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必殺断罪屋稼業  作者: 高柳 総一郎
★拝啓 闇の中から囮が見えた
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拝啓 闇の中から囮が見えた(Cパート)





 レドにはちょっとした楽しみがある。

 仕事──もちろん表稼業の傘屋のほうだ──が一段落ついた後、東地区に点在する飲み屋街に移動し、一杯やるのだ。とはいえ、酒を始めたのは去年からというレドにとってみれば、ワイン一杯チーズひとかけらという、贅沢にもならぬ贅沢が関の山であった。

「よう。元気か」

 突如声をかけられても、彼は気にせずワイングラスを傾け、ちびりと舐めた。

「相変わらずつれねえ野郎だ。こっちは元気かって聞いてんのによ」

「元気だと言えば満足か、ジョセフ」

「そうだよ。俺はビジネスパートナーの事がいつも気になって仕方ねえのさ──オヤジ、同じものを頼む」

 カウンターの奥から、つるりと禿げ上がった親父が威勢よく返事するのが、レドの耳にも入った。ジョセフはそんな彼よりふた周り年上の男であった。あごには無精ひげ。無骨に撫で付けたこげ茶の髪。目深に被ったソフト帽を外し、スツールへと腰を落とす。妙に大荷物で、背負っていたリュックを重そうに降ろした。

「お前もこんな場所に来るんだな。意外だぜ」

「ああ。たまには酒も呑みたくなる」

「そうかい」

 年上の同業者は、それ以上何も言わず、静かに酒を飲み進めた。彼はイヴァンに今も数人いる、一匹狼としての殺し屋レドへの仲介人の一人だ。彼とレドは協力関係にあるが、深くは立ち入らない。お互い、余計な詮索や迷惑を避けるためである。

「こないだの依頼、どうだった。請けたのか?」

「断った」

 レドは間髪入れずに言った。両親を殺された少女アスカ。あの少女の演技は良く出来ていたが、恐らく何か嘘が紛れている。レドは依頼の中身にこそケチをつけないが、依頼自体に嘘が紛れている事を許さない。

「あんたがあんなのを寄越すとはな。腕が鈍ったな。……目が濁ったって言ったほうがいいのか?」

「酒が入ると言い様がきついじゃねえか。いや、あれは確かに俺のミスだった。……しばらくよう、イヴァンを離れることにする。お前もそうしたほうがいいぜ」

 ジョセフは妙に落ち込んだ様子でそう言った。意外であった。彼は軽口ばかりの男ではない。仕事に対し、常に真剣な男であった。こと、ミスなど許したことはないし許さないだろう。それが簡単にミスを認め、あまつさえイヴァンを出るなどと。

「アスカって女の依頼をお前に回した後なんだが、うちに憲兵官吏が二人連れで来やがった」

「何?」

「安心しろ。俺もプロだ。仕事についてはごまかしたし、お前の事は話してない。……それだけだ。警告はしたからな。あばよ」

 ワインをぐいと飲み干すと、銅貨四枚を代金に置き、嵐のようにジョセフは去っていった。レドはワインをまたちびりと舐めると、ジョセフの言葉を繰り返していた。アスカという女が憲兵官吏とつるんでいる。殺し屋をあぶり出すために。話の筋は通る。

 だが、一体何のために。

 わざわざそんなことをすれば、闇の世界の人間に睨まれるだけだ。その憲兵官吏とやらも長くは生きてはいけないだろう。謎は深まるばかりであった。胸騒ぎがして、レドは立ち上がった。まるで石の下に隠れる虫が、太陽に晒されたような気分であった。

 彼は勘定を早々に済ませると、自らが身にまとう着流しと同じ、暗闇へと身を投じ、姿を消した。






 ドモンとジョウが会ったのは、事件から二日が経ったころであった。西地区にある喫茶店『やすらぎ』。ここの常連と宣言するドモンを、ジョウが二日ぶりに見た印象は、妙にやつれているように見えるな、というものであった。

「見つからないんですよ、犯人」

 ドモンは開口一番そういった。

「確か、他の憲兵官吏の旦那と組んでるんだっけ?」

「そうなんです。いやこれがもうむちゃくちゃなんですよ。マエバラさんってんですけどね。とにかく、片っ端から変なやつを当たる当たる。何にも教えてくれないんですけどね……流石にもう分かっちまいましたよ」

 そういうと、ドモンはコーヒーをずず、とすすってから、ジョウに顔を近づけ、耳打ちした。

「多分、マエバラさんが当たってんのは僕達の『お仲間』です。一体どこをどうやったらあんなに正確に当たれるのか分かりませんが……」

「そりゃ二本差しの旦那も災難だね。一体何の事件なのさ」

 ジョウもまた、コーヒーカップを持ち上げコーヒーを飲んだ。なかなか良いコーヒーだ。豆もこだわっているようだし、煎り方も凝っている──。

「キノミ屋の夫婦が殺された事件ですよ。確かに残虐な事件でしたけどねえ。こちとら給与の半分がかかってんですから、どうにかしないと……」

 思わずジョウは芳醇なコーヒーを霧吹きの如く吹き出してしまった。台無しである! 慌てて飛んできた従業員がナプキンを持ってきてくれたが、ジョウにしてみればそれどころではない。従業員が去った後、彼は慌ててドモンに本題を述べた。

「旦那。実は僕とアリーも元をたどれば同じ依頼を請けたんだ。キノミ屋殺しの犯人を探して殺して欲しいって。もっと言えば、レドも請けてる」

「そりゃ話が早くていいですねえ。いやこっちも手詰まりで参ってるところなんですよ。あんた達の手を借りられれば、あんなやり方じゃなくても済みますからね」






 マエバラのやり方は、ドモンから見れば異常とも言うべきものであった。どこから仕入れてきた情報なのか知らないが、彼はまず容疑者──それも明らかに闇の世界の人間に──犯人かどうかを尋ねるのだ。当然、相手は知らぬ存ぜぬを貫き通す。

「本当に知らないのか?」

「知らん。貴殿の人違いではないのか」

 その日に当たったのは、傭兵くずれの剣士であった。ドモンも何度か噂を聞いたことがある、凄腕の傭兵であり──裏の世界でも殺し屋として何度か活動したことがあるという男である。腰に帯びた剣の柄に手を載せているだけで、僅かに殺気を発しているのが分かる。相当の手練だ。

「ならお前は、キノミ屋夫婦を殺した犯人ではないと。そういうことだな」

「くどいな。知らぬと言っておろう」

「お前が金を貰って人殺しを請け負っているのは知っている」

 そして、さんざん疑った後、マエバラは決定的に『事実』をつきつける。殺し屋稼業の種類は様々あるが、根本はほとんど似通っている。

 正体を知られれば、相手を殺さねばならない。それがたとえ肉親兄弟であっても。そしてドモンの目の前で、傭兵は殺し屋の正体を表し、刃を押し出しギラリと抜いた。マエバラもまた抜いた。人気のない裏路地の奥、人通りはほぼ無い。憲兵官吏を殺せば重罪、死刑は免れぬが、男は止むを得まいと判断したのだろう。殺気をまるで散布するように発しながら、腰を深く落とし切っ先を伸ばす。一方マエバラは剣を握った手をだらりと降ろしたまま動かぬ。やがて、傭兵のほうが彼の周りをじりじりと移動し始める。隙を伺っているのだ。しかしこうなれば、格付けは済んで締まったも同然である。

 鋭い気合の声と共に、傭兵は剣を振りぬいた! が、マエバラが切り上げた剣が刃を止め、鍔で競り合う。殺気と殺気がぶつかり合う。刹那、マエバラは手首を捻じり、刃を絡め取り、傭兵の剣を手から離させた! 直後、何の躊躇もなく、マエバラの刃は傭兵の腹を貫いた! 物言わぬ死体と化し、膝をつく傭兵。マエバラは相対した剣士に敬意も無く、肩に足をかけると、刃を強引に引き抜く。返り血が飛び散り、マエバラの白いジャケットをまだらに濡らす。

「こいつも、違うか……」

 立ち尽くすマエバラに、何もせずただただ様子を見ていたドモンが、おずおずと彼へと話しかける。

「何も殺さなくても」

 傭兵の事は噂くらいでしか知らぬドモンも、それくらいの同情を向けるだけの良心は残っていた。たとえ肉親が殺されようと、殺し屋は殺し屋でいなくてはならぬ。同業者を自分の利益以外で助けることなどありえない。それでもマエバラの行為に異議を申し立てねばならぬと、彼は考えたのだ。

「ドモンさん、あんたも見ただろう。こいつは殺し屋だ。それも俺に手向かってきた。剣も抜いた。だから俺は殺さざるを得なかった」

 マエバラはそれだけ述べ、剣にべっとりとついた血を、傭兵の服で拭うと、剣を納めた。これを、彼は一日に数人に繰り返した。自身が手傷を負ったこともあるが、大抵は相手を殺しきったのだ──。





 

 マエバラは自分が血の臭いを漂わせている事に気づいた。何人も殺し屋と剣を交えたが、この臭い以外に何も産まなかった。彼は相棒を不本意な形で失った。自分が生きている価値など無い、と知るに至った。だが、死ねない。

 人間というのはおかしなもので、死にたくても自分で死ぬことは怖いのだ。誰かが自分の命を、身勝手にかっさらうことを期待する。マエバラはまさにそんな人間であった。

「ああ。おじさん。どうですか?」

 ごろりと床に寝そべりながら、アスカはのんきな調子でそう言った。相変わらず何も無い部屋だ。キノミ屋は正式に閉店が決定し、先日店の掃除が済んだこともあって、本当に何もない。両親と妹を祀った祭壇の前に、アスカだけが転がっているような状態だ。供え物は既に無く、ろうそくも消えていた。

「どうですか、だって? 見れば分かるだろ。まだ生きてる」

「そりゃ残念でしたね」

 マエバラは懐から羊皮紙を一巻き取り出すと、広げてみせた。名前の書かれたリスト──全て、闇の世界に生きる後ろめたい者達。何人かは、マエバラが手を下したことで名前に線が引かれていた。

「随分やりましたね」

「まあな。仕事の一環でやる分には問題ない。相棒に付けられた奴も無能だから何も言いやしないしな」

「そうですか。おじさんはいいですね。たくさん殺せて」

 アスカは寝そべりながら、さらりとそう言いのけた。おもむろに立ち上がると、別の部屋への扉を開けた。窓のない部屋。椅子が置かれ、縄で縛られ座らせられた男。黒い袋を取ると、ぐったりとした男の顔が現れる。無精髭に、茶髪をなでつけた男──ジョセフだ。

 アスカは赤錆びたナイフを取り出すと、刃を指でなぞりながら、ジョセフに尋ねた。殺し慣れている。ジョセフはそう直感すると、目の前の少女に恐怖した。こいつは殺す。振りではなく、本当に殺す。それどころか、何度も手を下してさえいる──。

「仲間になって欲しいんです」

「なんだって?」

「おかしな話だと思うかもしれませんが、私とこっちのおじさんは、仲間なんです。おじさんは殺しがいのある人に殺されたい。私は、殺しがいのある人を殺したい」

 生存本能が過剰に働いたせいか、ジョセフの脳内には電撃的に何かが繋がった。この憲兵官吏は見覚えがある。そしてこの少女も。形は違えど、キノミ屋殺しの犯人を探していた。風の噂で『殺し屋を殺し回っている憲兵官吏がいる』とも。

「周りの普通の人を殺すと、簡単なんですけど大勢の人が動くんで面倒なんですよ」

 アスカは包丁の柄をくるくる回しながら、まるで世間話を始めるように言った。

「妹の時も両親の時も、葬式だなんだの可哀想だの何だの、本当にうっとおしいったらありゃしないんです」

 ジョセフは己の思慮の浅さを後悔せざるを得なかった。怪しいとは思ったが、その怪しさの根源までは見抜けなかった。

「で、あなた達みたいな裏の世界の人間は、突然消えても誰も文句を言わないじゃないですか」 

「だから俺も殺すのか」

 少女は笑みも浮かべず、淡々と条件を述べた。

「いうことを聞いてくれれば考えますよ。それで、相談なんですけど……あなたが紹介してくれた『一本傘』の若い殺し屋さん。──ここに呼び出してもらえませんか」


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