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そして世界に竜はめぐる  作者: 美汐
第七章 飛竜の谷
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飛竜の谷 5

「私はセイラン国の正規騎士団である、ユクサール天馬騎士団の団長を務めているエレノアと申します。このたびは、飛竜の谷に住むあなたがたのご協力をあおぎたく、この村まで参った所存です」


「ユクサール……天馬騎士団……?」


 意外な名前を耳にし、村長は目を瞬いた。寝耳に水といった心境だろう。


「どうやってこのヒラキアに? だいたい、ここは人間たちの目からは逃れるような細工がされていて、よほどのことでもない限り、よそものは入ることはできないはずなのだが……」


 村長の疑問に、二杯目のスープを平らげ終えたニナが口を開く。


「ニナが連れてきた。村長に会いたいって言うから」


 にかりと歯を見せて笑うニナ。そんな表情は、やはりまだ無邪気な子供そのものだ。


「ニナが? さては、また人間たちの村のほうへと勝手に行っていたな。危険だからよせと何度も言っていただろう」


「だって、アカが言うんだ。悪いやつが来る。倒さなければって」


 その言葉で、ニナの行動原理がなんとなくわかった。ニナはアカと心を通じ合わせているのだ。アカが魔の穴に危機感を抱いた。そこで、反対する大人の言葉をも無視して、ニナはアカと魔物退治に向かっていたのだ。

 そのことに、エレノアは少し安堵した。ニナは孤独なわけではなかった。ただ、村はそれどころではない状況になっていたらしい。もしかしたら、ニナは村の中で起きている対立から目を逸らすために、魔物退治に一人出向いていたのかもしれない。さすがにそれは憶測が過ぎるのかもしれないが。


「しかし、お前の親はそんなことを許しはしなかっただろう。勝手に出歩くのはもうやめるんだ。親に心配をかけるな」


 エレノアが自身の想像にふけっていると、村長が気になる言葉を発していた。ニナの顔を見ると、急速にそこから表情が消えていった。どこか虚ろな、生気のない顔に変わる。


「パパは心配なんかしてない。ニナはもう、見捨てられてるんだ。ニナはだから、どこで死んだって構わない」


 ニナの発した言葉に、エレノアはきゅっと胸が締め付けられた。

 この表情を自分は知っている。

 すべてに絶望し、なげやりになっているその顔。

 ニナの心境に思いを馳せ、どうしようもなく焦燥を感じたが、今は村長との話し合いのが先決だ。エレノアはぐいっと振り切るように首を村長のほうへと戻し、再び彼に向き直った。


「とりあえず、ひょんなことからニナと我々は知り合いになりました。そして、飛竜の谷から来たというニナに、この村までの案内を頼んだのです」


 村長もまた、ニナから視線をエレノアのほうへと戻した。なにか重要な事情があるということを察している顔である。


「……目的は、我らの操る飛竜の力か。国家の自治に属しない我らを、国同士の争いに巻き込もうというのか」


「もう、ご存じのようですね。北の国のことを……」


「北の国ノーゼスは、魔物と通じ、大きな力をつけたようだ。最近北との国境付近が騒がしいのはそのせいだろう。もうあとそう遠くないころに、大きな戦が始

まることは想像に難くない」


 見た目を裏切らぬ、出来た人物だとエレノアはこの村長のことを心で評した。冷静に世界の状況を見つめている。


「世界には崩壊の足音が迫ってきています。このままいけば、魔物の発生だけでは済まない重大な異変が起こるに違いありません。ニナが見つけた魔の穴も、その兆候を示すひとつの事象だと私は考えております」


「このまま、傍観者でいてはいけない。もう、問題は自分たちの身の安全だけのことではとどまらない。そう、言いたいのだな」


 村長は保守派ではない。そのことだけは確信した。しかし、改革派ともどこか違うようだ。


「この村では現在、保守派と改革派が争っているそうですね」


「ああ。そのせいで今この村はまっぷたつだ。今のままでは、あんたたちの申し出について考えをまとめることもできん」


 村長は顎に手を添え、考えるようにしながら部屋の中央まで進んでいった。エレノアはそれを目で追いながら、問うた。


「村長。あなたの意見はどうなのですか? あなたが他のみなを説得すれば、みな心が動くのではないですか? お願いします。もう、事態はこの国だけの問題ではない。このシルフィアの存亡にかかわってきているのです。我が国は先日、南の国フェリアと同盟を結び、東の国とも交渉する手筈も整えられているところです。三国が手を組み、協力して北の魔の勢力に立ち向かおうとしているのです! どうか、飛竜の谷の民にも力を貸していただきたい。もはや一族だけが内に籠もって過ごす時期は過ぎ去ったのです!」


 村長の後ろ姿に、エレノアは懸命に呼びかける。

 わかっているはずだ。この人は馬鹿ではない。この危急の事態に、なにが大切なのか。なにをせねばならないのか。眠れる牙を眠らせたまま、世界が闇に沈むのをその目で見ることになるのが、どれだけ悔しいことか。

 エレノアはぎゅっと胸の辺りを掴み、高鳴る鼓動をじっと感じていた。


 しばらく、部屋にしんとした静けさが広がった。誰も、身動きするものはいなかった。ただ一人の言葉を、みなが真剣に待っていた。

 その注目の的である彼の獣の耳が、ぴくりと動く。そして、くるりと後ろを振り返り、そこにいたエレノアに視線を向けた。


「……よく、わかった。あなたの言葉には芯がある。嘘はそこにはきっとない。そう思う。私もこの世界の危機に際し、動くべきだと思っている」


「! それなら……っ」


 一歩足を踏み出した、と思った次の瞬間、再び相手が発した言葉によって、エレノアの動きは止められた。


「ただし、条件がある」


 青く鋭い目が、エレノアを試すように見つめてくる。


「この村の二つにわかれた勢力を、あなたがたの力で統一させてみてもらいたい。それがなされれば、我々はあなたがたに協力する。どうですか。この条件、飲んでもらえますかな?」


 厳しくも真剣な言葉に、エレノアは自然と笑みを浮かべていた。

 そして、こう言葉を返していた。


「いいでしょう。その条件、喜んで飲ませていただきますよ」


 望むところだ。これくらいの障害、いくらでも乗り越えてみせる。

 エレノアは、その深い緑の瞳に、静かなる炎を燃やしていた。




これで七章終了です。お疲れ様でした。

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