悪鬼襲来 2
あるとき所用で城内の廊下をエレノアが歩いていると、正面から見知った顔が近づいてくるのが見えた。
「やあ、これはエレノア殿。この度は協力な援軍部隊を空軍に組み入れることに成功したようで。まずはその手腕に驚きましたぞ」
陸軍総大将のイシュアードである。よく日に焼けた顔は、彼の精悍さをより際だたせていた。
エレノアは複雑な心境で彼と対峙した。彼は以前合同軍議で、ユクサール天馬騎士団ら空軍が特別扱いを受けていることについて問題視するようなことを話していた。陸軍主導でその一端にユクサール天馬騎士団を組み入れるという案は、エレノアにはとても承服しかねるものだった。今の機動力、鋭敏性を失うことは、ユクサール天馬騎士団にとっても国にとっても大きなマイナスになる。エレノアはそう思っていた。
「イシュアード殿。今回の件で、ユクサール天馬騎士団率いる空軍は大いに増強をはかることがかないました。まだまだいろいろと訓練や打ち合わせなどは必要ですが、もう私たちは陸軍にお世話にならずとも兵力として一定の力を持ち合わせております。ですから、以前おっしゃっていたユクサール天馬騎士団をあなたの指揮下に置くという件ですが、そのことはこの場ではっきりとお断りします。ですが、今後も密に連絡を取り合い、互いに協力しあうことはこちらもやぶさかではありません」
直截簡明にそう言われ、さすがの剛健なイシュアードも、一瞬たじろいだ様子をみせた。
そしてその一瞬後、堰を切ったように、彼の口から豪快な笑い声が飛び出していた。
「あーはっはっはっは!」
その笑い声に、今度はエレノアが面食らう番である。なにか自分はおかしなことでも言ったかと真剣に考えていた。
「はっはっは。いや、すまぬ。あまりに明瞭な意見に、思わず笑いが抑えきれなくなりました。さすがは赤き旋風。言動も噂に違わぬものでありますな」
なにやらからかわれている感がして、少々憮然とした面持ちにエレノアがなりかけていると、再びイシュアードが言った。
「わかりました。あなたの手腕は確かなものだと今回のことで私も納得しました。確かに軍には組織力も必要ですが、あなたがたのような自由な部隊の機動力もこれから必要になってくるでしょう。以前議題としていた私の案は、取り下げることにいたしますよ」
にやりと口元に猛々しさを乗せて、イシュアードはエレノアを見つめた。その瞳に友好の光を感じたエレノアは、目を見開き、思わずがっと彼の手を両手で掴んだ。
「ご理解いただき、感謝します!」
力のこもったその握手に、イシュアードはまた違う意味で面食らっていた。
その知らせがきたのは、それから半月ほどが経ったころのことだった。
「また北の国境付近の村で魔物が発生したようです」
斥候に出ていた騎士が、訓練中のエレノアにそう申告した。
それを聞いてすぐに、彼女たちはその村へと向かっていった。天馬たちが背中に騎士を乗せて空へと次々に飛び立つ。いつもの雄壮な光景だが、そこには今までよりもさらに迫力が加わっていた。
飛竜である。
ユイハら飛竜部隊も、城にいたものたちは今回ユクサール天馬騎士団とともに現地へ向かうことになっていた。城には常駐していなかった村のものにも、知らせを飛ばして援軍を要請した。竜の民のその協力を惜しまぬ姿勢は、ユクサール天馬騎士団にとってこれ以上ない助けとなっていた。
そして、そこには飛竜のアカに乗ったニナもいた。子供に戦いをさせるわけにはいかないと最初はみなに止められていたものの、以前闇の穴を塞ぐのに貢献をしたことも事実である。ニナとアカの力は戦においてそれなりに役立つとの本人たちの主張を聞き入れ、今回一緒に討伐隊に入れることになったのだった。
「大丈夫なのか? これは遊びじゃないんだぜ」
エルネストが自分の天馬を駆りながら、近くを飛行するニナに声をかける。
ニナはエルネストのほうに顔を向けると、こくりとうなずいてすぐに前を向いた。幼さの残る顔には、彼女なりの真剣さが滲んでいた。
「ニナもこの世界を護りたいのよ。きっとお父さんのぶんも」
右側後方から、アーニャのそんな声が聞こえてきた。
ニナが父親とうまくいっていないらしいことは、エルネストもなんとなく察していた。保守派のリーダーであるナギリは、厳格なまでに人間との接触を絶っていたが、ニナはそれとは違って自由を愛している子供である。当然厳しい父親のもとにはあまり寄りつかなくなり、結果村長の家に入り浸るようになったらしい。サトが複雑な表情でそう話していた。
ニナとユイハはそれとは逆に仲が良い。懐いてくるニナと楽しそうにじゃれあうユイハ。二人の姿は、歳の離れた姉妹のようでもあった。
だが、本当の父親はナギリである。本来ならナギリとともにあるべき娘が、父親と離れて行動をしている姿は、なんとなく腑に落ちないものがあった。
エルネストはぎゅっと自分の下唇を噛み締め、前方の遙か彼方を見つめた。




