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そして世界に竜はめぐる  作者: 美汐
第九章 悪鬼襲来
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悪鬼襲来 4


     *




 オドネルと山の秘密基地で遊んで村へと帰ったあの日、平和だったはずの村は変貌していた。

 そこには魔物たちが跋扈し、村の家々は赤い火で燃えていた。そこらじゅうに村の人たちが倒れていて、エレノアたちは無事を確認したが、みなすでに息絶えていた。


「そんな……。うちはどうなっているんだろう。お父さん、お母さんは……っ」


 絶望的な思いに心が支配されそうになっているところを、オドネルが励ますように言った。


「見に行こう! まだ、大丈夫かもしれない!」


 その言葉に励まされ、エレノアは彼とともに両親がいるはずの自分の家に急いだ。

 魔物に見つからないよう、最新の注意を払いながら二人は進んでいった。あちこちで悲鳴や怒号が聞こえ、恐ろしさに二人とも足がすくみそうになりながらも、走るのをやめなかった。

 やがて、村の端にあるエレノアの家の付近までたどり着いた。そして、ちょうどその玄関から、武器を手にした彼女の両親が出てきていた。


「お母さ……っ」


 エレノアが叫んでそちらへ行こうとするのを、オドネルが彼女の口を塞ぎながら止めた。


「駄目だ……! 魔物が近づいている」


 オドネルが小声で言いながら、建物の陰へと彼女を連れていった。そうして、二人はそこから様子をうかがった。


「おのれ魔物め……! 罪もない村の人たちを殺し、建物を破壊した罪、許すまいぞ!」


 エレノアの父親だった。剣を両手で持ち、魔物に向かって構えている。その後ろには、こちらも短剣を手にした彼女の母親がじっと身構えていた。

 そして、魔物が両親に近づいたとき、建物で今まで見えなかったその魔物の姿がエレノアの目に飛び込んできた。

 ぎゅっと心臓が握りつぶされたような息苦しさを、その魔物を見た瞬間に感じた。初めて目にする禍々しさに、本能的な恐怖を彼女は感じていた。


 怖い怖い怖い! あんなのと戦ってはいけない!

 エレノアは思わず両親のところに駆けつけようと身を動かした。が、それをオドネルが強固な力で押さえつける。


「行ってはいけない! エレノア!」


「だって……! このままじゃ、お父さんとお母さんが!」


「駄目だ! 今出ていったら、きみまで殺される! じっと息を殺して、隠れているんだ!」


「やだ! 離して! 行かせてよ!」


「離さない! お願いだエレノア! 耐えてくれ!」


 オドネルの言葉に、エレノアは何度も首を振った。けれど、彼は彼女の腕をがっちりと掴んで離そうとはしなかった。エレノアはそこで、両親の危機を身もだえしながら見つめるしかなかった。


『ふふふ。小さき力しか持たぬ人間ども。それがなぜこのシルフィアを支配しているのか不思議で仕方ない。それよりも、我ら魔物がこの世界を支配することこそがふさわしい。そうは思わぬか? 卑小なる人間よ』


 大きな黒い体と黒い角を持つその魔物の迫力は、他の魔物とは比べようもないほどだった。そしてその魔物が他の辺りにいる魔物よりも高位に位置する存在であることを、無言のうちに示していた。

 禍々しい存在感が、圧倒的に他の魔物と一線を画していた。


「誰がそんなことを思うものか。このシルフィアはお前たち魔物の来るところではない。神がシルフィアとダムドルンドという二つの世界を創ったのは、それぞれがわかれて暮らすことが正しいと判断したからだ。その神意を無下にし、シルフィアを侵略しようとするお前たち魔物を許すことなどできない! この美しいシルフィアをお前たちなどに渡してなるものか!」


 エレノアの父親は、次の瞬間、地を蹴った。そして手にしていた剣を振りかぶり、その魔物へと振り下ろした。


 キィン!


 甲高い音が鳴り、クルクルと光が軌跡を空中に描きだした。グサリと刺さった地面から飛び出た刀身が、赤い炎の光を反射させて揺らめいている。

 魔物が己の得物を一閃させていた。長い柄を持つ黒き長刀。エレノアの父親が放った渾身の一撃は、その魔物にとっては児戯にも等しいものだったのだ。


『くっくっく。いくらあがこうが、力の差は歴然としている。神意がどうした。現実がすべてだ。この世のすべては魔物が支配するのだ。味わわせてやろう。我とお前たち人間との差を。そして絶望するがいい。その絶望こそが、我ら魔物の力となるのだ!』


 魔物が長刀に力を込める。それを見たエレノアは、涙に濡れた目を見開き、オドネルに手で口を塞がれたまま、くぐもった悲鳴をあげた。


 やめてーーーーーっっっ!


 鮮血が宙に舞い、両親二人の体もまた宙を舞っていた。二人の腹は同時に斬り離され、二人とも一瞬で真っ二つにされていた。

 魔物の一閃は、この世のものならざる力で満ちていた。


 絶望。きっと両親はその二文字を考える時間すら与えられなかっただろう。代わりに、娘であるエレノアにその二文字の言葉が刻まれた。

 あまりのショックに気を失ったエレノアを連れて、オドネルはそれから必死で村から逃げたのだった。




     *





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