悪鬼襲来 5
その親の仇が目の前に再び現れたのだ。一気にはらわたが煮えくりかえり、憎しみが身のうちに充満していく。
あとからあの村に現れた魔物のことを調べ、ダムドルンドの世界において大きな地位にあるディアブロという魔物だと知った。オーガという人食い鬼の魔物に近いが、それよりも個体は大きく雄壮である。以前ディアブロが出現したときは、セレイアの女王に聖王がディアブロをダムドルンドへ送還させるよう嘆願し、脅威は去ったようだが、今はセレイアへの道自体が閉ざされている。聞いた話によれば、女王は世界を維持するための力を失ってしまったようである。
魔物の脅威に神の力を頼れないとなると、もう自分たちの力で危機を乗り越えるしかないということだ。
戦わなければならない。両親を無惨に殺したこの魔物と。
「エレノア!」
そのとき遠くの空で戦っていたはずのオドネルが、エレノアの異変に気づき、近くまできていた。そして、ディアブロの存在に気づき、驚愕の表情を浮かべていた。
「あの魔物は――っ!」
「オドネル! あいつは私の両親を殺した仇だ! あいつだけは私がこの手で討ち取る! 他の敵のほうは任せたぞ!」
エレノアはそう言うと、さっと空中を駆けて敵の陣中に向かっていった。
「無茶だ! エレノア!」
オドネルが止める声も聞かず、エレノアは真っ直ぐにディアブロに向かって直進した。
エレノアは思っていた。
(もうあのころとは違う。私は戦う力を手にした。泣きながら両親が殺されるのを見ているだけだったあのころとは違うのだ。私は逃げない! やつをこの手で討ち取ってくれる!)
目の前にいる角の魔物は、向かってくるエレノアを冷ややかに見つめながらも、微動だにしなかった。天馬に似た魔物が懸命に翼を羽ばたかせているその上で、傲然と空中に漂っていた。
「死ね! 魔物め!」
エレノアは風のような速さでディアブロに迫る。他に向かってくる魔物をすばやく蹴散らし、槍を目標に向かって真っ直ぐに突き出す。
その槍が魔物の胸に届くかと思ったそのとき、
ギィン!
ディアブロの豪腕がうなりをあげ、その手にしていた長刀で、エレノアの槍をはじいた。
エレノアはそのまま魔物の後方へと駆け抜けていったが、果敢にも再び舞い戻り、ディアブロに向かっていった。
それから、激しい斬り合いが続いた。金属音が響きあい、火花が散る。
ユクサール天馬騎士団随一の槍の技が惜しみなく繰り出され、ディアブロに襲いかかっていた。しかし、ディアブロはそれをいともたやすくはじき返していた。
見かねたオドネルがエレノアに加勢しようと近づくのを、エレノアが気づいて言った。
「オドネル! 邪魔をするな! こいつは私が殺す! 私自身の手で!」
「そんなことを言っている場合か! エレノア! こいつはきみ一人の手に負える相手じゃない! 現にこれだけの攻撃を加えているというのに、やつはまるでこたえているようには見えない!」
オドネルは他の騎士がいる前ではエレノアに敬語を使っているのだが、このときばかりはそんなことも気にしていられなくなったようである。そして、彼の言葉通りエレノアの攻撃を軽く受け流していたディアブロが、ついに反撃に出ようとしていた。
一瞬でそれを察したオドネルが、エレノアの言を無視してディアブロに近づいた。
「くらえ!」
エレノアが己の槍を突き、ディアブロの脇あたりにそれが命中するかと思ったそのとき、ぐんっとエレノアの槍が強烈な力で止められた。寸でのところでディアブロが素手でその槍を掴んで止めたのだ。それに面食らっている彼女の頭上に、黒いものが襲いかかろうとしていた。
「させるくあああっっっ!」
ゲィン!
大きく火花が散った。オドネルが必死にディアブロの攻撃を剣で受け止め、エレノアの頭上ギリギリのところで止めていた。
その隙にエレノアは逃げ、それを確認したオドネルもなんとかディアブロのそばから距離を取った。
オドネルは額に脂汗を滲ませ、ビリビリと痺れる手の感覚に、はっきりと恐怖した。エレノアはといえば、いまだ闘志に燃えていて、いまにもディアブロに再び向かっていきそうな勢いである。
「エレノア! 駄目だ! さっきのやつの攻撃を見ただろう。あれは一筋縄で倒せる相手ではない! 逸って突っ込んでいけば、逆に討ち取られてしまう。お前はユクサール天馬騎士団の団長だろう! お前がいなくなれば、騎士団は瓦解する! こんなのはお前らしくない。戦況を考えるんだ!」
オドネルの叫ぶ声に、ようやくエレノアは、はっとした。途端に視界が広がり、周囲で懸命に戦っている仲間の存在に気づいた。
「……ああ、私としたことが……」
彼女の言葉に、オドネルも声を静めて言った。
「仇を取りたいのはわかる。だが、ことはそれだけではない」
「そうだ。敵はディアブロだけではない。みなが必死に魔物たちと戦っているんだ。それを無駄にするようなことだけはしてはいけない」
エレノアの瞳に落ち着きの色が戻ってきていた。その様子に、オドネルもほっと胸を撫で下ろす。
「とりあえず、ディアブロへの対策も考えなくてはいけないが、全体が今どんな状況かも把握しなければいけないな。オドネル。各隊の様子を見てきてくれ。そして、作戦を考えよう!」
オドネルは大きくうなずくと、黒き天馬を上に向かって飛翔させていった。




