悪鬼襲来 6
エルネストはノーマを槍で突き、振り払うと、今度は横からきたバモスをなぎ払った。
「はあっ、はあっ」
息をつく間もなく次から次へと襲ってくる魔物の群れに、彼の体力は著しく消耗していた。それは近くで戦っているアーニャやリュードも同様だった。アーニャの矢は尽き、今は細身の剣で敵と戦っている。リュードも魔法の力を使い果たしてしまったようで、魔導書の代わりにその手には剣が握られていた。
ノーマたち低級の魔物らと比べれば、一人一人の戦力は、騎士たちのが高い。しかし、なんといっても数が向こうのが圧倒的に多い。絶え間なく攻撃をされていては、当然騎士たちの消耗は激しくなるばかりだった。他の隊でも同様のことが起きていて、戦況は次第にユクサール天馬騎士団側が不利となってきていた。
「このままじゃ、どう考えてももたないわ!」
「本当です! 僕はこのままだと死んでしまいます!」
アーニャとリュードがたまらず悲鳴をあげていた。エルネストは彼らを助けてあげたいと思いながらも、自分の戦いで手一杯なことが悔しかった。
「耐えろ! きっと団長たちがなんとかしてくれる!」
エルネストは叫んだ。それは、彼自身の願いでもあった。
そのとき、エルネストにバモスが三匹も固まって襲いかかろうと向かってきた。さすがのエルネストも、その事態に対処する手だてを講じることができず、もう命はないかもしれないと恐怖を感じた。
(くそ! こんなところでおれは死ぬのかよ!)
疲労で重くなった腕をあげ、槍を振るおうとしたその瞬間、彼の目の前を黒いものがものすごい勢いで通り抜けていった。
「え……っ?」
いつの間にか、彼の前まで迫っていたバモスたちがその姿を消していた。どこに消えたのかと辺りを見回し、自分の命を救ったものの正体を彼は見つけた。
「オドネル副長!」
黒き鷹との呼び名をもつ、ユクサール天馬騎士団の双璧のひとつである男の姿が、エルネストの左手の先にあった。そして、鮮やかな槍さばきで、一気にバモス三匹を倒した彼が、悠々とエルネストらのいる方向へと戻ってきた。
「だいぶ苦戦しているようだな」
「副長。助けていただき、ありがとうございます。しかし、お察しのとおり、おれたちもそろそろ限界ってところまできてまして……」
オドネルの声に安心したのか、エルネストはつい弱音を吐いてしまっていた。ずっと張りつめていたものが緩んで、本音が出てしまったようである。
「そうだな……。もうここは、一時退却もやむを得ない。体制を整えてから再び戦うのが上策だろう」
その言葉に、エルネストは思わず頭をブルブルと振った。
「いけません! 今ここでおれたちが退却してしまったら、モーニス村は魔物の手に落ちてしまいます! レピデ村のような悲劇を、もう繰り返してしまってはいけません。そのためのユクサール天馬騎士団じゃないんですか!」
エルネストの言葉に、オドネルは少し驚いたような顔をした。
「モーニスの村人たちは、もうすでに遠くへと避難しているはずだ。村が占拠されてしまうのは痛いが、それだけで済んだと思えばいい。すべて無傷な戦などない。無情かもしれないが、ここは一旦退くのが常套の手段だ」
「そんな……! おれたちは、またたったひとつの村も救えずに帰らなければいけないんですか! あのレピデ村の悲劇をもう繰り返さないと、おれたちユクサール天馬騎士団は誓ったんじゃないんですか! なんのために今までおれたちは……」
「エルネスト!」
ぴりっと空気が静まりかえるような声色だった。黒き兜の下の瞳が、厳しさを増し、無言の圧力を見るものに与えていた。
「それ以上言うな。そんなことは嫌というほどわかっているんだ。……だが、おれたちは選択しなければいけない。それを間違えれば、すべてが無駄になってしまうんだ。この言葉の意味、わかるな?」
エルネストの胸に、その言葉は重すぎるほどに響いた。すべてを救うこと、それは理想だ。だが、現実はそんな理想に添って動いてはくれない。だから、少しでもいい方向を見つけるために、自分たちは選択をしていかなければいけないのだ。
そのために、なにかを捨てるのはつらい。けれど、それをしなくてはいけないときがある。きっと、それが今なのだろう。
「……わかりました。それが最善だというのなら、従います」
込み上げる涙を寸でのところで堪えながら、エルネストは言った。
(悔しい。おれにもっと力があれば……。どんな魔物にも負けないくらいの力があれば……)
エルネストは文字通り涙を呑んで、オドネルの指示に従った。
九章終了です。お疲れ様でした!
明日より、第二部十章~終章まで毎日更新します。
よろしければ、最後までお付き合いください。




