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必殺断罪屋稼業  作者: 高柳 総一郎
★拝啓 闇の中から跡目が見えた
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拝啓 闇の中から跡目が見えた(Aパート)



 老人が咳き込んでいた。

 お世辞にも顔色が良いとは言えぬ、土気色の顔をした老人。昔は筋骨たくましかったのであろうその体も、すっかり痩せ、ガウンに見を包んでもその体が老い先短いことは誰だろうとわかった。

「ボス」

 ベッドのそばには、おそらくは横たわる老人とほとんど年は変わらぬであろう男が、枯れた老人の手を握りしめていた。時代を感じさせる銀髪に白ひげを蓄えた、厳しい佇まいの男は、長く仕えたボスの死が近いことを感じ取っていた。

「リンクス、どうやら俺もここまでだ」

「なにを言うのです、ボス。あなたはいつまでもこのイヴァンの支配者だ。このようなところでくたばるタマではありますまい」

 老人はぐつぐつ笑った。もはや笑みにもならぬ笑みであった。右目には眼帯、左目は若き日の眼光の鋭さは残していたが、光は失われていた。

「所詮年には勝てん」

「ボスの中のボス、ビッグボスの言葉とも思えませんな」

「好きに言え。俺も好きに生きたからな。‥‥しかしな、リンクス。おれにも心残りはある。息子のことだ」

 ビッグボスの息子。裏社会で言えばそれは、この帝国で言う帝国貴族に匹敵するビッグネームだ。ビッグボス率いるアスタ・ファミリーは、帝国一のヤクザ集団だ。ビッグボスのカリスマを基盤に、悪党の名のつく者達が集まり、団結したのがアスタ・ファミリーである。荒くれ者から知性ある悪党どもまで、彼の名の元に統率され、大きな金と秩序を産んできた。

 その力は付き従う悪党共はもちろん、帝国貴族だけでなく、財界にも及ぶ。ビッグボスの跡目を継ぐということは、その力を継ぐということでもある。

「偉大なるビッグボス。あなたの息子は間違いなくあなたの跡目を立派にお継ぎなさることでしょう。このリンクス、あなたが亡き後であろうと、あなたの右目であることは変わりありませぬ」

 若き日からこのアスタ・ファミリーを支えてきただけの自負がリンクスにはあった。そして、頂点に達し、孤独な存在と化したビッグボスには、リンクスの言葉はなにより信じるに値した。

「リンクス、嬉しいぞ。おれは地獄の底にお前の言葉を持っていくとしよう。‥‥くれぐれも頼んだぞ。ファミリーの魂を汚すことのないようにな。‥‥一服するか。あれをくれ」

 老いた忠臣は、何度もそうしてきたように自分の懐から葉巻を取り出すと、魔導回路の仕込まれた着火器具──携帯火種で火を点け、ボスの口にくわえさせてやった。もはやボスには、葉巻をつかみ取る力すら残されていないのだった。

「‥‥いいものだな。友人に看取られるのは」

 咥えていた葉巻が落ち、地面に転がった。巨星堕つ。リンクスは友人の手を組ませ、目を閉じさせた。

 ボスの意思──それはファミリーの魂が次世代へと受け継がれていくこと。悪党としてわきまえるべき秩序を守り、ファミリーを繁栄させていくこと。

 リンクスには、彼の右目としてそれを見守っていく義務があった。



 帝都イヴァン北西部、色街。

 魔導回路で稼働する色とりどりのネオン・サインが、光を通りに満たし海を作る。そこを肩で風を切り、歩く男の姿があった。誰もがその姿を見て振り返る。なんとも派手な男だ。金髪をオールバックに撫でつけ、黒スーツに見を包み、シャツのボタンを外して、その肉体美をおしげもなく見せつけている。ふわふわした毛皮製のマフラーを首に引っ掛けてたらし、首元には羽の刺青。そして右耳に赤いピアス。どう見てもカタギの人間ではない。

 おまけに、これまたガラの悪い連中を二ダースは揃えて、この色街を値踏みするように練り歩いているのだった。

「ボス。今日はこちらの店です」

 部下の一人がいうのへ、鋭い視線を通りへ送る。大柄な体を揺らしながら、娼館の前で深々と頭を下げる支配人の肩を抱くと中へ入っていく。

「おう、支配人。どうだ、調子は」

「ライタ様にご贔屓にして頂いているお陰で、繁盛しております」

「そうか。なにせこの俺が足繁く通ってんだ。そうでなくちゃ困るってもんだ」

 廊下をドカドカ歩く集団に眉をひそめるように、娼館の個室に入っていた客が僅かにドアを開け、その正体を目の当たりにしてドアを閉めた。

 大蛇のライタ。それが男の名前であった。若くして荒くれ共を従える、イヴァン裏社会でメキメキと頭角を現してきた親分である。

 そんな彼の姿を、僅かに開けた扉の中から見つめるものの姿があった。くすんだブルーの前髪をかきわけ、赤渦を巻いた瞳を晒して、外の様子を見つめる女。娼館に遊びに来ていた、アリエッタであった。

「アリーちゃん、どうしたの」

 ベッドの上で、赤い猫毛の青年が煙管の中の灰を、煙草盆に落とした。彼女お気に入りの男娼である、トラであった。当然お楽しみが一段落した頃だったのだが、あまりのうるささに辟易して外を覗いたのだ。

「まったく、大騒ぎね。なんなの、あの派手男は」

「アリーちゃん知らないの? 大蛇のライタだよ。最近うちの店によく来ててさ。女好きで有名なんだよ。ここに来るときは娼婦を五・六人は買って行くの」

「大した絶倫ね。好みの男じゃないけれど」

 アリエッタは扉を閉め、トラのそば、ベッドに再び腰掛けた。トラは彼女にとってまるで弟のような存在だ。

 少年と見紛うような外見の彼に甘え、聖職者ではなく一人の女に戻る。到底常人には理解しえぬ行為であろうが、彼女にとっては大事な時間だ。

「ま、あんまり顔は出さないほうがいいよ。相手はヤクザだよ。なにされるか分かったもんじゃないよ」



 宴会場で、飲んで歌っての大騒ぎが終わった後──ライタは数人の娼婦達を連れ、この娼館の離れへと移り、全員をたっぷりと悦ばせた後、ガウンを羽織り、開け放った窓の外を見ながらワインをあおっていた。

 派手な事は好きだ。今日もこうして大騒ぎをして、大蛇のライタここに有りと知らしめてやった。それはそれでよい。

 しかし、これでよかったのかと思う日が無いでもない。おそらくはこうした無頼の人生を歩むことになったのは、他ならぬ親父への対抗心に他ならぬ。

「偉大なるビッグボスが亡くなられましたぞ、若」

 しわがれた声が響く。暗がりに、銀色の長髪に髭を蓄えた老人が立っていた。

「リンクスか。親父の腰巾着が俺に何の用だァ?」

「その親父殿が亡くなられたと申しておるのです」

 ライタは一瞬なんのことやら理解が及ばなかったが、笑みとともに全てを理解した。

 親父が死んだ。裏社会の伝説が終わりを告げた。

 思えばつまらぬ親父であった。秩序だ団結だなどと、くだらぬ理屈をこねくり回すだけの腑抜け親父。それが伝説の男だのビッグボスだの呼ばれているのだから分からない。

「で、俺にどうしろって?」

「ビッグボスは、あなたのことを頼むと遺言を。このリンクス、あなたの手足となり、働く所存です」

「つまり、何か? 俺のことを監視するってかァ? 親父の代わりによ」

 ライタは意地の悪い質問を老臣へと浴びせて、獣のように笑みを浮かべた。

「なんと呼んでいただいても構いません。わたしはビッグボスの遺言と、ファミリーの伝統を守るだけです。すなわち、あなたが次のビッグボスとして相応しい存在となる手助けをすることがわたしの仕事なのです」

「勝手にすりゃいい」

 ライタはガウンを脱ぎ捨て、スーツへと手を伸ばす。スーツは、ぐったりとベッドに転がったままの娼婦が下敷きにしてしまっていたのだった。

 ライタは娼婦の脇に手を入れ、なんとそのまま持ち上げながら抱きかかえ、キスをした。ぐったりとしていた娼婦は自分の体が宙に浮いているのを見て驚きのあまり目を丸くした!

「‥‥悪い娘だ。俺のスーツがしわくちゃだ」

「も、申し訳‥‥」

 ライタはベッドに再び彼女を投げ出すと、問答無用で彼女の頬を張った!

「運が良かったなァ。機嫌が悪けりゃ‥‥殺してたぜ。気をつけなよ」

 ライタはそれで女への興味を無くし、自らのスーツを身につけた。どうやら、自分にも運が向いてきたらしい。

「リンクス。幹部連中を集めろ。‥‥俺が二代目ってことを、知らしめなきゃならねえなァ」



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