護ることと戦うこと 6
そうして飛竜の谷の危機はなんとか終息し、村には安堵の気配が漂っていたが、ナギリだけは違っていた。カチュアを失った悲しみと怒りで、今にも暴れ狂いそうな恐ろしさを湛えていた。
「ナギリ……カチュアのことは残念だったな」
ユイハが村のはずれで怒りの炎を燃やしている彼のもとに近づき、そう声をかけた。そんな彼女に、ナギリはぎろりと恐ろしげな視線を向けた。
「なぜだ! なぜあの男を殺してはいけない! 人間たちを殺してはいけない……!」
憎悪に燃える瞳。ナギリは悪党の親玉を殺そうとするのをユイハたちに止められ、その場から遠ざけられていた。人間の悪人たちを一掃したユイハたちだったが、彼女たちは彼らを捕縛はしたものの、その命を奪うことまではしないつもりのようだった。
ユイハは燃えたぎる憎しみを体中に充満させているナギリを、悲しみに満ちた瞳で見つめ返した。
「ナギリ……。お前の気持ちはよくわかる。あいつらを殺しても足りないほど憎みたいと思うのは仕方ない。それほどまでのことを、あいつらはしでかしたんだ」
「だったらなぜっ!」
ナギリは吠えたてる。彼の中の怒りの矛先はそのとき、ユイハにも飛び火していた。カチュアを殺したやつらを、なぜ彼女は生かそうとしているのか、彼にはまったく理解できなかった。
ユイハはゆっくりと首を横に振ってみせた。
「違うんだ。ナギリ。それではなにも変わらない。この村が取るべき道は、そんな憎しみに満ちたものであってはいけない。あいつらは悪人だが、憎しみを憎しみで返すのは、良くないことだ。それに、人間のすべてがあんな悪人ばかりではない。そのことを、あたしは知っているんだ……」
その言葉を聞き、ナギリはそのことを思い出していた。
ユイハの父は、人間だった。すでに狩りの最中で起きた不慮の事故で死んでしまったが、その男は、当時ヒラキアで唯一居住を許されていた人間だったのだ。
彼は医者だった。村の近くで怪我をして倒れていたのをユイハの母が村に連れて帰り、看病したのがきっかけで彼女と恋仲になったらしい。彼は村人たちの良き医者となり、彼らの病気や怪我の治療をしていった。そんな彼の医術は村人にも引き継がれ、医者のいなかった村に、つたないながらも医術を浸透させていったのである。
「お前が父親を信奉しているのはわかっている。お前が人間を嫌いになれないわけも、生まれたときから半分人間なのだからそれは当然のことだろう。……だが、それとこれとは話が別だ。おれは愛する妻をやつらに殺されたんだ! おれは人間が憎い!」
この村が人間たちの住むところから遠く離れたこの場所に存在しているのは、飛竜を護るということとは別に、人間たちとの隔絶を提唱した昔の村人たちの意志によるところが大きい。しかし、時代は移り変わり、ユイハの父のような存在が村の勢力図を少しずつ変えていった。
人間にもいい人間がいて、村にはない技術を彼らは持っている。それをもっと村にも取り入れるべきではないのか。少しでも病気や怪我で死ぬものたちをなくし、暮らしを豊かにしていくには、もっと人間たちと竜の民は交流を持つべきではないのか。
それが、改革を推し進めようとする一派の言い分だった。
当然、反発は起きた。人間たちには悪いものたちもたくさんいる。人間たちと交流を持つようになれば、この神聖な村は人間たちの知るところとなり、多くの飛竜は奪われ、美しい景観も次第に失われてしまうだろう。村を護るためには、やはり村は閉ざされていなければならない。そのために進歩が後れてしまうのは致し方のないこと。今までそれで過ごしてきたのだ。そのまま続けていくだけではないか。
それが保守派の意見だった。ナギリはそれまでどちらとも言えぬ意見で通してきたが、今回のことで、その意見は決定的に一方に流れていた。
「おれは人間たちを許さない。村を開こうと考えるお前たちの意見には真っ向から立ち向かう。今、そう決めた」
それが、ナギリとユイハの二人が決裂した瞬間だった。
保守派と改革派は、そのときより対立を激化させていくことになる。
「ナギリ。ニナのためにどちらが正しいか、よく考えて欲しい……」
そんな声が、ナギリの耳をかすかによぎっていった。
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