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22.災難

 二人が外に出るとすでに広場の前にはかなり立派な布で織られたテントが置いてあった。

 彼らに気づいた砦の兵士がテントの設置を手伝おうとしたがシェルはそれをすぐに断った。

「おい。なんで断るんだよ。」

 彼らが去ってから克也(かつや)はシェルの指示でテントを設置しながらもブチブチと文句を垂れ流した。

「はぁーこれだから鈍感くんは困るのよ。」

 克也(かつや)がムッとして地面にテントを抑えるための杭をガッと勢いよく差し込んだ。

 数か所に均等に差込みそれにテント用の紐を結び付けテントが動かない様に固定する。

 克也(かつや)が忙しく動く間もなぜかシェルはテントを支えるだけだった。

 さすがにムッとした克也(かつや)がシェルに喰ってかかるといきなりシェルに肩を掴まれ彼の顔が近づいてきた。

「おい何・・・ムグッ・・・。」

 シェルは舌を口の中に突っ込んできたが咄嗟のことに克也(かつや)の反応は遅れた。

 シェルは動けない克也(かつや)の反応を楽しむとすぐに彼から離れた。


 ドサッ。

 克也(かつや)は精神的なショックを受け地面に頽れた。

 おとこ・・・おとことディープキス・・・オエッ・・・。


「どう回復したでしょ。」

 シェルは口元を美味しそうに舐めるとテントの中に入っていった。

 克也(かつや)がしばらく立ち直れなくてテントの前で項垂れているとテントに先に入ったシェルから早く外にある布団持って入って来いというとんでもない注文がきた。


 冗談じゃない。

 今の二人っきりの状態で布団なんか持って入れるか。

 克也(かつや)はテントと一緒に置かれていた毛布と床に敷くマットらしきものをテントの入り口から中に放り込むと素早く踵を返してテントを離れると砦で重症患者を治療しているはずの美野里みのりを捜しに向かった。

 俺の尻のためにも一人でこのテントの中に入るのだけは阻止しなければ。

 克也(かつや)は固い決心をすると砦内でうろついている兵士を捕まえて重症患者の居場所を聞くと彼らが寝かされているという聖堂に向かった。

 この国は基本魔法があるので王都ではその魔力を強く持っている王家を支持するくらいであまり神に祈ったりしないようだが地方になるとその地方独特の神がいるようでその神を祭った聖堂が砦の中にあるようだ。

 克也(かつや)は砦の中央にあるという聖堂に足早に向かった。


 砦内は有事の際に兵士が走り抜けられるように中央にある通路はやや広めに造られていてるがその反面その中央通路から各部屋に繋がっている通路は狭く作られていた。

 克也(かつや)がそんな通路のひとつを通り過ぎようとしたところ、聖堂で治療しているはずの美野里みのりの声がその通路の奥から聞こえて来たような気がして足を止めた。

 空耳かと思って歩き出そうとした時、またその細い通路の奥に繋がっている部屋から何か聞こえた。

 どうにも無視できない気持ちにその細い通路に入って奥にある部屋のドアを開けようとしたが扉が閉まっていて開かない。

 やっぱり思い違いかと通路を引き返そうとするとその開かない部屋から美野里みのりの悲鳴がハッキリと聞こえて来た。

 克也(かつや)は慌ててドアに手を掛けて強く引くがやはり開かない。


 くそっ。


 克也(かつや)は数歩後ろに下がってからそのドアに体当たりした。


 ドン!


 一度では開かなかったが何度も肩からぶつかると何かが弾け飛んだ音がしてドアが開いた。

 そのまま開いたドアから中に飛び込むと数人の男にベッドに抑えつけられている美野里みのりがいた。

 美野里みのりの上半身はビリビリになった布切れがあるだけで彼女の小さな胸が顕わな状態だった。

「か・・・。」

 涙ぐむ美野里みのりの顔を見た克也(かつや)は鬼の形相で扉の傍にいた数人を殴りつけると彼女をベッドに抑えつけていた若い兵士に近づいた。

 すぐに彼の首に手にしていた聖剣の柄で後頭部を殴りつけ気を失った男を彼女からベリッと引き剥がすとベッドから床に落とした。


 ドサッ。


 克也(かつや)は唖然としている若い兵士数人を睨みつけながら半裸の美野里みのりにベッドにあった毛布を巻き付けると左手で抱き起す。

 すると我に返った若い兵士がまた立ち上がろうとしたが克也(かつや)は彼らを自慢の右足で蹴り倒すとそのまま彼らの脇を通って美野里みのりを廊下に連れ出した。

 廊下に連れ出すと美野里みのりは床に泣き崩れた。

 だがこのままここにいるのは人目を引くし部屋にいるあいつらが襲ってきても面倒だ。

 克也(かつや)は聖剣を体内に仕舞うと着ていた上着を脱いで美野里みのりに差し出した。


「それを着ておぶされ。」

 克也(かつや)はそういうと床に屈んだ。

 美野里みのりは言われるまま、すぐに毛布を離して克也(かつや)が渡してくれた上着を羽織ると素直に彼に背負われた。

 克也(かつや)美野里みのりを背負ったまま廊下を足早に通り抜け、先程立てたテントに駆け込んだ。


 テントに駆け込むとシェルが二人を見て目を剥いた。

「ショウ。いくらなんでも仲間を襲うというのはルール違反よ。」

 両手を腰に置いてシェルは偉そうに克也(かつや)に説教を始めた。


「はぁあ?」

 克也(かつや)はさっきのシェルの行動こそそうだろうという思いとなんで美野里みのりを襲ったのが自分だと考えたのかというその思考回路に無茶苦茶腹がたった。

「あら違うの?」

「俺は相手の同意なしにそんなんことはしない。」

「アラなら・・・。」

 シェルは何か言おうとして口を噤んだ。

 美野里みのりが今にも床に頽れそうな表情で二人を見ていたのだ。


「まあそのぉー何かしら。取り敢えずシータ。ここにドア出して頂戴。」

「おい、この状態でドアを出せとか何言って・・・。」

 克也(かつや)が止めようとしたが美野里みのりはシェルの命令にハッとした顔で目を瞑った。

 さっきまでの自分がどうしてああなったのか思い当たった。

 美野里みのりはどうやら”黒の書”で作られた空間で”白の書”の魔力をかなり使ったため黒魔力に影響を受けている人間の反発をかってしまったようだ。

 しかしいつもの美野里みのりであればそれを容易く魔法で排除できたはずだが実際は自分が考えていた以上に力を使っていて先程はそれもできなかったようだ。

 一応襲われた時の反撃の仕方も習っていたが実際は慌ててしまい魔法が上手く使えなかった時点でパニクッてしまった。

 シェルはそんな美野里みのりを心配して”黒の書”で作られたところから離れた空間魔法の中に入っていろと助言してくれた。

 美野里みのりはそれをやっと理解すると精神を集中させ、数分でテントの中に引き戸を出した。


「私はここのシールドをもう少し強化するから先にシャワーでも浴びてなさい、シータ。」

 シェルはそういうと引き戸の中に美野里みのりを押し込んだ。

 美野里みのりはシェルに押し込まれ素直に部屋に入った。

 今度は”黒の書”で作られた空間から離れたのでさっきのことを冷静に考えられるはずだと思っていたが今まで異性に抱きしめられたことすらなかった美野里みのりにそれを冷静に考えることは出来ず、逆にさっきまで押し込めていた負の感情がドバッと吹き出してしまった。

 そこにちょうどシェルに押し込まれた克也(かつや)美野里みのりの前に現れた。

 美野里みのりは思わず目の前に現れた彼に抱き付いた。

 克也(かつや)はいきなり抱き付いて来た彼女に慌てたものの、すぐに優しく抱きしめてあやす様に背中を叩くが美野里みのりは一向に泣き止まなかった。


「シータ!」

 自分の上着を着て震えながら縋ってくる美野里みのり克也(かつや)は思わずこのまま違うことをしてしまいたい感情が湧き上がってしまった。


 まずい!


 このまま抱き締めているとあいつらと同じことをしてしまいそうだ。

「えっとそうだ。ふろ!風呂に・・・はは・・・入ってから台所に来い。」

 克也(かつや)は何とか言葉を吐き出すと廊下にある風呂場に美野里みのりを放り込むとそのまま台所にいった。

 なんだか少し前屈みになってしまう状態に体はここからUターンして風呂場に向かおうとしてしまう。

 ゲッ。

 どうすりゃいいんだ。

 克也(かつや)は台所をしばらくクマのようにウロウロと歩き回った。

 

 よし。

 克也(かつや)は目を瞑ると気合を入れて先程のシェルとのディープキスをおもい・・・オエッ・・・。

 なんとも気分がダダ下がりしたが何とか普通に立てる様になった。

 

 「さて。」

 克也(かつや)は改めて台所に立つとこの間見つけたココアを取り出してミルクを温め始めた。

 ほんのり香るココアの甘い匂い。

 次に克也(かつや)はオーブントースターでパンを軽く焼くとそこに冷蔵庫から出したベーコンと卵を使ってサンドイッチを作った。

 そこにシャワーを浴びた美野里みのりが石鹸の匂いを漂わせて入って来た。

 ほんのり香るあまーい石鹸の匂い。


 あっぶなー。

 あのままの状態だったらまた違う意味で抱きしめてしまうところだった。

 シェルのディープキスのお陰・・・いやいや違う。

 断じてそれは違う。


「あのー・・・。」

「あっすまん。そこに座って。」

 克也(かつや)はすかさず甘いココアとサンドイッチを勧めた。

 美野里みのり克也(かつや)が作ったココアを黙って飲んでからサンドイッチを一つ食べると密かに入れておいたブランデーに反応してそのままテーブルに突っ伏すと眠ってしまった。


 そこにタイミング良くシェルが入って来た。

「あらあら。薬を盛るとかなーにやってるのかしら?」

「流石にそんなことはしない。単に強いアルコールだ。」

「まあいいわ。それよりシータを寝かせてあげて。」

「ああ、分かっている。」

 克也(かつや)はテーブルに突っ伏した美野里みのりをそっと抱き上げるとそのまま布団に運んで毛布を掛けた。

 美野里みのり

 克也(かつや)は寝ながら涙を流している彼女の涙をキスして拭おうとして我に返ると傍に置いてあったテッシュで拭き取ってあげてから立ち上がった。

 かなり後ろ髪を引かれながらも克也(かつや)が和室を出て戻るとそこには美味しそうにサンドイッチを頬張るシェルがいた。


「おい、まだ俺も食べてないのに何一人で食ってんだよ。」

 克也(かつや)もシェルの反対側に座ると自分で作ったサンドイッチを食べ始めた。

「それでどういう状況だったの?」

「それは俺が聞きたい。なんでシータは魔法であいつらをぶっとばさなかったんだ?」

「簡単よ。ここが”黒の書”で作られた砦だからよ。」

「だから?」

「下手に”白の書”の持ち主であるシータが魔法を放つと思った以上の被害が出るからたぶん無意識で抑制したんじゃないかしら。」

「だから魔法を使わなかったのか?」

「まあ克也(かつや)が駆け付けなかったら多分最後は使ってたでしょうけど、その時は抑制できてないほどの魔力でしょうから下手したら砦が崩壊してるわね。」

「そんなに反動が凄いのか?」

 シェルは素直に頷いた。


「ところでシータを襲った相手は?」

「あっわりぃ。確認してねぇ。たぶん若い奴?」

「なんで疑問形なのよ。」

「仕方ないだろ。同じに見えるんだから。」

「本当、使えないわね。」

「だけど見つけるのは簡単だよ。かなりボコッたからな。」

「あら、じゃ明日は私が治療しなくちゃあね。」

 二人は悪い笑顔で頷きあってから窓から見える今は魔獣がいない砦の外の景色を眺めた。

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