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必殺断罪屋稼業  作者: 高柳 総一郎
★拝啓 闇の中から囮が見えた
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拝啓 闇の中から囮が見えた(Bパート)



「話は以上だ。解散したまえ」

 憲兵団現場トップ、筆頭官吏のヨゼフは、自身のたくましい顎を撫でながら二人の憲兵官吏に告げた。流れるような銀髪に、有無を言わさぬ怜悧な瞳、ともすれば美形にも見えそうな形であるが、顎で全てのバランスが崩れ、台無しになってしまっている。

「はあ、その」

 二人の憲兵官吏の内、マエバラは特に異論を唱えなかったが、もう一人──ドモンはおずおずと手をあげた。

「何だい、ドモンくん。話は今終えたろう」

「や、それは小官も理解しております。しかし、被害者が亡くなっていたのは他でもないマエバラさんの管轄ではありませんか。そのう、僕も犯人の捕縛のため捜査を行なえというのは、いかがなものかと」

 ヨゼフはマエバラに対し、小さくいってよい旨を告げた。マエバラは従順に再び礼をすると、ヨゼフの執務室を後にした。

「……扉はしまっているかい」

「はあ、そのようです」

「いいかい、ドモンくん。……マエバラくんは、有能な憲兵官吏だ。……君と違って」

 ヨゼフはため息をつきながら、実にいやみったらしくそう述べた。彼とドモンは三つほどしか変わらない。出世欲に正直で、権力に弱い彼は、憲兵団のお荷物であるドモンを目の敵にしているフシがあるのだ。

「なら、なおさら僕のようなのが周りをうろちょろするのはいただけないのでは」

「あのね。話は最後まで聞くこと。これ、簡単だよね。とにかく、マエバラくんは優秀だ。腕っ節だって強いし──できればずっと抱えておきたい人材だ。本人もそれを希望してた。……ちょっと前まではね。君も覚えてるだろ」

 ドモンも、流石に苦い顔をした。憲兵官吏全員の記憶にあたらしい──そして惨たらしい事件であった。三ヶ月前、マエバラが組んでいた同僚の憲兵官吏が、とある連続殺人事件の捜査中斬られたうえ、水路に突き落とされて殺されたのだ。

 徹底的な捜査が為されたが、犯人はわからなかった。

 そのうち、他の事件が頻発する中、その憲兵官吏の事件は後回しにされていき、そして忘れ去られた。イヴァンは広く、毎日大小様々な事件が起こる。優先度の高い事件を捜査していけば、しかたのないことであった。

「相棒が死んでから、危なっかしくてしょうがない。見た感じは普通だよ。でも報告を読むたびに首をかしげざるを得ないよ。正直、死にに行っているようなものだ」

 死にたがり。マエバラについてまわるアダ名が、それであった。剣を抜いて斬り合いとなった喧嘩の仲裁に、自らも飛び込んでいって手傷を負うのは当たり前。ひどい時は、駐屯兵の手すら借りず、一人で盗賊団の捕縛に向かったこともあった。明らかに手が余る事案でもお構いなしである。

「で、僕が捜査を手伝う事と、どんな関係が」

「しばらく、彼が無理をしないようにくっついておくんだ。ああ、一応釘を刺しておく。もし、彼の足を引っ張るようなことがあったら」

「はあ」

「来月の給与を半分にする。じゃ、いってよし」

 まるで、鉄の棒でぶん殴られたような衝撃であった。給与が、半分。そのようなことがティナやセリカの耳に入れば。ドモンの背中に怖気が走った。






 イヴァン南西地区、崩れかけの廃教会。

 外側こそ既に朽ち果てて久しいが、中は存外に綺麗である。ここの住人──不法占拠者、と言い換えても良い──シスター・アリエッタが、自分の住処とするために修繕と改造を繰り返し、なんとか住むのに困らぬ程の設備を手に入れるに至ったのであった。

「じゃあ、元をたどればアリーも同じ依頼を請けたってこと?」

 つなぎ屋のジョウは早速協力者を募るために、一番の適任者であるアリエッタを頼りに教会にやってきたのだった。

「ええ。無念そうに差し出されたこのお金。私は断罪の依頼と確信しました。あなたのお金と合わせて金貨三枚。充分なお金でしょう」

 彼女もまたジョウと同じく、弱き人々の復讐を金で請け負う、断罪人の一人である。二人は今、腐りかけの木のベンチに腰掛け、間にソーサーに載せた紅茶のカップと、クッキーでささやかなティータイムと洒落こんでいるのだった。

「じゃ、やっぱりあの子の依頼は間違いないよね。全く、レドったら訳の分からないことを言うんだから」

「訳の分からないとは?」

 彼女はジョウの持ってきたクッキーを茶菓子に、カップに注がれた紅茶を口に運ぶ。その所作は体格に似合わず、乙女の如く優雅。そして胸は豊満であった。

「レドも、依頼を請けたらしいんだ。断罪人ってより、『一本傘』としてね。よりにもよって、依頼人の女の子の目が本気じゃないとかいう理由で断ったってんだよ。どうかしてるよ」

 ジョウはいらいらとクッキーを口に放り込み、ザクザクとそれを噛み砕いた。レドはどんな時でも冷静で、言い換えればスカしている。ジョウは時折、そういう態度が気に食わないと考える時があるようだが、彼と一回り年上のアリエッタはそう考えない。

 彼の性格はともかくとして、実力や見る目は確かなはずだ。何か、理由があるのではないのか。

「レドの言い様は確かに気になりますが、あの夫婦の無念は確かに存在したものです。ドモンさんにも伝えて、一体誰が二人を殺したのか……それを確かめねばなりません」

 ジョウはよしきたと紅茶を飲み干し、クッキーを口に二つ放り込むと、さっそくベンチから立ち上がり、教会を後にしていった。





 帰宅するドモンの足は重かった。

「やですねえ……なあんか嫌な予感がするんですよねえ……」

 ドモンの自宅には、明かりが点いていた。借金を作ってこしらえた離れの方にも明かり。現在、離婚して出戻りの妹・セリカが戻ってきているのだ。帝国魔導師学校の教授という職業だけに、最近は学校で寝泊まりすることも多いのだが、いるとなると問題だ。生真面目な性格の彼女は、不甲斐ないドモンの事を何かとイビってくるのだ。そして、そんなセリカを尊敬しているのが妻のティナ。もともと父親がドモンの上役の筆頭官吏だったこともあり、なにかにつけて比べてくる。激情家で、怒声を浴びせてくることもたびたびだ。たまにこうして、ドモンは自宅の前で、家に入るのを躊躇したりするのだ。

 今日彼がこうなってしまうのも無理はない。マエバラの捜査にうまく協力し、犯人を挙げなければ給与が半分になってしまう。それがもし、二人の耳に入っているとすれば。

「あなた? そのようなところで何をしてらっしゃるんですか」

 ちょうど玄関のドアを開け、姿を現したのはティナであった。大きなリボンで髪を束ね、大きな瞳に小柄な体躯は、小動物を連想させる。しかし油断してはならない。彼女にはかつて鬼と呼ばれた憲兵官吏、ガイモンの血が流れているのだから……。

「や、その。ただいま戻りました」

「おかえりなさいませ。今日は義姉様があなたの好きなシチューとくるみパンを作ってくださいましたよ」

「それはそれは! ……ところで、ティナ。君、何か怒ってませんか」

 ティナは首をかしげながら、夫の疑問に応える。

「特には、何も怒っておりませんが」

「じゃあ、セリカは」

「たまにはあなたの好きなものをお作りしないとと張り切っておられましたわ。……あなた、どうかいたしましたの?」

 ドモンはほっと胸を撫で下ろすと、何でもないと言った風にぶんぶんと手を振った。

「お兄様、おかえりなさいませ。はやくしないとシチューが冷めてしまいますよ」

 セリカの声が家の中から響く。怒っていないのなら、今のうちに入って機嫌を損ねない方が良い。ドモンはそう判断し、そそくさと家の中へと入っていった。ティナはそんな夫の後ろ姿を見ながら、何か変だと首をかしげるのであった。

 






「可哀想にねえ」

「全くだ。天涯孤独の身だろう」

「キノミ屋もこれで仕舞いかねえ」

 遠くから、そのような声が届いた。両親の葬式は、食料品ギルドのギルド長主導のもと、つつがなく執り行われた。後には、祭壇に飾られた小型十字架と、火葬の済んだ骨壷が二つ。アスカはそれを、暗い部屋の中、じっとただ見つめていた。彼女にとって、死は身近な存在であった。鳥や牛豚、魚に植物。食料品店では、そうしたものから命を奪い、商品にする。

 ろうそくの炎が揺れ、彼女の漆黒の瞳に映る。アスカが炎に手を伸ばすと、音も無く炎が消えた。まるで両親の命がこの世から消え去ったように。

「……邪魔だったか」

 剣を手に携えながら、男は後ろから声をかけた。白いジャケットを羽織った憲兵官吏。マエバラであった。

「おじさん。来てくれたんですか」

「まあな。葬式は終わったのか」

「ええ。案外、大したことはなかったです。なんかギルド長の人がうっとおしかったですけど」

 アスカは淡々とそう述べ、再び『両親』に視線を戻した。広い家の中、たった二人。三ヶ月前死んだ妹も、昨日死んだ両親の姿も、もはやこの家の中にはない。

「相変わらずだな。お前、家族がいなくなったんだぞ。もっと悲しそうにしたらどうだ」

 マエバラはもっともらしいことをアスカに言ってみせたが、アスカはどこ吹く風である。マエバラと彼女との付き合いはつい最近始まった。彼らは偶然お互いの正体を知り──自分たちの目的を、二人ならば果たせることを悟ったのだ。

「それで? 頼んだのか」

「頼みましたよ。店のお金を使って、片っ端から頼めるところは頼みました。情報屋と依頼料、占めて金貨八十枚。おじさん、か弱い女の子にこれだけのお金を使わせたんです。裏切りはやめてくださいね」

「悪い冗談だ」

 マエバラは苦笑してから、アスカの隣に座った。

「ここからが肝心だ。まだ半分もできちゃいない」

「そうですね」

 アスカは僅かに笑った。マエバラはその笑顔を見て思う。得体のしれぬ少女だ。そしてそれは、自分も同じ。通常の人生から決定的に外れ、そして戻れぬところに来てしまったはぐれ者。

 ならば、前に進むほか無いのだ。マエバラは思う。この少女とともに、自分は地獄に堕ちる。それもまた、一興だろう。

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