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そして世界に竜はめぐる  作者: 美汐
第七章 飛竜の谷
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飛竜の谷 3

「村長、ここ開けて! ニナだよ」


 村長の家の扉を、遠慮なしにドンドンと叩き、ニナは大声で呼ばわった。子供ということで、その辺りのことは大目に見られているのだろう。そんな様子に、エレノアは一時ニナの境遇を良くない方向に慮った考えを、あらためなければならないのかもしれないと思った。

 しばらくすると、扉がぎいっと音を立てながら、ゆっくりと開いた。


「ニナ?」


 扉の隙間からぬっと顔をのぞかせたのは、中年の女獣人だった。赤茶色の髪に、少し太めの体つきで、垂れた目がどことなく愛嬌があるように見える。エプロンを身につけているところを見ると、この村長の家での家事を任されている人物らしい。村長がいくつくらいの人物なのかはわからないため、推測することしかできないが、村長の家の使用人、あるいは、奥さんなのかもしれない。


「ニナ。また勝手に外に出かけていたんだね! 今は魔物の数も増えてきていて危険だといつも言っているだろう。それに、あたしたちが人間たちのいるところに近づくのは、今は特にまずいんだ。わかってるだろう。この村の問題のことは」


「わかってる。けど、そんなこと言ってたら、森が危ない状態だったんだ。それよりサト。村長は?」


「村長は今留守だよ。……というか、なんだい。この人たち。獣人……ではないようだね」


 サトと呼ばれた女獣人は、そのとき初めてニナの後ろにいる人物らの存在に気づいたようだった。彼女は訝しげにユクサール天馬騎士団の面々を眺めていたが、彼らの後方にいた天馬に目を留めると、ぱあっと顔を輝かせてたちまち外へと飛び出してきた。


「あらあらまあ! 天馬がこんなに! 素敵素敵っ」


 サトはエレノアの愛馬の近くまで寄ると、周りをうろうろとしながらその姿に見惚れたようにとろんとした目つきをしていた。


「天馬はここでは珍しいのか?」


「そうさ。だってここは飛竜の谷。飛竜はたくさんいても、天馬なんてそうそう目にすることはない。しかし、美しい生き物だねぇ」


「美しさでいったら、飛竜も充分美しいと思いますが」


 エレノアの言に、サトは驚いたようにそちらを振り向いた。嫣然として微笑むエレノアの姿に、今度はそちらにうっとりとした視線を送っている。


「な、なんだい? この美しいお人は。ニナ? そろそろ紹介しておくれ。あたしゃ、さっきから動悸が止まらないよ」


 胸に手を当て、ニナをきょろきょろと捜すサト。そんな彼女の姿はどこか滑稽で、エレノアたちは思わずくすくすと笑い声を立てていた。


「エレノア。騎士とかいうのをしてる」


 いつの間にかサトの脇に立っていたニナが、エレノアのほうを見つめながら紹介した。

 子供だとはいえ、仮にも国家認定されている騎士団の団長を呼び捨てにしたニナに、他の団員たちはぎょっとした視線を送っている。しかし、当のエレノアはそれを気にするふうもなく、にこりと笑みを浮かべたままだった。


「サトさん、と言いましたね。ご紹介にあずかりました。私はセイラン国、国家騎士団であるユクサール天馬騎士団の団長を務めているエレノアといいます。後ろに並ぶ団員たちを代表して挨拶をさせていただきます。本日は、このヒラキアの村長にお会いしたく参りました。しかし、先程のお話だと今はご不在の様子。できればこの近くで帰りを待ちたいと思うのですが、よろしいでしょうか?」


 そんな丁寧な挨拶に、たちまちサトは感動した様子で、ぽっと顔を赤らめながら答えた。


「あ、はい。それはもう、どうぞお待ちくださいっ。え、えーと、たぶんもうそろそろ帰ってくると思うんですけどね」


 なにやら舞い上がっている様子のサトの腕を、ニナが突然横からぐいぐいと引っ張った。


「サト。中入っていい? お腹減った。なんか食べたいっ」


「え? ニナ。ちょ、ちょっと!」


 そのままニナに引きずられていくサト。それを見つめる騎士たちに、扉に入る直前で声がかけられた。


「よかったら騎士さんたちもどうぞ中に! 簡単なものならご馳走しますよ!」


 エレノアらは、その言葉に互いに顔を見合わせると、意見を通じ合わせたようにうなずきあった。



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