。それくらいの量の食料なら持ち合わせがあるわ。いいから気にせず食べなさい。」
「でも・・・。」
モーテは自分の周囲にいる仲間に視線を向けている。
シェルは溜息を吐くとショウに周囲にいる彼の仲間にもパンを渡すように空間魔法で人数分のパンを出した。
「それとこれに使われている肉は魔獣の肉じゃないわよ。」
シェルのその言葉を聞いてモーテはパンに視線を向けるとものすごい勢いで食べ始めた。
全員が呆れるくらい短時間でシェルから貰ったパンを完食していた。
「はい、これを持っていきなさい。」
シェルは空間魔法で籠いっぱいのパンを出した。
モーテと彼の仲間が目を見開いている。
「い・・・。」
「良いわよ。すぐに持っていきなさい。明日もまだ私たちはここで野営しているから食べ物が足りなかったらまたここに明日来ればいいわ。」
モーテはシェルに頭を下げるとフリーズを解かれた女の子たちと克也に気絶させられた男の子たちを連れてどこかに走っていった。
シェルはそんな彼らを見送った後テントに戻った。
「取り敢えず私たちも寝ましょう。」
確かにその案に克也も大賛成だった。




