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必殺断罪屋稼業  作者: 高柳 総一郎
拝啓 闇の中から縁故が見えた
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拝啓 闇の中から縁故が見えた(Cパート)




「よう。……こないだは、世話ンなったね」

 自由市場ヘイヴンは、今日も賑わっている。国中から集まった人々が、まだ見ぬ商品との出会いをもとめてやってくるのだ。傘屋のレドにとっても、この市場に出れば多少のもうけを期待できるいい機会となる。

 彼が声に反応して顔を持ち上げると、派手な白い着流しにこれまた白いソフト帽というなんとも目立つ格好のクドが立っていた。

「あンたの言う通りだった。ずいぶん賑わってんじゃないの」

「ああ。……場所を探せば、たぶん今からでも店は開けるぜ」

 クドはござを敷いただけの粗末なレドの店の前にしゃがみ込むと、傘を手に取りまじまじと見つめた。

「やめとこう。実は、仕事の依頼が入ったんでね。俺、一度に色んな仕事を掛け持ちしない主義だから」

「そうか」

「見るかい」

 クドは懐に手を突っ込むと、細長い小箱を取り出した。蓋を開けると、数本の竹割りばしが姿を現した。箸の良しあしなど考えたことも無かったが、どれも寸分違わぬほど同じものだ。芸術的とすら感じる。種類は違えど職人には違いない。素晴らしいものを作るという気持ちは同じだし、目にした時の感動もある。

「……いい出来だ」

「師匠が良いんだよ。あんたも、そうじゃないのか」

 師匠。レドの脳裏に、生死も分からぬ父親の後姿が浮かぶ。思えば彼を追いかける一端として、レドは傘作りを始め──そして殺しの世界に身を投じたのだ。それを師匠と呼ぶのならば、クドと同じと言えるだろう。

「……まあな」

「とにかく、依頼があって助かった。俺、もう少しイヴァンにいるから。職人稼業ってんなら、あんたとどこかで絡むこともあるだろ」

「ああ。また、どこかで飲るか?」

「そりゃいいな。……だがしばらく忙しいんでね。夜の街で会ったら、一杯付き合おうじゃないか」

 夜に会ったら。

 レドは自らの手を見る。そして、クドの後姿を。自分は闇に生きる人間だ。今までもそうだったし、これからもそうだろう。友人など作れようはずもないはずだ。

 仮に作っても、彼の運命はそれすらも引き裂いてきた。今回も、そうなるのではないか。クドの背中は、既に人込みに消えていた。尊敬すべき友人の姿が。

 


「どうしても無理ですか」

「無理です」

 メルヴィンの目論見は、かなり良い線を行っていた。お上の尖兵、なじみの顔の憲兵官吏であるドモンが『行政府の命令だから、立ち退きなさい。お金も出ますから』と宣告するのは、どうやらかなり効果があるようだった。もともとヘイヴン近辺は零細企業から一流企業まで軒を連ねている。変に憲兵団に目をつけられて、おかしな噂を流されるのは避けたいらしい。数軒あった立ち退き拒否の者達は、ドモンの言葉一つでサインをして立ち退きを約束していった。考えさせてほしい、と保留の態度をとる者が一人いたが、そう時間はかからないはずだ。楽な仕事であった。

 最後の一軒が、ドモンの馴染みである『喫茶やすらぎ』でなければ。

「あのね、マリアベルさん。別に取って喰おうってんじゃないんです。帝都の外へ出て行けってわけでもありません。この店も一回建て直して、別の場所に移って欲しいってなだけなんですよ」

 店の奥。普段は落ち着いて話がしたい人向けに案内される、いわば特等席である。ドモンは久々にマリアベルと向かい合って、話をしていた。

「そのための金も、全部行政府が出すんですよ。……いったい、何が不満なんです」

 しばらくマリアベルは目を伏せていたが、意を決したように顔をあげ、はっきりと言い放った。

「お言葉を返しますが、ドモン様。あなたこそ、平気なんですか」

「何がです」

「いろいろ、あったじゃありませんか。ここで。ドモン様、あなたの結婚式の二次会だってやったんですよ」

「……わかってますよ、んなことは……」

 思い出は金には代えられない。ドモンにとっても、マリアベルにとっても、ここには多くの思い出がある。それをみすみす手放すようなことは、受け入れられないのだろう。

「仕事なんですよ。僕だって、名残惜しいですが……上の方針に逆らうことはできませんから」

 我ながら卑怯な物言いだと、ドモンはそう思った。マリアベルはドモンの願いを断ったことなどない。そういえば彼は了承するだろうと、打算的に考え発言したのだ。

「ですから、今日は僕の顔を立ててもらえませんか」

「……ドモン様、私はあなたに大恩ある身です。私にできることなら、なんでも力になって差し上げたい。命を救ってもらったあの日から、ずっとそう思っておりました。その気持ちは今も変わりありません。……昔と比べ少なくなってはおりますが従業員もいます。彼ら彼女らには生活もあるのです。……それに」

「それに?」

「……私にとって、あなたの近くで店を出すことに意義があるんです。あなたのお傍でなければ、この店に意味なんてものは無いのに」

 思えば、この青年との出会いは、女装デートクラブなるいかがわしい店で働かされていたところを助けたのがきっかけであった。ドモン自身、一時性別を勘違いしていたこともあり、このマリアベルはドモンの事を純粋な好意から追いかけまわしていたこともあった。彼は本物の女性より女性らしかった。日ごろ馬鹿にされてしかいなかったドモンを、ただ一人尊敬の目で見てくれたように思う。

 だからこそ、ドモンは彼と距離を置くことになってしまった。ただの客と喫茶店のマスターとしていようと、口に出さずとも態度で示すようになった。次第に二人の間にはそうした暗黙の了解ができるようになった。

 ドモンはその内、今の妻であるティナと結婚した。

 マリアベルも、手放しでそれを喜んでくれた。それでよかったのだ、とドモンはそう思うようにしていた。あの時マリアベルは二次会をぜひやすらぎでやってほしいと言ってくれたが、思えばそれは断るべきだったのだ。この優しい青年が物言わぬ所で傷つくことくらい、いかに他人に無頓着なドモンであろうと分かる。

 そして、今彼は悲しんでいる。今まで抑えてきた感情を、ドモンに叩きつけるだけの資格があるのだ。

「マリアベルさん……」

「もう仰らないでください、ドモン様」

「しかし」

「しつこいですよ。……大体、行政府も酷いじゃありませんか。お金でなんでも解決しようとするなんて」

 マリアベルの言葉に返すこともできず、ドモンはただ下を向くばかりであった。彼が怒ったところなど、一度も見たことが無かった。

「ドモン様も、ドモン様です。そのようなことに加担なさるなんて、見損ないました」

「マリアベルさん。今回の事に関しては、僕ができることは少ないんです。しかし君の今後については、僕が便宜を……」

「便宜って何ですか、ドモン様」

「エッ」

「私の面倒を見るとでもおっしゃるのなら、私を街から連れ出してくださいよ。奥さまも、憲兵官吏の職を捨てて。……あなたのためなら、私はなんだってできます。家事ならなんでもしますし、お金だって稼ぎます。だから、私を……」

 はっとした彼がうつむき、小さくごめんなさいと言ったところで、ドモンはいたたまれなくなり、立ち上がった。マリアベルは、自分の考える幸せが到底誰にも受け入れられぬだろうということを理解している。ドモンがそれを受け入れることはないだろうということも。

「また、聞きにきます。今日のところは、これで……」





 ドモンが家にたどり着いた夕暮れ時。普段ならばそのまま家に入るところ、ドモンは玄関前に人が立っているのを見つけて、立ち止まった。黒いローブを羽織ったその人影は、妹のセリカであった。

「……どうしたんです、こんなところで」

「お兄様を待っておりました。……家に入る前に、お聞きしたいことがあります」

「なんです」

 セリカはふう、とひとつため息をついてから、口を開いた。

「今日、たまたま喫茶やすらぎに行く機会がありました。……マリアベルさんからお話は聞いております」

「あれは、行政府からのお達しですよ。いくら君でも……」

「それは、致し方ないことでしょう。お兄様はお仕事でやっておられること。それについては、わたくしもそう考えますわ」「なら、なんだってんです」

 物怖じせず、言いたいことははっきり言う。それがセリカという女であったが、今日の彼女はどうやら違うようであった。実に言いにくそうな表情。ドモンはそんな彼女を急かすことはしなかった。

「……ティナさん、最近だいぶ料理がうまくなったんですよ」

「はあ」

「始めは正直どうなることかと思いましたが、料理も洗濯もよくできるようになったと思いますわ。マリアベルさんには、敵わないかもしれませんけれど……」

「……君にしちゃ、どうにも回りくどいじゃありませんか」

「分かりました。はっきり申し上げますわ、お兄様。マリアベルさんは、お兄様の事をおそらく──」

「愛してるって言うんでしょう。……やめてくださいよ、そんなくすぐったいことを言うのは」

「ティナさんも、お兄様の事を心の底から愛しているんです」

 ドモンは、いつものわが家への扉へ手をかけながら、振り向かずに言った。

「分かってますよ、そんなことくらい。……だから、君も変な勘ぐりはやめてもらえますか。心配されなくても僕は駆け落ちなんかしやしませんよ」

 ドモンは、そのまま扉を開けて、中へと入っていった。セリカは、複雑な思いで閉じられたその扉を見つめていた。これでよかったのだ、という気持ちと、マリアベルへの申し訳なさがないまぜになった感情が、しばらくぐるぐると心の中を回っていた。






 そんな中、殺人事件が起こったのはその次の日であった。

 ドモンがサインを保留にしたまま貰っていない、商家の主の死体が、家のすぐそば──それも外の細路地で倒れているところを見つかったのだ。

「……首の裏に何かを突き刺されて、それで死んじまったってところですかねえ」

 主の遺体にすがりつき、さめざめと泣く妻と子供たち。いたたまれぬが、こうなってしまったからには、とにかく迅速に犯人を逮捕してやることが肝要なのだ。

「じゃ、みなさん。僕は付近の聞き込みをやりますから、あとは遺体を弔って……」

 そこまで言った時、ドモンの視界に知り合いの姿が入る。金髪にハンチング帽を乗せた、糸目の青年が野次馬に紛れてこちらの様子をうかがっている。視線が合ったその瞬間、青年は頷く。ドモンは捜査の手伝いをしている駐屯兵に現場を任せると、青年の背中を追った。

「一体なんだってんです、つなぎ屋」

 つなぎ屋ジョウ。あらゆる事柄をつなぐという触れ込みの、その実何でも屋のような稼業をしている男である。

「旦那、聞いたよ。……最近、地上げ屋みたいな真似してるんだって?」

「もうご存知なんですか。言っときますけど、これは立派なお仕事、公務ってやつですからね」

 裏路地。日の光も届きづらいここでは、喧噪の声も遠い。

「じゃ、僕も仕事しなくちゃね。……断罪になりそうな依頼が入ってさ。まさにその地上げに関わることなんだ」

 ジョウが受けた依頼というのは、その地上げをなんとかやめさせるための情報を掴んでほしいというものであった。依頼してきた男は名乗らなかったが、身なりの良さと内情の詳しさから見て、おそらく高位の帝国貴族であろうとジョウは見ている。

「金貨は二十枚。場所はこの辺ってことでいろいろ探りを入れてたら、旦那がまさにその地上げ屋だっていうじゃない。……それに、地上げを断った人にとうとう死人が出た。つまりはなりふり構ってられないって事なんじゃないの」

「なりふりって……こりゃお上の言い出したことですよ。僕に命令したのは、新しく筆頭官吏になったメルヴィンって男ですし……大体、僕の説得でかなりいいとこまで行ってたんですよ。もうひと押しすれば、立ち退き了承のサインをもらう寸前だったんですよ」

「それすら待てない事情があるとしたら?」

 ジョウは真剣な調子でそう述べた。

「旦那が地上げしてるこの土地。公共事業だって言ってるけど、宿場街になるって話、聞いてるでしょ。……ホテル建設、立った後のホテル経営。それをやるのは、リッチマン・グループだ。あの会社の噂くらい知ってんじゃないの」

 リッチマン・グループ。表向きは巨大不動産管理グループであるが、あらゆる事業に手を広げている会社だ。彼が有名なのは、行政府の大物の半数は皆彼の支援によって出世した、とまで言われているからだ。

「じゃあ、なんですか? その高位の帝国貴族ってのは」

「おそらく、リッチマンの息がかかってない人だろうね。今回の公共事業を手掛ける業者は、表向きまだ決まってない。一週間後の入札で正式決定するんだ。それ過ぎると、全部やり直しになる。地上げが済んでなきゃ、そもそも公共事業なんてやりようないからね。たぶんそれでリッチマンは焦ってるんだ」

 ドモンの脳裏に浮かんだのは、マリアベルの姿であった。地上げの対象となっていてサインをしていないのは、すでに彼一人だけだ。

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