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そして世界に竜はめぐる  作者: 美汐
第八章 護ることと戦うこと
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護ることと戦うこと 7

「結局、そのときの無理がたたり、私の足は完全に治ることがなかった。歩行に障害を残すことになってしまった」


 ナギリの歩きかたの不自然さは、そういう事情からだったのだ。エレノアは理解し、そして、彼の悲しい生き方に胸を痛めた。


「……そんなことがあったとは、さぞつらかったことと思う。奥さんのことについては、本当にお悔やみを申し上げる」


 エレノアの言葉に、ナギリはきっと目をつりあげた。


「貴様ら人間に、私の妻を悼む資格はない!」


 憎悪に満ちた目。しかしそのまなざしを、エレノアは怯むことなく見つめ返していた。

 重い空気が辺りに漂う。周囲の面々は、緊張しながらなりゆきを見守っていた。


「……ナギリさん。人間を嫌うあなたの気持ちはよくわかった。改革派と対立している理由も。けれど今、世界は以前と状況が変わってきてしまっている。風の竜が活動を停止し、魔物がそこらじゅうにはびこるようになった今、シルフィアの種族同士が争っている場合ではない。もはや世界は崩壊の危機を迎えているのだ。魔物たちに世界が乗っ取られてしまったら、人間も獣人族もなにもかもが滅びてしまう。憎しみを忘れろとは言わない。私たちがあなたの悲しみを本当に理解できるはずもない。けれど!」


 エレノアは一度言葉を止め、すうっと息を吸い込んだ。


「ここで選択を誤ってはいけない!」


 一気に吐き出された言葉は、部屋にいた誰もの心に響いた。一瞬静寂のときが流れたあと、どこからかざわめきが生まれた。


「……確かに、ここ最近の異常な状況は、ダムドルンドの世界がこちらを浸食してきているせい……」


「ここで争っている間にも、世界は深刻な状況に陥っている……」


「まず、魔物たちをなんとかしないと……」


 ナギリ以外の獣人たちが、ひそひそとそんなささやき声を漏らしていた。エレノアはこの状況を予想していたかのようにうなずき、ナギリをひたと見つめた。

 ナギリは眉間に皺を寄せて立ち尽くしていたかと思うと、目蓋を閉じ、ふうと息をついた。


「それとこれとは話が別だ」


 ひやりと冷たい言葉が場に流れた。緩やかに、だが体温を感じさせることのない口調で彼は話した。すっと怜悧な瞳を現しながら。


「私は世界がすべて崩壊しようとも、人間を許すことはできない。私の妻を奪い、私の人生をめちゃくちゃにした人間たちに味方をするくらいなら、私は魔物の餌食になったほうがましだ」


 ざわり、と部屋が揺れた。あまりの言葉に、チェドやケーンが抗議の言葉を発する。


「ナギリさん! それはあんまりだ!」


「このままおれたちに、魔物に食いものにされるのを待てって言うんですか!」


 奥のほうでなりゆきを見守っていた女の獣人たちも、そうだそうだと言うようにうなずいている。

 抗議の声に包まれたナギリだったが、ぴくりとも動じる気配はなかった。そんな様子に、まずケーンが動いた。


「今までナギリさんの言うことに賛同していたが、さすがにこのまま滅びの道を歩めというのは理解できない。こうなったら、おれはもう保守派をやめる! 改革派に鞍替えしますよ!」


 そう言って、ケーンは家を出て行ってしまった。それに続くようにチェドも「ぼ、ぼくもケーンさんに賛成です!」とおどおど言いながら出て行った。奥の女たちも互いに顔を見合わせて意見を固めたのか、そっと後ろを通ってナギリの家をあとにした。

 結局、残ったのはナギリとユクサール天馬騎士団の面々だけとなった。


「どうする? 他のメンバーもきっと彼らと同じ反応を示すことだろう。もうあなたについていくものはいない。それでも意見は変わらないのか?」


 ナギリは軽く首を振ると、もう話したくないとでも言うように奥の部屋へと移動していった。パタンと扉が閉まる音がし、もうそこからはなにも物音が聞こえなくなった。


「団長」


 オドネルがエレノアに言葉をかける。


「彼の深い傷を、私たちが理解できるはずもない。だが……」 


 そのとき彼女の顔には無念の表情が広がっていた。


「あそこまで拒絶されるのは、つらいものだな……」





八章終了です。お疲れ様でした!

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