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そして世界に竜はめぐる  作者: 美汐
第七章 飛竜の谷
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飛竜の谷 4

 近くの木に天馬を繋ぎ、エレノアたちは村長の家にお世話になることにした。ニナの飛竜であるアカはといえば、ニナが家の中に入るのを見届けると、上空に飛び立ち、辺りを旋回し始めた。アカにとってもここは勝手知ったる自分の庭なのだろう。

 エレノアらは家の中に入り、勧められるままに近くの椅子やベンチに腰掛けていった。家の中も外観と同様素朴な作りで、土煉瓦の暖炉の前には木でできた卓と椅子が並べてあるだけで、華美なものは卓上に飾られた花の他は、特になにも見当たらない。あるのは、自然とともに生きる獣人たちの生活そのものと言えた。


「さあさ。騎士様たちもお疲れでしょう。たいしたもてなしはできませんが、どうぞ温かいものでも召し上がって疲れを癒してください」


 サトは台所から食器を持ってくると、先程卓上に置いた鍋から、お玉でスープをよそってニナや騎士たちに配っていった。かいがいしく働くその姿は生き生きとしており、まるで水を得た魚のようだった。ここが彼女にとっての適所なのだろう。

 エレノアたちは温かいスープをそれぞれ口にし、ほっとひと息ついていた。喉を通る温かな液体が、じんわりと身に染みていく。サトの心づくしに、エレノアはすぐに感謝の意を述べた。


「ありがとう。サトさん。お陰で生き返りましたよ」


 嬉しそうに笑顔を作るサト。そんな笑顔に癒されながらも、この村で先に出会った獣人たちとの違いに、ふとエレノアの口から言葉が零れ出た。


「他の獣人たちには、私たちは随分嫌われていたようだったが……」


 だれにあてたわけでもないつぶやきだったが、サトは聞き逃すことなく反応した。


「ああ、それは、保守派の人たちだと思いますよ」


「保守派?」


 サトの言葉に、エレノアは顔をあげた。


「今、この村は改革派と保守派が対立しているんです。それは日に日に激化している。改革派は、もっと外との交流を持とうと勧める人たちで、保守派は村を護るためにはなんぴとたりとも外のものは村に入れてはいけないと考える人たちです」


 ざわ、と部屋の空気が揺れた。隣のオドネルが身じろぎをする様子が気配から伝わってくる。


「そういえば、村の入り口は特殊な魔力で隠されていましたね。あれも保守派の人たちが?」


「ああ、あれはもっと大昔の先祖様が施したものですよ。でも、もとをたどればその先祖様も保守的な考えの持ち主だったのかもしれませんね」


 サトは口元に人差し指を当てて、視線を天井に向けながら言った。


「昔からこの村はある意味閉鎖的で、まあそれで護られてきたところがあるんですが。でも、世界から風がなくなって、いろいろとこの村も以前とは状況が変わってきてしまったんです。村だけですべてをまかなうことが難しくなってきたというか……。そこで、改革派の考えの人たちが生まれてきた。もっと外部と交流を持って、助け合っていくべきだって……」


「そして、改革派と保守派の人たちとの対立が生まれたと」


 なんとなく状況はわかった。自分たちが忌まれたような目で見られた理由も。

 しかし、これは思っていたよりも難しい事態である。村の中でそんな対立が生まれているというのに、自分たちとの協力をあおぐことなどできるのだろうか。

 エレノアは、思わず眉間に皺を寄せ、下唇をぎゅっと噛んでいた。

 そして、ある重大な事柄に思い当たった。


「……では、村長は? 村の代表である村長の意見はどうなのですか?」


 そう言ったときだった。玄関の扉が開かれ、そこから一人の老いた獣人族の男が姿を現した。老いたとはいっても、髪が白く皺が増えているという他は、そこらの若者にも引けを取ってはいない。姿勢のよいその体つきは精悍であり、青い目には鋭さを湛えている。ひと目でただものではない、と見るものに思わせる凄みをその老人は持っていた。


「私がどうかしたのか……?」


 老人が声を発すると、サトが気づいた。


「あ、村長! お帰りなさい。ちょうどいいところに」


 サトが彼の老人をそう呼び習わしたことで、エレノアたちも彼が話題の中心人物であることを確信した。たちまち衆目の的となった村長は、目をぱちくりとさせて、部屋の中を見回した。


「なんだ? 随分変わった客人が来ているようだが……」


 怪訝そうにエレノアたちを見つめる村長だったが、特別彼女たちを嫌悪の目で見てはいないようだった。少なくとも、エレノアの一瞬の勘はそう働いていた。

 すっと席を立ち、入り口付近で立ち尽くしている村長の前に、エレノアは立った。

 そして、右手を胸に当て、ゆっくりと優美な仕草で彼に向かって頭をさげてみせた。


「突然のご訪問、申し訳ありません」


 顔をあげたエレノアは、村長の目を真っ向から見て言った。どきりとするほど真摯なまなざしに、海千山千を過ごしてきただろう村長も少なからず、はっとしていた。



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