28.王都に帰還
三人は北の砦で行われた魔獣討伐で生き残った重症患者たちを治療した。
「はぁー疲れたぁー。」
「ホント、疲れたわぁー。」
老兵士は起き上がりながら声をかけようとして失った右腕に気がついた。
ふと視線を声がした方に向けると自分の孫くらいの年の少女が目の前に座って老兵士の失った腕の根元に治癒魔法をかけていた。
どうやら痛みのあまり気絶していたようで自分はまた今回の戦いでも死にぞこなったようだ。
「もうこれで痛みはないはずです。」
「・・・。」
彼女にお礼を言おうとしたがなんでか声が出なかった。
「さて、あなたで最後よ。」
シェルは老兵士の腕を治療し終えた美野里が立ち上がるとすぐに彼女の代わりに傍によって彼の頭を抱き上げるとその口にグイッと回復用の治療薬を突っ込んだ。
「ウッ・・・。」
いきなり口の中に飲み物を突っ込まれて思わずむせるがその液体を飲むうちに体がホカホカと温かくなって鉛のように重かった体が動く様になった。
「どう楽になったでしょ。」
老兵士は体を起こすと残った左腕を使って起き上がった。
周囲を見回すとあれだけいた砦の兵士はほとんどいなくなっていた。
何ともやりきれない思いで額に皺を寄せて考え込んでいるといきなり目の前にドンと多量の回復薬を積み上げられた。
「・・・。」
「これで全部よ。ここに置いておくわ。」
シェルは老兵士に王都から持って来た回復用の魔法薬を全て渡した。
思わず彼の目が見開かれシェルの顔を二度見していた。
「こんなにいいのか?」
「問題ないわ。そのかわり私たちはこれからすぐに王都に戻るから後の治療は自分たちでこの回復用の魔法薬を使って治療して頂戴。それとテントは置いていけないから貰っていくわよ。」
「元々テントはそちらに提供したものだから問題ない。だがこれから王都に戻るならば魔獣と遭遇する可能性もあるのに治療薬がなくても大丈夫なのか?」
「シータと私は治癒魔法が使えるから問題ないわ。むしろ北の砦を跡形もなく消滅させちゃったのでそっちの宿泊用にテントを置いていけと言われる方が困るわ。」
「いやそれはない。別にテントがない状態での野宿は慣れている。」
「そう、なら商談成立ね。まっ上手くいけば王都からすぐに応援をこっちに回せるかもしれないから期待しないで待ってて頂戴。」
「ああ、わかった。」
老兵士は治療が終わったが右手を失ってしまったので左手をシェルに差し出した。
シェルは少しばかり驚いたようでちょっと固まった後老兵士の手を握ると美野里を振り向いた。
「ま・・・まさかシェル。もしかして休憩もなく出発?」
シェルはニヤリとして頷いた。
「ホント、シェルは時々鬼になるわよね。でもさすがにこれだけ治癒魔法を使った後なのに乗馬とか無理だから。」
「あら、じゃあ誰かに乗せて貰うなら問題ないわけよね。」
「確かにそれなら問題ないけどそうすると誰がショウを乗せるのよ?」
美野里の話をちょうど後ろで聞いていた克也が得意そうに提案した。
「それなら俺がシータを後ろに乗せるよ。」
「!!!」
美野里は克也の発言にビックリして勢いよく背後を振り向いた。
そこには先程シェルに言われて砦の外に逃がした軍馬を連れ戻しに行ったはずの克也が立っていた。
克也は連れて来た軍馬の白い方の綱をシェルに渡すとその場で黒い軍馬に颯爽と跨った。
「いつの間に・・・。」
馬の上から手を差し出した克也の手を無意識に取りながら美野里は馬の上に引き上げて貰った。
「シェル、先に行ってるぞ。」
克也は美野里が自分の後ろに乗ったのを確認すると嬉しそうに馬を走りださせた。
「あらあら。なんかショウはご機嫌ね。」
シェルは遠ざかっていく二人を呆れ顔で見送ってから克也に渡された綱を持つと馬の背にヒラリと跨った。
「それじゃあ後は任せたわ、老兵士。」
老兵士は苦笑いを浮かべながらも頷くとシェルも先に駆け出した克也たちの後を追った。
「なんだ。もう追いつかれたのか。」
「当たり前でしょ。そっちは二人乗ってるのよ。こっちは単騎なんだから追いつけなきゃおかしいでしょ。」
「まあ、そうなんだけど。もう少し引き離せると思ったんだよなぁー。」
「それにしてもショウは器用よね。なんでもう馬に乗れるの?」
美野里が不思議そうに克也の背中に抱きつきながら二人の会話にわって入って来た。
「そりゃあー俺も努力しましたから。」
実は何が何でも乗れるようになろうと砦にいた若い兵士にこっそり教えて貰ったのだ。
帰りも元同級生のそれも女の子の後ろに乗せてもらうとか男としては恥ずかしすぎる。
「あれ。」
克也が馬を駆けさせながらも自己回想をしていると後ろに乗っていた美野里が前方を指出した。
「なに?」
克也には見えなかったがシェルには見えたようで苦い表情を浮かべていた。
珍しいことに少し躊躇した後シェルが克也の前に走り出た。
「念のため立ち寄りましょうシータ。一応防御魔法を発動したまま行くわよ。」
克也の後ろに乗っていた美野里は頷くと自分たちが乗っている馬と二人の周囲に防御魔法を展開した。
シェルも同じように防御魔法を展開したようで一瞬前方で走っている彼の周囲が煙のように浮かび上がった。
三人はそのまま速度を落とすことなく村に入った。
「シータ。」
美野里はシェルの呼びかけに頷くと村の周囲に探索魔法を放った。
最初は大きく次に徐々に範囲を狭めそこに生き物が存在しないか探索していく。
マス目を段々細かくしていきながら探索魔法を使って探索すると最後は村の外れまで来ていた。
予想はしていたがやはり生きている者はいなかった。
「「・・・。」」
「さて、このまま村の入り口に戻るのも面倒なのでこのまま先に進みましょう。」
シェルはことさら明るい声を出すと三人はその村を離れた。
その後も村を何個か通ったが案の定すべて無人になっていた。
「シェル。」
「もう考えても仕方ないわよ。それよりここ見晴らしもいいし全員疲労困憊でしょ。ここにテントを張りましょう。」
克也も乗れるとは言え乗り慣れない乗馬で疲弊していたのでシェルの提案にすぐに乗った。
美野里は彼ら以上に疲れていたのでテントの設営が終わるとすぐに中に入って空間魔法を展開して引き戸を出した。
「ごめんシェル。さすがにもう無理。」
美野里はそれだけシェルに投げかけると引き戸を開けて中に入ってしまった。
「じゃあ俺も。」
克也も美野里に続こうとしたがシェルに止められた。
「まだ私の防御魔法構築が終わってないんだからそれが終わるまで待っているのが礼儀よね。」
「俺が待っていても魔力を供給出来る訳じゃないだろ?」
「あら魔力を供給してくれるの?」
「えっ・・・いやそれは・・・。」
シェルの視線に不穏なものを感じた克也がテントの端まであとじさった。
二人の視線が絡み合った時いきなりけたたましい音がテント内に鳴り響いた。
「なんだぁー?」
「念のために展開した探索魔法に何かの生き物が触れたのよ。ショウ一応見て来て頂戴。」
「また俺!」
「じゃ私が見て来るからショウはここに防御魔法を構築して頂戴。」
シェルは防御魔法を構築しながら睨みつけて来た。
「ご・・・ごめんなさい。俺が見てきます。」
克也はそういうとテントの出口から布を捲って外に出た。
テントの外に出ると見晴らしのいい草原に小さな影がいくつか見えた。
魔獣か?
克也は聖剣を抜くとその陰に向け走り出した。
影は克也に気がつくとチリジリになって逃げた。
その姿に克也は思わず声をあげていた。
「なんでこんなところにいるんだ!」
美野里は周囲の喧騒を知らないままぐっすり布団で眠っていた。




