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そして世界に竜はめぐる  作者: 美汐
第九章 悪鬼襲来
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悪鬼襲来 1

 それから村長の家でユイハたちも含めた話し合いが持たれ、正式に竜の民はセイラン国に協力することが決まった。

 結局、予想通りナギリ以外の保守派だったものたちも、世界の危機に立ち向かうために人間たちと協力することに賛同したのだ。ナギリだけはそこに入らなかったのは残念だが、村のほぼ全員の賛同が得られたことで、村長もユクサール天馬騎士団の申し出を受け入れたのだった。


「結局、ナギリを説得することができなかったことは残念だ」


 セイラン国王都にあるユクサール天馬騎士団の駐屯地の武器庫で、エレノアは自分の武器である剣や槍を手入れしながらそんなことをつぶやいていた。冷たい石の壁に囲まれた部屋の中で、木の椅子に座る彼女はどこか寂しげである。


「仕方ないことだ。あいつの心情を思えば、やむを得ないだろうよ」


 そう言ったのは、頭に獣の耳を生やした獣人族の女性であるユイハだった。彼女は村を一旦離れ、しばらくユクサール天馬騎士団と生活を共にしていた。今後互いに協力体制を取っていくということで、互いの情報などを密にし、連携して北の脅威に対抗していきたいというユイハからの提案だった。

 もちろん、エレノアたちがそれを断る理由もない。ユイハと他数十人の獣人族と彼らの騎乗する飛竜の存在に、王都の人たちは驚きを示しながらも歓迎していた。

 現在武器庫には二人の他には誰もいなかった。先程エレノアが一人ここにいることに気づいたらしいユイハが、エレノアに近づいてきたのである。


「それで、なにか話があって来たんじゃないのか? ユイハ殿」


 エレノアの言に、ユイハは笑って首を横に振った。


「やめておくれよ。ユイハ殿なんて。あたしの柄じゃない。呼び捨てで構わないよ。その代わり、あたしもあんたのことを名前で呼ぶけど、いいかい?」


 今度はそれに対してエレノアが微笑んだ。


「ふふふ。わかった。ユイハ。私のほうも好きに呼んでくれて構わない」


「ああ、そうすることにするよ。エレノア」


 ユイハは近くにあった椅子をエレノアの近くまで持ってくると、そこに座った。そしてエレノアが剣を磨き上げる様子を見つめながら、こう言った。


「あれから実は、あたしもナギリのところにいって説得を試みたんだ」


 すっと顔をあげ、エレノアはユイハの顔を真剣なまなざしで見つめた。




     *




 ユイハは、ナギリの姿を捜し、ようやくその背中を見つけた。辺りは宵闇が迫り、薄く冷気が漂い始めていた。草原の中で、一人彼は寂しげにそこに座っていた。その姿は、あのカチュアが死んだ日の彼の姿とだぶって見えた。


「ナギリ」


 ユイハは彼のもとに近づき、静かに声をかける。しばらくしても、彼のほうから返事は聞こえてこなかった。しかし、ユイハは構わず話を続けた。


「今回のこと、確かにお前の心情を思えば、到底承服できないことなのだと思う」


 人間によってカチュアは殺されたのだ。ナギリが人間を憎む気持ちは相当に深い。これは、どうしようもないことだ。

 しかし、ユイハはそう思いながらも、どうしても彼に伝えたいことがあった。


「だけど、お前は自分の憎しみのせいで、大事なことを見失おうとしている」


 遠くの空が赤く沈み、深い群青の色が天井に広がってきていた。


「カチュアにお前は頼まれたはずだ。ニナを頼むと。この世界に残された子供たちの未来は、今のままでは永遠に失われてしまうだろう。……ナギリ。このままニナの未来を潰してもいいのか? ニナは鋭い子だ。ニナはお前の憎しみの心を敏感に感じ取って、母親がいなくなったあとからお前のところには寄りつかなくなった。そのことを、お前はどう思っているんだ。お前は妻を失った夫である前に、一人の子供の親なんだ。もっとそのことを自覚しろ。あたしたちは、前に進まなくてはいけない。それがどれだけ困難なことだとしても」


 ナギリはなにも答えなかった。ただ寂しげな背中をこちらに向けているだけである。

 ユイハは悲しげな瞳でその背中を少しの間見つめていたが、くるりと踵を返し、その場を立ち去っていった。


 言いたいことは言った。あとは彼の問題だ。

 彼がこれからどうするのか。憎しみに心を奪われたまま死を享受していくのか。それともその憎しみから脱却し、新たな道を歩み始めるのか――。

 すべては彼の気持ちの問題だった。




     *




 ユイハの話を聞き、エレノアは深くうなずいた。


「仕方ない。そう簡単に人の心は変えられるものではない。目の前で大事な人が殺されてしまったのならなおさらだ……」


 エレノアは言いながら、胸の奥がつきりと痛むのを感じた。

 目の前で大事な人が死ぬ。それほどつらいことはない。悲しいことはない。憎しみで体中が焼けそうになる。彼がいなかったら、きっと自分も……。


「まあ、とりあえずは他のやつらはあんたたちに全面的に協力することに合意してるから、そのあたりは心配しなくていいはずだ」


 ユイハの声を聞いてはっと気がつく。自分の心の闇に少し触れたせいで、鼓動が少し速まっていた。それを打ち消すように、にこりと笑顔を作る。


「その言葉を聞いて安心した。北の脅威はすでにもうそこまで迫っている。今後のことについてもいろいろ細かいことを打ち合わせしよう」


 そうして、二人はくわしい情報のやりとりについて、相談をし始めていた。



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